044 二人だけの時間
帰宅した二人が、不自然な笑顔を向け合う。
どちらも目が泳いでいた。
「じゃ、じゃあ俺、風呂にお湯張ってくる」
「う、うん。ありがとう」
「にしても今日は寒かったな。海も体、冷え冷えだろ」
「そ、そうだね、あはははははっ」
「しっかりぬくもるんだぞ。じゃないと折角の休暇、風邪で寝込むことになっちまうからな」
大地、声が上ずってるよ。
そんなに緊張されたら私、どうしていいか分からないじゃない。
それとも大地、ひょっとして今夜……そう思ってる?
お気に入りの下着、洗濯終わってたっけ。
そんなことを思いながら、慌てて引き出しを開ける。
そして目当ての物を見つけると握り締め、「よしっ」とうなずいた。
私にとってはそうじゃないけど、大地にとっては初めての経験。
こういうのって、やっぱ自分から何もしない方がいいのかな。
大地だって男なんだし、女が変に出しゃばったら傷つくかな。
でももし戸惑うようだったら、ここは先輩としてリードすることも……
「お湯、入ったぞ」
「ひゃい!」
「……なんだそれ」
「何でもない何でもない。じゃあ先にお風呂、いただくね」
「お、おう……ちゃんとぬくもるんだぞ」
風呂からあがり、大地と交代する。
ベッドにもたれ、落ち着かない様子でビールを口にする。
落ち着け、落ち着くんだ私。
初めてって訳じゃないんだから、緊張するな。
でも……
ふと胸に手を当てる。
「貧乳好きっていうのは青空さん情報で……大地から直接聞いた訳じゃないんだよね」
大きなため息を吐く。
もし。実は胸の大きな女が好きだったら。
この胸を見た時、大地は失望するかもしれない。
その時の大地を思い浮かべ、頭をかきむしる。
「駄目、ネガティブになっちゃ駄目……大地にとっては初めてのことなんだし、この胸がいいか悪いかなんて分からないんだから……心を強く持つのよ、海」
「あがったよ」
「ひゃい!」
「……それ、流行ってるのか?」
「あ、あはははははっ、何でもない何でもない。それより大地、隣に座りなよ」
「お、おう……」
ビールを手に大地が座る。
「酔いは醒めたか?」
「う、うん……店を出たら寒さで一気にね。だから大丈夫、いつもの私だよ」
「店でのお前、すごかったからな」
「あははははっ、失礼しました」
「でも……可愛かったよ」
そう言われ、顔が一気に熱くなるのを感じた。
「お前のおかげで、その……体が軽くなった気がする」
「……」
「今までずっと重かったんだ。足取りが重い、って言えば分かりやすいかな。みんなこんな感じなのかなって思ってた。
でも今日、お前と話が出来て……一緒に泣いて、全部吐き出して……さっきシャワーを浴びてる時、感じたんだ。あれ? なんか体が軽いぞって」
「……そうなんだ」
「多分俺、今までずっと緊張しながら生活してた。いつも何かに怯え、構えてたんだと思う」
「もう怯えてないの?」
「どうだろう。正直よく分からん。ただ……これからは一人じゃない、海と一緒なんだって受け入れた時から、少なくとも怖くはなくなったように思う」
「そうなんだ……よかったね」
「ありがとな、海」
「私こそ……私だって同じだよ。大地のことが好きって認めた時から、体が軽くなったんだから」
「……そうか」
「うん、そう……今測ったら私の体重、減ってるかもしれないね」
「んな訳ねえだろ。と言うかお前、絶対太っただろ」
「大地あんた……よくもまあそんなこと、彼女にしたばかりの女相手に言えるわね」
「だってお前、滅茶苦茶食いまくってるじゃねえか。こいつ、ほんとに死ぬ気あるのかって思ってたんだからな」
「それは大地のご飯がおいしいからじゃない。そうじゃなくて! よくもまあ、そこまでデリカシーに欠けることを言えるわね」
「いいことじゃねえか。食べるってことは、生きるってことなんだから」
「……どういうこと?」
「老人ホームの利用者と接していてな、そう思うようになったんだ。どれだけ悲観的な人でも、体調の悪い人でも。食べるって行為を疎かにしない内は大丈夫なんだ。反対に食べることに興味をなくした人は、間違いなく死に近付いている。食べるってことは、生きたいって気持ちの表れなんだ。俺はそう思ってる」
「そうなんだ……」
「だから嬉しそうに飯食ってるお前を見てて、俺はいつも安心してた。大丈夫、こいつはまだ死なないって」
そう言うと海は嬉しそうに微笑み、大地の肩に頭を乗せた。
「海、その……密着しすぎでは」
「別にいいじゃない。いい話だったけど、デリカシーに欠けてたのは本当なんだから。これぐらい受け止めなさい」
「そう、なのか……分かった……」
照れくさそうにそう呟いた大地に、海は「そうなんでーす」と微笑み、頭を擦り付けた。
「じゃあ……おやすみ」
電気を消し、先に横になった大地は、いつもの様に海に背を向けた。
「……」
海が人差し指で大地の背中をなぞる。
「うおっ! な、なんだ、どうした海」
「まだそっち、向くんだ」
「え……あ、いや、これは……」
「お互い好きって認め合ったのに。記念の夜なのに……大地は壁を向くんだ。何? ひょっとして大地、私より壁の方が好きなの?」
「んな訳ねえだろ。ただその、なんて言うか……付き合いだしたからって、いきなりそういうことをするのも違うって言うか」
「聞こえませーん。そんなゴニョゴニョ言われても分かりませーん」
「い、いじめるなよ……」
「何もね、いきなりそういうことをしようって言ってるんじゃないの。ただ、折角付き合い出したのに壁を向かれてたら、後悔してるのかなって不安になるじゃない」
「わ、悪かった!」
慌てて大地が向き直す。
「ふっ、ふふっ……」
そんな大地が可愛くて。海が思わず笑った。
「……笑うなよ」
「ごめんなさい。でも、ふふっ……可愛い」
「……だからからかうなって」
「からかってなんかいないよ。この人が私の彼氏なんだって思ったらね、嬉しいの」
「……」
「ぶっきら棒な顔が好き。笑顔が好き。たくさんの大地が見れて、私は本当に幸せ。そして……」
そう言って頬を撫でる。
「今のその、どうしたらいいのか分からなくて戸惑ってる大地。すごく可愛い。大好き」
額を重ねる。
「あの時死ななくてよかった。あなたが死ななくてよかった。今、あなたとこうして一緒にいれて……とても幸せ」
「海……」
「私の全てをあなたにあげる。あなたの全てを私に頂戴。大地、愛してる」
「海……好きだ」
「大地……」
「愛してる……」
唇を重ねる。
その温かくてやわらかい感触に、大地の脳髄が痺れる。
海はまるで、初めての時のように体を強張らせた。
唇が震える。
唇を離し、互いに見つめ合う。笑顔で。
そして気付いた。海の目に涙が光っていることに。
「ご、ごめん……嫌だったか」
狼狽する大地に首を振り、海が力強く抱きしめた。
「違うよ……嬉しいの、幸せなの」
「海……」
「もっと、もっと……大地を感じたい……」
その言葉に応えるように、大地が再び唇を重ねた。
口から吐息を漏らし、海が囁く。
「大地……これからずっと、一緒だよ……」




