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041 幸せ・笑顔・感謝

 


 クリスマスが過ぎ、街は一気に年末の空気に変わっていった。

 客の入りもかなり減り、大地たちはこれ幸いと、とまりぎの大掃除に勤しんでいた。

 ここは来年の秋を目途に、浩正(ひろまさ)青空(そら)が夢見ていた有料老人ホームへと姿を変える。かなりの改装が必要だが、それまで客が気持ちよく利用出来るよう、大地も例年以上に気持ちを込めて動いていた。

 そして何より、年が明けるとここで、青空(そら)浩正(ひろまさ)が結婚式を挙げる。

 招待状も既に配り終えていた。常連客は勿論、ここを利用している老人ホームの利用者たちにも配っていた。





 しかしそんな中、辛い出来事があった。

 クリスマス当日。いつものように利用者たちを迎えた大地たちだったが、そこに中山の姿がなかったのだ。


「あれ? すいません、中山さんは」


 海の問いに、スタッフが目を伏せた。


「中山さんは……二日前に逝去されました」


「え……」


 海が目を見開く。


「嘘、なんで……中山さん、また来るって言ってたのに……この前会った時、あんなに元気だったのに……」


 呆然とする海を大地が支える。


「大丈夫か」


「なんで、どうして……中山さん、あんなに楽しそうに笑ってたのに……突然すぎるじゃない……」


「そうだな、そう思う。だけどな、海。これが現実なんだ。別れはいつも突然なんだ」


「酷い、酷いよ……中山さん、きっともっと生きていたいって思ってた……それなのに、こんな急に旅立って……早く死にたいって思ってた私が生きてるのに、どうして中山さんが……」


「そうだな。でも中山さんにとって海と出会えたこと、それにはきっと意味があったと思うぞ。だから中山さんの冥福、一緒に祈ってあげよう」


「大地……」


 大地の胸に顔を埋め、海が嗚咽する。

 そんな二人に、スタッフが沈痛な表情を浮かべる。

 しかし利用者たちは違った。口元に笑みを浮かべ、何度も何度もうなずいていた。


「海ちゃん、ありがとう」


 そう声をかけたのは、車椅子に乗った下川だった。


「下川さん……」


「私が死んだ時も海ちゃん、そうやって悲しんでくれるのかなって思ったらね、何だか嬉しいわ」


「そんな……下川さん、そんなこと言わないでください」


「うふふふっ、ありがとう。勿論死にたいだなんて思ってないのよ? ただね、こういうのって順番だから。私たちが海ちゃんより先に逝くのは、当たり前のことなのよ」


「そうかもしれませんけど……そんな哀しいこと、言わないでください……青空(そら)さんの結婚式にも来てほしいです」


「勿論よ。私も楽しみにしてるのよ、青空(そら)ちゃんの花嫁姿」


「それにこれからも、ずっと来てほしいです。会いたいです……ここは老人ホームに変わりますけど、喫茶店としても続けていくんですから」


「そう言ってくれて嬉しいわ。海ちゃんの優しい気持ち、中山さんにもきっと伝わってると思うわよ」


「あの……海さん、それでなんですけど」


 そう言って、スタッフの一人が海に一枚のメモを渡した。


「中山さんの居室を整理してて見つけたんです。中山さん、海さんにこれを渡したかったんじゃないかと思いましたので、ご家族さんの了承を得て持ってきました」


「中山さんが……」


 そのメモには、鉛筆でいくつかの文字が書かれていた。




「とまりぎの海さん」

「幸せ」

「笑顔」

「感謝」




「……」


 そのメモを見つめ、海は目を見開いたまま涙をボロボロとこぼした。

 やがてそれは嗚咽へと変わり。

 もう一度大地の胸に顔を埋め、泣いたのだった。





「大地くん、海さん。今年も一年、ありがとうございました」


 正月仕様の飾り付けを終えた店内で、浩正(ひろまさ)が大地たちに頭を下げた。


「来年は今年以上に忙しくなりますが、どうかよろしくお願いします」


「こちらこそ、本当にお世話になりました。年が明けるの、俺も楽しみにしてます」


浩正(ひろまさ)さん、青空(そら)さん。こんな私を雇ってくれて、本当にありがとうございました」


「いいってことよ」


 そう言って、青空(そら)が意地悪そうな笑みを浮かべる。


浩正(ひろまさ)くん。忘年会、どうする?」


「そうですね、今年こうして集まるのも最後ですし、いつもの店に行きましょうか」


「やたーっ! 今夜は飲むぞー!」


「いつものってことは、あの居酒屋ですか?」


「ええ。青空(そら)さんの容姿だと、受け入れてくれるお店が中々ありませんので」


「だよねー」


「こうして無事、年内の業務を締めくくれてほっとしました。今夜は僕も、少し羽目を外して飲みたいですね」


「ちょっとちょっと浩正(ひろまさ)くん、こんなので満足してたら駄目なんだからね。来年は今年より、もっともっといい年になるんだから」


「あははははっ、そうですね」


浩正(ひろまさ)さんの夢が叶う年でもある訳ですから」


「そ・れ・にー。私と浩正(ひろまさ)くんが結ばれる年!」


「……ほんと浩正(ひろまさ)さん、こんな不出来な姉ですが、よろしくお願いします」


「ちょっとちょっとー、私のどこが不出来だって言うのよー。私がこうして支えていればこそ、浩正(ひろまさ)くんの夢も叶うんだからね」


「……自分で言うなよ」


「いえいえ大地くん、青空(そら)さんの言う通りですよ」


浩正(ひろまさ)さん……」


「僕一人だと、こんなに早く実現しなかったと思います。青空(そら)さんの支えがあったからこそ、僕はその夢に近付けたんです。

 そして青空(そら)さんと出会えたことで、僕は大地くんとも出会えました。海さんとも出会えました。これは僕にとって、何物にも変えられない幸せです」


浩正(ひろまさ)さん……ありがとうございます」


「そうだ、お店の予約はどうしよう。忘年会シーズンだし、混んでるんじゃない?」


「もうしてますよ」


「さっすが浩正(ひろまさ)くん、愛してる」


「はははっ、僕も愛してますよ」





 外に出ると雪がちらついていた。


「寒いはずだよ……ううっ、店まで命もつかな」


「今日は鍋にしてますから。しっかり食べて暖まってくださいね」


「おお鍋! 日本人でよかったと思えるランキング一位じゃない!」


「大丈夫か、海」


 そう言って、大地がマフラーを海に巻く。


「ありがとう。でも、大地も寒いんじゃない?」


「こういう時は素直に喜んでろよ。女は寒いの苦手だろ? こういうのは男の義務だよ」


「……ありがと」


 そう言って微笑み合う二人を見つめ、青空(そら)浩正(ひろまさ)は手を握り合い、笑った。

 来年もきっといい年になる。そう思いながら。




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