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深夜のコンビニで「死にそうな美女」に豚汁を奢ったら、翌日会社で鬼上司がチラチラ見てくる件  作者: U3
第2章:正体バレと秘密の共有

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第20話 現場のトラブルシューティング

 木曜日の午後。

 俺のスマホが、不穏な振動を始めた。

 着信画面に表示された名前は『前田奈緒美』。

 嫌な予感しかしない。


「……はい、橋本です」


『先輩! ヤバいっす! トラブル発生!』


 開口一番、悲鳴のような声が響いた。

 前田の声の向こうで、フォークリフトの警告音や怒号が飛び交っているのが聞こえる。

 ただ事ではない。


『システムのエラーで、北関東行きの出荷データが全部飛んだっす! トラックの運ちゃんたちが暴動寸前で……!』


「……落ち着け。バックアップは?」


『それが、サーバーごと落ちてて……復旧まで3時間かかるって。でも、出荷リミットはあと1時間なんすよ!』


 3時間後に復旧しても、トラックは出発した後だ。

 今日中に出荷できなければ、週末の店舗在庫が空になる。

 損害賠償モノだ。


「分かった。すぐ行く。……アナログで回すぞ」


『えっ? マジっすか?』


「俺が現場指揮を執る。お前は伝票の控えを全部集めろ。手書きで処理する」


 俺は通話を切り、席を立った。

 奥の席で、李雪課長がこちらを見ている。

 俺は無言で頷いた。

 彼女も小さく頷き返す。


 「行ってきなさい。後のことは任せて」という合図だ。


 この阿吽の呼吸。

 共犯者としての信頼関係が、仕事にも良い影響を与えている。


 俺はジャケットを脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り上げながら、湾岸エリアの倉庫へと走った。


 倉庫に到着すると、そこは地獄絵図だった。

 システムダウンにより、どの荷物をどのトラックに積めばいいのか分からなくなった作業員たちが、立ち尽くしたり、怒鳴り合ったりしている。


「おいコラ! いつになったら出せるんだよ!」

「知らねえよ! 上に聞け!」


 殺伐とした空気。

 その中心で、前田が必死に頭を下げていた。

 ヘルメット姿の彼女は、涙目になりながらも現場を食い止めようとしている。


「前田!」


「あ、先輩! 遅いっすよゴリラ!」


 彼女は俺を見るなり、悪態をつきながらも安堵の表情を浮かべた。

 俺は息つく暇もなく、ホワイトボードの前に立った。


「全員注目! これから緊急マニュアルに切り替える!」


 俺は腹の底から声を張り上げた。

 アメフトで鍛えた声量は、倉庫の騒音をかき消して響き渡る。

 荒くれ者の男たちが、一斉にこちらを見た。


「システムは死んだ。だが、俺たちの手と足は生きてる! 今から俺がエリアごとに指示を出す。前田、お前は西側のレーンを仕切れ!」


「了解っす!」


「紙の伝票と現物を目視で照合する。ダブルチェックは必須だ。ミスったら俺が責任を取る。……行くぞ!」


 俺の号令で、現場が動き出した。

 ここからは、時間との戦いだ。

 俺は広い倉庫内を走り回り、パレットを運び、指示を飛ばす。

 重い荷物を軽々と持ち上げる俺の姿を見て、作業員たちが「おお……」とどよめく。


「いい筋肉っすね先輩! 惚れ惚れするわ!」


 前田がフォークリフトを操りながら茶化してくる。


「無駄口叩くな! そっちのB-4エリア、積み込み遅れてるぞ!」


「へいへい! ……でも、マジで助かるっす!」


 前田との連携は完璧だった。

 彼女の現場勘と、俺の全体把握能力。

 二人の呼吸が噛み合い、滞っていた物流が血液のように流れ始める。

 汗が滴り落ち、ワイシャツが体に張り付く。

 だが、不快ではない。

 久しぶりに感じる、肉体を酷使する高揚感。


 そして、リミットギリギリの17時。

 最後のトラックがゲートを出て行った。


「……終わったぁ……」


 前田がその場にへたり込んだ。

 俺も壁に背を預け、肩で息をする。

 倉庫内には、戦い終わった後の静寂と、達成感が漂っていた。


「お疲れ様です、橋本さん。……さすがですね」


 倉庫長が缶コーヒーを持ってきてくれた。

 俺はそれを受け取り、一気に飲み干した。

 甘い微糖のコーヒーが、乾いた体に染み渡る。


「さて、帰って報告書を書かないとな」


 俺が汗を拭っていると、入り口の方から拍手の音が聞こえてきた。


「Bravo! Amazing job, Oso!」


 聞き覚えのある、情熱的な声。

 振り返ると、そこにはフェルナンダ・ディアスが立っていた。

 今日は鮮やかなエメラルドグリーンのドレス姿だ。

 物流パートナーである彼女も、システムトラブルの報告を受けて駆けつけていたらしい。


「フェルナンダ……。来てたのか」


「ええ。Help(手助け)が必要かと思って飛んできたけど……不要だったみたいね。貴方たち、最高のチームだわ!」


 彼女は俺と前田に駆け寄り、交互にハグをした。

 汗だくの俺たちなどお構いなしだ。


「特にOso! 貴方のCommand(指揮)、痺れたわ! まるで映画のHeroみたい!」


 彼女は俺の二の腕を熱い眼差しで見つめ、ぎゅっと抱きしめた。


「このまま帰すのはもったいないわ。……ねえ、これからDateデートしましょ?」


「は? デート?」


「Yes! 汗を流して、美味しいお酒を飲みに行くの! 私の奢りよ!」


 彼女は強引に俺の腕を引いた。

 俺は前田に助けを求める視線を送るが、彼女は「行ってらっしゃーい」とニヤニヤしながら手を振っている。


 ……あいつ、後で覚えてろよ。


 連れて行かれたのは、六本木にあるブラジル料理のシュラスコ専門店だった。

 店内は陽気なサンバのリズムが流れ、肉を焼く香ばしい匂いが充満している。


「Saude!(乾杯!)」


 フェルナンダが高らかにグラスを掲げた。

 俺たちが手にしているのは、ブラジルの国民的カクテル『カイピリーニャ』だ。

 サトウキビの蒸留酒カシャッサに、たっぷりのライムと砂糖を加えて砕いた氷で割ったもの。

 爽やかな酸味と、ガツンとくるアルコール。

 汗をかいた後の体には危険なほど美味い。


「ぷはーっ! ……効くな、これ」


「でしょ? ブラジルの太陽の味よ!」


 彼女は上機嫌でグラスを空け、すぐに次を注文した。

 目の前には、串に刺さった巨大な肉の塊を持ったウェイターがやってくる。


「ピッカーニャです」


 ウェイターがナイフで肉を削ぎ落とすと、皿の上に肉の山ができる。

 外はカリッと焼け、中はジューシーな赤身。

 俺はナイフとフォークで切り分け、口に運んだ。

 肉の旨味がダイレクトに殴りかかってくる。

 

「……美味い」


「More! More! 食べて食べて! 貴方のその筋肉にはプロテインが必要よ!」


 フェルナンダは自分の皿の肉も俺に取り分けながら、楽しそうに笑う。

 彼女の笑顔は、裏表がなくて気持ちがいい。

 李雪のような繊細な駆け引きも、山下のような危うさもない。

 ただただ、陽気で、パワフル。


「ねえ、Oso」


 少し酔いが回ってきたのか、彼女がトロンとした目で俺を見てきた。


「貴方、本当にLee-san(李課長)のものなの?」


「……ぶふっ」


 俺は肉を喉に詰まらせそうになった。

 この間のコンビニでの一件。李雪の「この時間は私がオーナーよ」という発言を、彼女はまだ覚えているらしい。


「会社では上司と部下だ。……夜はまあ、飯友みたいなもんだ」


「Just friends?(ただの友達?)」


「……そう思ってるのは俺だけかもしれないけどな」


 俺は誤魔化すようにカイピリーニャを飲んだ。

 フェルナンダは頬杖をつき、探るような目で俺を見つめる。


「私ね、日本に来て驚いたの。みんな仕事ばかりしてて、人生を楽しんでないみたいで。……でも、貴方は違う」


 彼女の手が伸びてきて、俺の手の甲に触れた。


「貴方からは、私と同じ匂いがするわ。Life(人生)を味わい尽くそうとする、貪欲な匂いが」


「……買い被りすぎだ。俺はただの食いしん坊だよ」


「Fufu. 謙遜も日本の美徳ね。……でも、私は諦めないわよ?」


 彼女は顔を近づけてきた。

 甘い香水の匂い。


「Lee-sanは手強いライバルだけど……私の方が、貴方を熱くさせられる自信があるわ」


 挑発的なウインク。

 ドキリとした。

 異性としての魅力なら、彼女は申し分ない。

 だが、俺の脳裏に浮かぶのは、なぜか不機嫌そうに芋ジャージを着て、カップ麺をすすっている上司の顔だった。


「……光栄だよ。でも、俺には飼い主がいるからな」


 俺が言うと、彼女は「Oh... Busy man(忙しい男ね)」と肩をすくめて笑った。


 店を出ると、夜風が心地よかった。

 フェルナンダは「送っていくわ」と言ってくれたが、俺は丁重に断った。

 これ以上甘えると、本当に「食べられて」しまいそうだ。


 彼女を見送り、俺は一人で駅へと向かった。

 時計を見ると、23時を回っている。

 今日は木曜日。本来ならコンビニで会う約束はない日だ。

 だが、肉と酒の熱気が冷めやらない体は、無意識に「クールダウン」を求めていた。


 深夜24時10分。

 俺は気づけば、いつものコンビニの前に立っていた。

 会える保証はない。

 だが、吸い寄せられるように来てしまった。


 自動ドアをくぐると、レジに長谷川がいた。

 彼女は俺を見るなり、ニヤリと笑って、雑誌コーナーの方を顎でしゃくった。


 そこには、えんじ色の背中があった。

 李雪だ。

 彼女は『月刊住職』を立ち読みしながら、貧乏ゆすりをしている。

 Tシャツの文字は『油断大敵』。


「……こんばんは、師匠」


 俺が声をかけると、彼女はバッと振り返った。

 その顔には、驚きと、安堵と、そして少しの怒りが混じっていた。


「……遅い」


「え?」


「来るなら来ると言いなさいよ。……待ってたんだから」


 彼女は本を棚に戻し、俺に詰め寄った。

 鼻をひくつかせる。


「……お酒と、肉の匂い。それに、あのラテン女の香水」


 名探偵だ。

 すべてお見通しか。


「前田から連絡がいきましたか?」


「ええ。『先輩がラテンの嵐に連れ去られました。アーメン』ってね」


 あいつ……。

 俺は頭を抱えた。

 李雪はジト目で俺を見上げ、それからフンと鼻を鳴らした。


「で? 楽しかった? デートは」


「……接待ですよ。仕事の延長です」


「ふーん。……まあいいわ。無事に帰ってきたなら」


 彼女は俺の腕を掴み、スイーツコーナーへと引っ張っていく。


「私、待ってたせいで糖分が切れちゃったの。……責任取って、甘いもの選びなさい」


「……はいはい。分かりましたよ、迷い猫さん」


 俺は苦笑しながら、彼女の好きなプリンを手に取った。

 フェルナンダとの情熱的な時間も悪くない。

 だが、やっぱり俺が帰るべき場所は、この少し不機嫌で、手のかかる「日常」なのだ。


 俺たちは並んでレジへ向かう。

 長谷川が「おかえりなさい、マエストロ」と小声で言った気がして、俺は小さく手を振って応えた。

 今日もまた、俺たちの深夜が始まる。

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