063 常識を無視した戦い
「それはまた……すごい決断をしましたね」
その日の夜。
様子を見に訪れた浩正が、そう言って苦笑した。
「ええっと、その……相談してからの方がよかったでしょうか」
「ああいえ、そういう意味じゃありません。ただ何と言うか、すごいことをするなと思いまして」
「そうですよね……」
「ははっ、落ち込まないでください。二人で決めたことなんです、自信を持ってください」
そう言って、ベッドで寝息をたてている大地に目をやった。
「大地くん、よく眠ってるようですね」
「はい。それが私も不思議で……今まですごい量の眠剤を飲んで、それでも眠れてなかったのに。それなのにあっさり眠っちゃって」
「……」
「これってつまり、眠剤なんて必要なかったってことでしょうか」
「いえ、そうはならないと思いますよ」
相変わらず穏やかな笑みを浮かべ、浩正が答える。しかしその言葉から、これからが勝負なんだという思いが伝わってきた。
「今、薬を飲んでない大地くんがどうして眠れてるのか。それは僕にも分かりません。ただ言えることは、今の大地くんの体には、これまでの薬が残っているということです。楽観は出来ません」
「そう……ですよね……」
「ですがそう決断し、実行に移したんです。後は覚悟を決めて、この問題に立ち向かっていくしかありません」
海の肩に手をやり、小さくうなずく。
「薬はもう、全て捨てたんですか?」
「明日がゴミの日ですので、朝一番に出す予定です」
「そうですか。これから大変だと思いますが、頑張ってくださいね」
「いえ……大変なのは大地の方です」
「勿論大地くんも大変です。ですが僕が以前話したこと、覚えてますか?」
「……」
「悩みや苦しみは、他人に起こった時の方が辛いって話です」
「はい、覚えてます」
「それが明日から始まります。恐らくですが大地くん、禁断症状で苦しむことになります。奇声をあげますし、暴れることもあるでしょう。自傷行為に及ぶかもしれません」
「浩正さん、経験あるんですか」
「僕の場合、違法薬物を断つ手助けをする団体に所属してますので」
「違法薬物……でも、大地の薬は合法ですし」
「合法だろうが違法だろうが、薬の副作用は必ずあります。ましてこれまで服用してたものを一気にやめる、そんな無茶なことをすれば間違いなく大変なことになります」
「そう……ですね」
「こんな方法、試した人はほとんどいません。医学的な見地からも、それが無茶苦茶だというのは間違いありません」
「やっぱり……やめた方がいいんでしょうか」
「僕にも分かりません。常識的にあり得ない方法でも、それが大地くんにとって最善なこともあります。いくら医者が駄目だと言っても、それを信じて彼が決断したのなら、それに賭けてみるのもひとつの選択です。
それに何より、海さんも覚悟を決めている。大地くん一人では無理でも、家族の協力があれば乗り越えられるのかもしれません」
「……」
「大地くんのような症状、どうすれば完治だと思いますか?」
「それは……」
「心の病に関して、それに対する明確な答えはありません。血液検査をする、レントゲンで確認する。そういったものでは分からない訳ですから」
「じゃあ、どうすれば完治になるんですか」
「難しいですね。ですが完治と言うのであれば、少なくとも薬を必要としない生活になると思います」
「……」
「薬を服用し、日常生活の中で生きていく。それも立派な社会復帰です。現代において、そういう方法をとっている人は多いです」
「そうですね。私にもそういう友達、いましたから」
「ですが大地くん、そして海さんの目標は違う。完治なんです。となれば、いずれ薬を断つ決断をする日が訪れます」
「薬を否定する気持ちはないんです。心の安定の手助けとして、必要な人がいることも理解してます。でも、少なくとも私、大地には必要ないと思ってます」
「そうですね。僕も青空さんのことがあるまで、大地くんに必要だとは思ってませんでした」
「だから私、大地の決断を尊重したいんです。あの主治医は勝手に薬をやめるな、そう言いましたけど……私、あの先生に相談したくありませんでした。あの人を信じられないと言うか」
「ははっ、僕も同じです」
「よかった……」
「医者と患者、家族との間に信頼関係は必須です。ですがあの人に関しては、僕も信じることが出来ませんでした」
「ああいう人ばかりなんでしょうか」
「そんなことはないですよ。患者に寄り添い、親身に相談に乗ってくれる医者もたくさんいます。それに治療に関しても、医者によって様々です。
少なくともあの主治医は、薬に大きく依存する方法を是としてました」
病院でのやりとりを思い出す。確かにあの主治医は、そうしないと大地の状態は安定しないと断言していた。
「僕は医者じゃありません。彼の言ってることが正しいのかどうか、それを判断するだけの知識も経験も持ってません。ただ海さん、そして大地くんがこのやり方と決めたのであれば、挑戦するのもいいと思います」
「……」
「そんな不安に思わないでください。前にも言ったと思いますが、症状は人それぞれです。大地くんにはこの方法が一番、そうなる日が来るかもしれません」
「……ありがとうございます」
「何かあれば連絡ください。すぐ駆け付けるようにします。大地くんは僕にとっても、大切な弟なんですから」
その言葉に海も微笑む。
「そして、あなたはその弟のパートナーなんです。海さんのことも見守っていますよ」
「浩正さん……」
海の目に涙が光る。
「おかしいな、今日散々泣いたのに……涙って、枯れないものなんですね」




