045 青空の夢
年が明けて1月4日。
喫茶とまりぎ初営業日。
海が笑顔で接客している。いつも通り、いい笑顔だ。
彼女がいればこの店は大丈夫、そんな安心感があった。
そして大地。
相変わらずの仏頂面だが、仕草ひとつひとつにやわらかさを感じる。
何と言うか……そう、いつも感じてた緊張感がなくなっている。
そう思い、微笑み。ホールの隅に立っている大地に青空が近付いた。
「むふふふっ」
「青空姉……店でその顔はやめろ」
青空の意味ありげな笑みに、大地が困惑した。
1月1日元旦。大地と海は浩正宅を訪れた。
例年、この日は皆で初詣に出かけていた。今年は海も一緒だ。
そして青空は思った。大地と海、二人の距離が縮まってると。
「浩正さん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「おめでとうございます、大地くん。昨年も色々と協力していただき、ありがとうございました。こちらこそ、今年もよろしくお願いします」
「浩正さん、あけましておめでとうございます。今年も頑張ります」
「おめでとうございます。海さんが来てくれて、とまりぎの雰囲気が一層明るくなりました。今年もどうか、よろしくお願いします」
「青空姉、あけまして」
「童貞卒業おめでとう!」
頭を下げようとした大地に向かい、青空が満面の笑みで声を上げた。
その言葉に大地が咳き込む。海は赤面してうつむいた。
「げほっ、げほっ……青空姉、それが新年一発目の言葉なのか」
「うん! だってお姉ちゃん、嬉しいんだもん!」
「青空さん……」
両手で顔を覆い、海が身悶える。
「て言うかおかしいだろ! 正月だぞ正月! 挨拶ぐらい普通にしろよ!」
「あはははははっ、でもでもお姉ちゃん、ほんと嬉しいから」
「いや、青空姉が笑顔なのは嬉しいけど……じゃなくてデリカシー! いきなり限界突破してんじゃねえよ!」
「大地がそれ、言うんだ……」
思わず海が突っ込む。
「いやいや海、お前はこっちにつかないと駄目だろ」
「だって、大地の口からデリカシーなんて言葉が出るから」
「……すまん海、その話はまた後で。とりあえず今はスルーしてくれ」
「新年早々、仲がいいようで何よりです」
穏やかに微笑む浩正に、大地はますます困惑した。
「浩正さんまで……ほんと、勘弁してください」
「それでどうだった? 初めての女の感触は」
「青空姉……いい加減にその口閉じないと、ガムテープでぐるぐる巻きにするぞ」
「おおっ、大地にはそういう性癖もあったのか」
「ねーよ! てか、新年早々何の話をしてんだよ!」
「あはははははっ。でもほんと、よかったね」
「……何がよかったのかよく分からんが、それはどうも」
「世捨て人みたいな面してたあんたが、やっと普通の幸せにたどり着けたんだ。お姉ちゃん嬉しい! 今日は飲もう!」
「別にいいけど、ほどほどにしてくれると助かる」
「なんで? 今日は一日いるんでしょ?」
「そうなんだけど、明日も出かけることになってるから」
「どこか行くの?」
「ああ。海の叔父さんのところと、裕司の両親の家に」
そう言って、海を見て微笑んだ。
「……そっか。挨拶に行くんだね」
「ああ。叔父さん夫婦は、海にとっての親代わり。これまで海を育ててくれたことへの礼と、こいつと付き合うことの承諾をもらいたいと思ってる」
「裕司のところへは……私だけでいいって言ったんですけど、大地がどうしても挨拶したいって」
「そっか」
「こいつにとって、裕司はかけがえのない存在だ。何より俺は、そんな海だから好きになった。けじめって訳じゃないんだ。ただ出来れば、裕司の親御さんとは、これからも懇意にさせてもらいたいと思ってる」
「大地……」
海が大地の手を握り、幸せそうに微笑んだ。
「おうおう、アラフォーの姉を前にして、元旦から見せつけてくれるじゃない」
「いやいや、青空姉だって十分見せつけてるから。それに青空姉はもうすぐ結婚だろ? これ以上の見せつけはないから」
「あははははははっ、まあそうなんだけどね。でもね、憑き物が取れたようなあんたの顔を見てたら嬉しくて。海ちゃん、ありがとね」
「青空さんそんな……」
「それでそれで? あっちの方はどうだった?」
「な、何のことでしょう」
「いやいや海ちゃん、そこはとぼけなくていいから。経験者の海ちゃんと違って、こいつはこの歳まで童貞を守り抜いてきた勇者なんだ。さぞかし幻想抱きまくってたはずだし、変なことをしてないか心配でさ」
「何の心配してんだよ! てか、んなこと聞いてんじゃねーよ! はいもう、終わり終わり」
「えー、お姉ちゃん興味あるんだけどなー」
「そんな顔しても駄目だ。海、答えなくていいからな」
「じゃあ海ちゃん、その辺の話はまた後で」
「聞くなっつってんだ」
「はははっ、青空さん、その辺で。あまり二人をいじめてはいけませんよ」
「分かったわよ。まあいい、初詣が終わったら宴会なんだ。酒が入ればガードも緩くなるってもんだ」
「ほんと、勘弁してくれ……」
「いい顔するようになったね、大地」
「そうか? 別にいつもと変わらないだろ」
「それはあんたが自覚してないだけだから。いつもあんたを見てた私からすれば、この変化は嬉しい限りだ」
「……それはどうも」
「で? あの件決めた?」
「ん? あ、ああ……」
「結婚式、私たちと一緒に挙げるってこと。覚悟決まった?」
「覚悟って……でもまあ、そうなるのかな」
「決めたんだね」
「ああ。海の叔父さん夫婦、裕司のご両親にも了承してもらったからな。その日も来てくれることになった」
「そっか」
「でも……ほんとにいいのか?」
「いいに決まってるじゃない。愛する弟と一緒に式を挙げる。世に兄弟は多けれど、こんなことが出来るやつはそうそういない」
「そうなんだけどな」
「私がそうしたいの。私が先に幸せになって、あんたに道を示す。そう思って浩正くんとの結婚を決意した。でもそれが一緒に出来る。こんなに嬉しいことはないよ」
「……」
「何より、あんたが幸せになるって決意したんだ。それが嬉しい」
「青空姉……」
「海ちゃんにはほんと、感謝だよ」
「まあ確かに……あいつと出会ってなかったらこんな未来、想像も出来なかったからな」
「いずれ一緒に住めたりなんかしたら、お姉ちゃん幸せすぎて死んじゃうかも」
「いやいや青空姉、そんなフラグいらないから。死んだら駄目だろ。浩正さんを置いていくのかよ」
「例えだよ例え。浩正くんとね、よく話してたんだ。私にとって、大地は特別な存在。だからいつか、三人で一緒に住みたいって」
「……」
「でもまさか、そこにあんたの嫁までついてくるとは思わなかったよ。おかげでこっちも、遠慮なくいちゃいちゃ出来る。ねえ大地、この話、真剣に考えてくれないかな」
「二世帯住宅ってことか?」
「うん、そう。浩正くんは大歓迎だって言ってた」
「そうか……分かった。海にも聞いておくよ」
「えへへへへへっ、お姉ちゃん、新年から嬉しいことだらけだよ」
「まだまだこれからだぞ。覚悟しておかないとな」
そう言って顔を見合わせ、笑い合う。
そんな二人を見つめ、海も嬉しそうに微笑むのだった。




