第二章①
ウサコの隣で寝ていたはずの真奈が消えた。
目が覚めてそのことに気付いた時、朝が弱いウサコは跳ねた髪の毛をくしゃくしゃとしながら、きっとトイレだろうとか、先に朝食を食べているのだろうとか、外でラジオ体操でもしているのだろうと思った。だから、すぐに慌てなかった。慌てずに洗面所に行って歯を磨いて顔を洗って髪を梳かした。それから食堂に向かった。欠伸をしながら食堂に行く。目を擦りながら「おはようございます」と小さく言う。
「おはよう」と食堂にすでに集まっていいた寮の面々が口々に言う。奥のキッチンからはお味噌汁のいい匂いがして目が覚める。ウサコは自分の席に座った。隣は真奈の席だが、真奈はいない。
「あれ? 赤城さんは?」二年生の燦石先輩がウサコに尋ねる。
「……トイレでしょうか?」ウサコはキョロキョロとして答える。
「一階に降りてきてないよ、多分」
「……外でラジオ体操とかしてません?」
「どうだろう?」燦石先輩とウサコは一緒に食堂の窓を開け、顔を出し見回した。まだ登校の時間じゃないから目につくのは部活の朝練に向かうジャージ姿の女の子たちだけだ。ラジオ体操している真奈はいない。「部屋にいないの?」
「ええ、でも、」そこでウサコは思い至った。「そういえば二段ベッドの上で寝ているかもしれないです」
ウサコに気を使って真奈は二段目に上って寝たのかもしれない。ウサコは部屋に戻った。面倒見が良くて優しさの宝石のような燦石先輩もついてきた。ウサコはベッドの梯子を上って二段目を確認する。
いない。真奈のぬくもりすらない。ウサコは燦石先輩に向かって首を振った。
「入れ違いになったのかも」燦石先輩は言う。
そうであって欲しかった。
「どういうことでしょう?」食堂では朝食の準備は完璧に整っていてあとはウサコと燦石先輩と真奈が席に着くだけだった。
「お腹すいた~、早く食べようよぉ」同級生の峰岸朋が二人に言葉を投げた。
「皆、」燦石先輩がウサコに代わって聞く。「赤城さん見なかった? 部屋にもいないんだ」
皆互いに顔を見合わせながら首を振った。
悪い予感がする。不安になった。いや、まだ真奈が神隠しの様にどこかへ行ってしまった、そういう可能性を信じているわけではないけれど。ひょっこり帰ってくるのだと、まだウサコはそれほど深刻に思わなかった。でも不安だった。朝食はおかわりしなかった。食器を洗う時間になっても真奈は帰ってこなかった。皆が寮をくまなく探し回ったが真奈は見つからなかった。
ウサコは早めに寮を出て学園の影という影を探しながら登校した。燦石先輩と峰岸朋も一緒に真奈を探してくれた。けれど広い学園ゆえ朝の短くてあっという間の時間で見つけ出すことは出来なかった。それでもクラスの更衣室に行けば真奈が、
「ウサコ、遅いよ」と笑っている気がした。しかし更衣室にもいなかった。バカだとは思いながらもウサコは更衣室の真奈のロッカーを開けた。もちろんいない。クラスメイトに聞いても返ってくる答えは一緒だった。悪い夢を見ているようでクラクラする。
一限目はなんでしたっけ? そういえば、アリスさんはまだ? 昨日は結局最後まで私たちの前に帰ってきませんでしたけれど……。
ウサコはアリスだけがなんだか頼りになるような気がした。けれど、アリスもなかなか現れないで一限目の物理の講義が始まった。抜き打ちで小テストが行われた。クラスメイトは悲鳴を上げたがウサコの気持ちは真奈で一杯だったから溜息ばかりがでた。テストは簡単な設問ばかりですぐに終わった。ウサコの隣で巨大な悲鳴を上げた蓉子もすでに机に突っ伏して寝息を立てていた。アリスが大きな黒縁メガネをずらして講義室に現れたのは列の一番後ろの席のコが答案用紙を回収するようにと講師が指示した時だった。




