039 必然と運命
「ふふふのふ」
翌日。
大地を見つめ、青空が意味ありげに笑った。
「弟よ、色々あったみたいじゃないか」
そう言って肩を抱く。
「大地。浩正さんに頼まれたんで、ちょっとスーパーに買い物行ってくるね。ホールの方よろしく」
「あ、ああ……」
赤面し、小さくうなずく。
そんな大地に、青空が声を上げて笑った。
「いやいやどうして。弟のこんな顔を見る日が来るとは思わなかったよ」
「青空姉……誰のせいだと思ってるんだよ」
「誰のせいって、そりゃあ海ちゃんでしょ」
「なんでだよ」
「告白されたんでしょ?」
「なっ……」
「あはははははっ、ほんとあんた、分かりやすいんだから」
「青空姉がけしかけたからだろ」
「いいや。私は何も言ってないよ」
「嘘つけ」
「ほんとほんと。私はただ、相談に乗ってあげただけだから」
「俺がこうなってる理由が、その相談のせいだとは思わないのかよ」
「なになに? ひょっとしてあのこと聞いたの?」
「……」
「あはははははっ、そりゃそうなるか、ごめんごめん」
「……ったく」
「まあ、秘密のファイルのことはいいじゃない。あんたのことだ、どうせまだ持ってるんでしょ? せいぜい見つからないよう、うまく隠しとくんだね」
「ほっとけ」
「で、冗談はともかくとして。あんた、海ちゃんに告白されたんだよね」
「……ああ」
「返事したの?」
「ファイルの件で有耶無耶になった。あいつ、しつこいぐらいその話をするもんだから、パニックってビール飲み過ぎちまって。いつの間にか寝落ちしてた」
「それはそれは。海ちゃんかわいそうに。と言うかあんた、最低ね」
「だーかーらー、誰のせいだと思ってるんだよ」
「あんたが黒歴史でパニクったのは分かる。でもね、女が告白してきたんでしょ? しっかり向き合って、答えてやるのが男でしょ」
「……そうなんだけど」
「どうせあんた、ファイルの話をいいことに、パニクった振りして逃げたんでしょ」
大地の頬を両手でつかみ、まじまじと見つめる。
「……そんなことねえよ」
「はい図星ーっ! ほんとあんた、分かりやすいんだから」
そう言って大袈裟に息を吐いた。
「どこのヘタレだよ、全く」
「……」
「俺にそんな資格はないとか、海ちゃんにふさわしくないとか思ったんでしょ」
「……否定はしない」
「俺はいずれ死ぬんだ。そんな男を好きになってんじゃねえよって」
「……」
「あんたが死に憑かれてることは分かってる。そしてそれが、あの馬鹿親から始まったことも理解してる。
あんたは今、こう思ってる。誰も信じることの出来ない自分は、この世界のノイズだと」
「流石だな、青空姉」
「この世界、あんたが信じてるのは私だけ」
「その通りだ」
「誰も信じず、全てを否定する自分はサイコパスだ。この世界に留まるべきじゃない、そう思ってる」
「そこまで分かってるんなら、俺がどう答えるかも分かるだろ」
「そうだね。以前のあんたなら、考えるまでもなかったはずだ。でもあんたはまだ、海ちゃんに答えてない」
「だからそれは、ファイルのせいで」
「いい加減、逃げるのやめたら?」
そう言って大地の頭に手をやり、微笑んだ。
「……逃げるって何だよ」
「私はあんたのお姉ちゃんだ。あんたがどう思ってるかぐらい、聞かなくても分かる。筋金入りのシスコンのあんたは、私以外誰のことも信用しちゃいない。好む好まないの違いはあれど、誰に対してもそうだった。
でもね、大地。海ちゃんに出会ってからのあんたは、明らかに変わった」
「……」
「何よりよく笑うようになった。それも嘘くさくない、自然な笑顔だ。そんな顔、私以外に向けたことはなかったはずだ。
いつもいつも死ぬことばかり考えていたあんたが、当たり前のように次の日のことを考えるようになった。海ちゃんに何を食べさせてやろうか、酒のストックはあっただろうか、そんなことを考えるようになった」
「……一緒に住んでるんだ、それぐらい考えるだろ」
「他のやつと一緒にいても、そうだったと思う?」
「……」
「絶望のどん底にいた海ちゃんが、あんなに元気になった。そしてそんなあの子を見て、あんたも嬉しそうに笑うようになった。もうすぐ死ぬのにだ。おかしいと思わない?」
「おかしくはないだろ。死ぬと決めているからといって、見守っちゃいけないことはないはずだ」
「じゃあ聞くけど、出会った時、どうしてあんたはあの子を泊めたの?」
「それは……海から聞いてるだろ。そうしてなければ、あいつは見ず知らずの男に抱かれてたんだ」
「そんなの放っておけばいいじゃない。どうせ死ぬんだし」
「……」
「まあ、今のはちょっと言い過ぎだけど。でもそうだと思うよ。それなのにあんたは、会ったばかりのあの子を助けて、面倒を見るって決めた。あんたそんなやつだったっけ? そんなにお人好しだっけ?」
「それは……」
「あの子がどれだけ穢れようと、それはあの子の決めたことだ。自分には関係ない、それがあんたの哲学だったはずだ。でもそうしなかった。一度別れたにも関わらず、わざわざ後をつけて助けてあげた。
大地、ほんとはもう分かってるんじゃない? 出会った時からあんた、あの子に心を動かされていたんだよ」
そう言われ、大地が動揺の眼差しを青空に向けた。
「あんた、今でもあの子のこと、信用してないの?」
「いや……少しは信用してると……思う……」
「そんな言葉、長い付き合いだけど初めて聞いたよ」
「……」
「あの子との出会いは偶然、そう思ってるかもしれない。でも私から言わせれば、それは必然なんだ。
全くの他人だったあんたたちが、絶望と死への願望を通じて出会った。そしてその出会いが、知らない内に互いの傷を癒していった」
「そんな偶然……あるものなのか」
「必然だって言ってるでしょ。そしてそれは、運命とも呼ぶ」
「運命……」
「あんたらは出会うべくして出会ったの。そしてまず、海ちゃんが解放された。背負ってた十字架から。と言うか、あんたが半分背負ってあげた」
「……」
「だから大地。世界に絶望してるとか、誰も信じられないとか。私のことが大切だとか。そんな荷物を全部下ろしてさ、人生について、あの子との未来について、真剣に考えてみなよ」
「あいつとの未来、か……」
「その上で断るってんなら、それもまた運命なんだと思う。恋愛はそれぞれの心次第だからね、私もけしかけた身とはいえ、そこまで踏み込むつもりはない。その時は海ちゃんにこの胸を貸してやる。思いきり泣かせてあげる。だから大地、しっかり考えてみなよ」
「……分かった。青空姉の思惑通りにいくか分からないけど、一度考えてみるよ」
「ね? 言った通りでしょ」
「何がだよ」
「いくら私の頼みでも、以前のあんたなら聞かなかったはずだ。それなのにあんた、死にたがり屋のあんたが、海ちゃんのことを考えてみるって言った。
大地、あんたは変わりつつある。過去だけじゃなく、未来に目を向けている。絶望じゃなく、人生に希望を見出そうとしてる」
青空が微笑む。その青空を見て。
「なんだよそれ……」
そう言って、大地も照れくさそうに笑った。




