07 使者と星のバッジ
それから更に、半年が経ったある日のこと。
シャーロットは街からの帰り道、森の入り口で立ち往生している一団に出会った。
その時彼女はご機嫌だった。
街に卸している薬草クッキーや薬草キャンディーの売り上げが好調だと、薬草売りに教えてもらったからだ。
早速家に帰って増産しなくてはと、帰路を急いでいる最中でもあった。
しかし一団は相当に困っているようだ。
黒いローブを被ったまま、シャーロットはつい足を止めてしまう。
彼女は基本お人よしなのだ。
「あの、どうかなさいましたか?」
黒いローブ姿の女の登場に、一団はぎょっとしていた。
シャーロットは決して顔を見られないよう俯きながら、その一団の身なりを観察する。
何かリボンのついた巻物を持った壮年の男性と、鎧をまとった幾人かの騎士。
騎士達はシャーロットから壮年の男性を護るように、油断なくこちらを注視している。
中には剣の柄を握っている者までいるではないか!
(やっぱり、声をかけるべきじゃなかったわ。ご迷惑だったのかも)
「ごめんなさい。余計なお世話でしたわね……」
しょんぼりと肩を落としながら、シャーロットは森に入ろうとした。
薬草売りとしか喋らない毎日を過ごしていたので、人との会話に飢えていたのだ。
彼女はそんな自分を浅ましいと思い、その場から早く逃げ出したくなった。
「ああ、ちょっとお待ちを!」
壮年の男性が、太鼓腹を揺らしながらシャーロットに駆け寄ってくる。
騎士達が慌ててそれに続いた。
「失礼ですが、貴方様が北の森の魔女でいらっしゃいますか? 私はこういう者です」
そうして彼が示したのは、胸に付けられた星の形のピンバッジだった。
キラキラと金色に光るそれは、国王からの使者の証だ。
「きゃあ、これはこれは……」
シャーロットは慌ててその場に跪こうとした。
しかしそこにあった木の根に足を取られ、転びそうになってしまう。
天と地が回転し、シャーロットは衝撃を覚悟した。
しかしいつまでたっても、痛みも衝撃もやってこなかった。
「あら?」
目を開けると、そこにいたのは騎士のうちの一人だった。
日に透けるプラチナブロンドと、ワイン色の瞳。白皙の美貌は研ぎ澄まされ、その鋭い眼光にシャーロットは思わず腰が抜けそうになった。
「あ、ああ……ごめんなさい。助けて頂いてありがとう」
彼女は自分が騎士に抱えられていることに気付き、慌てて立ちあがり服の埃を払った。
元々恋愛経験もなく嫁いで、そのまま愛されもせず放逐された身だ。
十八という花盛りの時期にあって、シャーロットは未だに男性というものに親しみがなかった。
「いや。こちらこそ驚かせて申し訳ない」
騎士は慇懃無礼に言うと、用は済んだとばかりに使者の後ろに戻った。
「はは、驚かせて申し訳ない。それで、貴方様は北の森の魔女さまで?」
使者に尋ねられ、シャーロットは困ってしまった。
(また北の森の魔女のお客さまだわ。でも申し訳ないけれど、そんな方にお会いしたことはないし……)
彼女は未だに、自分が街の人間から『北の森の魔女』と呼ばれているなんて露ほども思っていなかったのだ。
彼女が懇意にしている薬草売りの看板には大きく、“北の森の魔女のお菓子あります!”と書かれていたというのに。
「残念ですけれど、そういった方は存じ上げませんわ。お役にたてなくて申し訳ありません」
シャーロットがひどく悲しそうに言うので、使者も騎士たちも何も言えなくなってしまった。
“あなたがそうなんじゃないんですか?”
彼らの胸には同じ疑問が浮かんでいたが、目の前の可憐な少女が嘘をついているようにも思えない。
そう、可憐な。
気を取り直したように、使者が言った。
「そうですか。ところで、近くにお住まいですかな? 随分とお若いようにお見受けしますが」
使者の言葉に頷きそうになって、シャーロットはぎくりとした。
気づけば、フードが取れて顔が露わになっているではないか!
フードなしで人と喋るのは半年前に現れた少年以来だったので、シャーロットはそのミルク色の肌を真っ赤に染めた。
「あ……この森の山小屋に住んでいます。シャーロットと申します」
彼女は敢えて、家名は名乗らなかった。
自分が末端とはいえ貴族の娘だと分かれば、実家にどんな迷惑がかかるか分からなかったからだ。
しかし粗末なドレスで優雅な礼をしてみせたシャーロットに、男達の目は釘付けになった。
「失礼ですが、ご一緒してもよろしいでしょうか? 先ほどから森に入れなくて困っていたのです」
太鼓腹に口髭の使者が心底困ったように言うので、シャーロットはつい彼らに同情してしまった。
(でも、入れなかったってどういうことかしら? 道こそないけれど、この森はそれほど危険なところじゃないわ)
内心で首を傾げつつ、シャーロットは笑顔で請け負った。
「ええ。よかったら皆さんうちでお茶でも飲んでいってくださいな」
そうしてシャーロットは、国王からの使者とその護衛を引き攣れて、ラクスの待つ家に帰ることになったのだった。




