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(私を苦悩させるさまざまな女の子たちの)ミソラ  作者: 枕木悠
第四章 天樹探偵事務所(アマキ・デテクテブ・ビュウロ)
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第四章②

 燦石先輩を部屋の中に入れ、ウサコは後ろ手で鍵を閉めた。誰にも邪魔されたくなかったからだ。

「……ソレは、」ウサコは扉の傍に誰かが聞き耳を立てていないことを確かめ(すでにウサコの大声のせいで真奈が謹慎であることは知れ渡ってしまったのだが)、話を切り出した。「本物でしょうか?」

「見慣れない紙切れだから、本物か、偽物かなんて分からないでしょ」燦石先輩はベッドに腰掛けて紙切れを見る。

「もう一度、見せてくださいませんか?」と半ば強引にウサコは紙切れを受け取った。本物の条件を探る。生徒会長のサインと捺印、そして真奈のサインと拇印を確認。ウサコは真奈の筆跡を覚えていた。真奈はどんな字を書くのかとウサコは講義中真奈のノートに注目したりしていた。真奈は天真爛漫な流麗な字を書く。ウサコは書道四段の実力者である。その実力者の目から見て真奈の字は流麗だ。その流麗なサインがこの紙切れにあった。「ああ、本物ですわぁ」

「つまり、そこに書いてあることは本当なのね? 無期謹慎」

 ウサコは燦石先輩の隣にストンと座った。チョロチョロと魂が抜けていっているような表情で独り言のように言う。「……真奈さんは、もうココには帰らないのですね」

 ウサコは息切れするくらいの溜息を吐く。燦石先輩がそんなウサコを見かねて当たり障りのない言葉をかける。「ウサコ、しっかりしろぉ、きっと大丈夫、ひょっこり帰ってくるって」

「……はぁ」ウサコは溜息。

 燦石先輩はウサコの横で紙切れを眺める。「それにしても、赤城ちゃんは何をしでかしたんだろうね? 心当たりない?」

「……にんじん」ウサコが小さな声で呟いた。

「え? 謹慎?」

「違います、にんじん、」ウサコの大きな瞳はどこか遠くの空を眺めていたカーテンは閉じている。「真奈さん、にんじんが食べられないんです、それが、私が知りうる限りの真奈さんの悪いことです、ミネラルたっぷり、ベータカロチンたっぷりのにんじんを食べられないなんて無期謹慎ものです」

「ウサコはにんじんが好きだもんね」

「はい」

「赤城ちゃんがにんじんを食べられるようになったら謹慎は解けるのかな? だったらウサコが赤城ちゃんでもにんじんが食べられるように、ケーキとかを作ればいいんだよ」

ウサコの顔にはパァと笑みが浮かんだ。「きっとそうです、燦石先輩! それ、名案ですよ!」

「名案だ」燦石先輩が復唱する。

「名案です!」ウサコと燦石先輩は嬉しそうに見つめ合った。で、同時に視線をずらし、ウサコは溜息を付き、燦石先輩は腕を組んだ。

「やっぱり、心当たりはないんだ」燦石先輩が言う。

「はい、分かりません、何も」とウサコは首を振った。

「昨日……じゃないか、一昨日はずーっと一緒にいたんでしょ?」

「はい、」とウサコは頷いてから「あっ」と思い出した。「真奈さんと一緒じゃないときがありました」

「じゃあ、きっとその時だ」

「トイレと、」別にウサコは冗談を言っているわけじゃない。「小ウサコを探したあの時しかありません、でも、真奈さんはその後も普通でした、少し疲れたような表情をしていたかもしれませんけど、けれど、小ウサコを探して私も疲れてそういう顔になっていたと思います」

「ウサコは赤城ちゃんが何もしていないと思ってるんだ」

「はい、もちろんです、私は真奈さんを信じています」

「赤城ちゃんはそんなに素敵なの?」

「急になんですか?」ウサコは小さく照れた。八重歯が覗く。

「それともウサコが簡単に人を信じやすいのか」

「両方です、きっと、真奈さんはとても素敵で、私は簡単に真奈さんのことを信じてしまいました」

「中毒者みたなことを言うんだ、怖いな」燦石先輩は首をすくめた。

「中毒者でいいんです、……今、とても恥ずかしいことを言っているような気がします」

「いいよ、言ってよ、誰にも言ったりしないし、私も思い出さないようにするから、なるべく」

「真奈さんと一緒にいるとルンルンと心が弾むんです、きっとお酒に酔っ払ったらこんな風かしら、という感覚になるんです、とても楽しくてずーっとこのままでいたいって思うんです、真奈さんのことを考えるだけでも私の気持ちは幸せになるんです、燦石先輩にもこの気持ちを御裾分けしたいくらいです」

「ありがとう、」燦石先輩はわざとらしく頭を下げて手の平をウサコに向ける。「でも、いらない」

「私は真奈さん中毒です、赤城ジャンキーです、きっともう真奈さんなしで生きることは出来ないと思うんです」

「凄いことを言うね」

「嘘はついていませんから」ウサコは遠い目をする。視線は真奈の机。

「だったら取り返さなくちゃ」

「え?」一瞬、燦石先輩が何を言ったのか分からなかった。

「だから、赤城ちゃんを、」と言い直してくれる。「取り返すのよ」

「取り返す?」ウサコはキョトンとした。「そんなことって、燦石先輩、真奈さんは無期謹慎の身なんですよ」

「脱獄させればいいんだよ」

「意味が分かりません」

「きっとどこかの謹慎室にいるんだから連れてきちゃえばいいんだよ」

「どうやってですか?」

「方法はいくらでもあるんじゃない? ここは学校だよ、刑務所じゃないんだし」

「……もしそれが成功したとしても、バレてしまいましたらまた謹慎になってしまいます、堂々巡りです」

「バレない様にすればいいじゃん、バレたとしても赤城ちゃんを絶対に渡さなければいい、ウサコのものしちゃえばいいんだよ、誰にも渡さないって抱きしめていればいいんだ」

「私の、……ものにして」とても素敵なことだとウサコは思って喉を鳴らした。「真奈さんが、私のものに」

 いや、でも……、とウサコは複雑に悩んだ。悩みながら燦石先輩に視線をやる。

「ウサコ、この子のところに行ってみ、」燦石先輩は財布から一枚の名刺を取り出した。「きっと協力してくれるから」

「協力、」ウサコは名刺を受取り眺める。フォントはどこにでも転がっている明朝体で「天樹探偵事務所代表武尊天樹?」と書いてあった。ウサコは冷めた目で顔を上げる。「……冗談ですか?」

「私の知る限り、武尊天樹は探偵だ、」燦石先輩は笑う。でもふざけてはいない。そんな笑い顔だった。「大丈夫、私の昔からの知り合いだから安心して、少し変わってるけど、多分、力になってくれるはずだよ」

ウサコはもう一度名刺をじーっと見た。『天樹探偵事務所。胡散臭い』。名前の字面もなんとなく尊大。あまり関わりたくない気もする。でも、

「ココに行けば、私は真奈さんに近づけるんですね?」ウサコは真奈と一緒でありたかった。

「ココで溜息を付いているよりは、」燦石先輩は立ち上がりウサコに手を差し伸べる。「はるかにいいんじゃないかな?」

 魅力的な誘い。「……いや、でも、脱獄はいけません、」とウサコは思い直した。真奈を取り戻すことは学園の規則に反すること。ウサコはそういうことに不慣れだ。「私は、きっと……、真奈さんの謹慎の理由を知ることが出来れば、それで、きっと……」

 その日の放課後、ウサコは『天樹探偵事務所』の扉を叩いた。



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