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61 白い少女の肖像


 さてその頃。

 意識を失ったジェラルドが運ばれていくのを、物陰から見ていた人物がいる。

 シリルである。

 昼間薬草売りの店を飛び出した彼は、噂の主に物申してやろうとジェラルドを探し回っていた。

 そして酒場の主人の言葉を頼りに、ジェラルドが城にたどり着く前に追い付こうと後を追っていたのだ。

 しかし彼が目にしたのは、そのジェラルドが男たちによって運ばれていくところだった。

 城からの迎えかとも思ったが、それは明らかに違う。

 なぜならジェラルドはシリルの見ている前で、しかも会話の途中で突如倒れ込んだからだ。

 直前まで、彼の口調ははっきりとしていた。

 泥酔していたなどありえない。


(どうする? とりあえず誰かに知らせないと……でもこの場を離れたら見失ってしまう!)


 怒っていたとはいえ、ジェラルドは自国の騎士。更には王の弟である。

 見殺しにするわけにはいかない。

 シリルが迷っている間に、男たちはジェラルドを馬車の荷台に乗せ、移動を始めてしまう。

 とにかく見失わないようにと、シリルはそれを追って物陰から飛び出した。

 そして気付かれないように馬車を追う。

 昨日の雨で道はぬかるんでおり、馬車はそれを気にしてスピードを落としていた。

 走りながら、シリルは考える。


(とにかく、あいつらのアジトをつきとめて、城に知らせるのはそれからだ)


 シリルが見ただけでも、ジェラルドを浚ったやつらの人数は十を超えていた。

 ジェラルドに意識があればまだどうにかなったかもしれないが、見習い騎士のシリル一人ではどうしようもない数である。

 シリルは走った。

 ぬかるみに足を取られながら、それでも決して馬車を見失わないようにと。


 ―――しかし、それがよくなかった。


 彼は前や足元にばかり気を取られて、後ろから己を追う人物がいるなど考えもしなかったのだ。

 だから何者かに体当たりされて前に倒れ込だ時、シリルは本当に驚いた。

 背中に馬乗りになった男が、耳元で囁く。


「お前、あの男の従者か?」


 問いかけの割に答えを聞く気はないようだった。

 男はシリルの顔を、泥の中に押し付ける。

 息苦しくて暴れたが、己より体格のいい男に馬乗りになられてはどうしようもない。

 そしてシリルは、じきに動かなくなった。



  ***



 シリルに置いてきぼりにされたシャーロットは、とにかく兄に相談しようと一旦は森に帰った。

 弟が入れなくなってはいけないと夕暮れまでは森の入り口で粘ったのだが、結局彼は姿を見せなかった。

 ぐったり疲れて帰宅すると、アーサーとラクスが心配していた。

 シャーロットは街で聞いたジェラルドの噂と、そしてそれを聞いた途端に走り出してしまったシリルの話をした。

 アーサーは頭を抱え、弟を呆れたように笑った。


「まあ、腹を空かせたらその内帰って来るさ。そうじゃなくたって、あいつは男でそれも見習いとはいえ立派な騎士だ。心配するほどのことでもないさ」


 ずっと顔色の優れない妹に、彼はそう言って聞かせる。

 ラクスは母を慰めるように、小さな姿のまま彼女にまとわりついていた。

 アーサーは何とか妹をなだめすかし、今日は休むように言う。

 それはシャーロットが、あまりにも憔悴していたせいだ。

 弟が姿を消したからなのか、それともジェラルドの婚約の話を聞いたからなのか、彼女の顔色はひどいものだった。

 アーサーは弟よりもむしろ、妹の方が心配になった。

 彼女がジェラルドに淡い恋心を抱いていることに、兄は気が付いていたからだ。

 しかし相手は王族。

 ラクスのことがなければ、直接言葉を交わすことすらなかったような相手だ。

 幸いにというか恋愛経験の乏しいシャーロットは、自分の気持ちには気づいていなかった。

 どうかこのまま、気付かないでいてほしい。

 アーサーはそう願っていた。

 成就しない恋を、後生大事に抱えて生きるのは不毛だ。

 他の誰よりも、アーサーにはそれがよく分かっていたからだ。

 疲れていたのか、小さな寝室からはすぐに一人と一匹の寝息が聞こえてきた。

 それを確認して、アーサーは外に出る。

 空には満天の星が瞬いていた。


「どうしてこうも、うまくいかないもんかね」


 妹の不安を和らげようとほほ笑んでいた顔から、その笑みが消えた。

 遠くでミミズクの鳴き声がする。

 

「結婚が決まったら、祝福しようと決めてたのに」


 まるで迷子になった子供のように、アーサーは呟いた。

 いつも余裕があって、未亡人達と浮名を流す彼からは考えられないような態度である。

 彼はその首元から、普段は隠しているペンダントを取り出した。

 トップは貝を削った白いカメオ。

 掘られているのは、若い少女の横顔だ。

 いつも肌身離さず身に着けているのか、その表面は削れ細工が潰れてしまっている。


「今はとても、喜べそうにないよマルゴ……」


 アーサーのペンダントを額に押し当て、彼はしばらくその場に立ち尽くしていた。





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