55 波乱の予感
短い注意
セイブルを見送った帰り道は、ひどく気まずいものになった。
なにせどちらも、こういった事態に慣れていない。
一度も女性として見られないまま離縁されたシャーロットは勿論、今まで女性を半ば避けるように生きてきたジェラルドもまた、戸惑っていた。
彼はシャーロットとは違い、年齢に見合ったそれなりの経験を持っている。
しかし彼の回りというのは、自ら乳房を押し付けてくるような積極的なご令嬢が多かった。
万が一にも気に入られれば玉の輿。
親にそうけしかけられるのか、或いは自らの意思か。
そんな超肉食的な淑女(?)達に、ジェラルドはほとほと参ってしまっていたのだ。
なので最近では、仕事を理由にほとんどの夜会の誘いを断っていた。
名代として女性あしらいの上手いアーサーが、未亡人を喰い散らかしては『夜会荒らし』の名前をほしいままにしていたのだが、それはそれとして。
(だからこそ、シャーロットに惹かれるのか……)
盗み見るシャーロットの横顔は、先程の件のせいか少し強張っていた。
小さい体でせかせかと歩くから、いつものようにゆっくり歩くと置いて行かれそうなほどだ。
最近ではシャーロットに合わせてゆっくりと歩くようになっていたジェラルドは、その行動に少しだけ口元を緩めた。
シャーロットははっきりいって鈍い。
身近な男性であるジェラルドを意識する様子もなければ、結婚歴があるなど嘘のように男女関係の機微に疎い。
今までだったら、あんなことがあっても『気にしないでください』とこちらを案じてきたことだろう。
だからこそその変化が自分によるものだと思うと、自然と顔がゆるんでしまうのだ。
事故でも胸に触れてしまったのは騎士としては失態だったが、こんな彼女が見られるのならそれもいいと、ジェラルドは呑気に考えていた。
―――まさか二人の間を裂くような出来事が間近に迫っているなんて、ジェラルドは考えもしなかったのだ。
***
ピシリ
雰囲気に音があるならば、間違いなくそんな音がしたことだろう。
荘厳でなければいけない謁見室の空気が、見事に凍っていた。
まだ威厳があるとは言い難い国王の顔が、それでも張りつめて険悪な雰囲気を放つ。
隣に座る王妃は、対外用の笑顔を崩さずともまっすぐに使者を見つめていた。
その目は笑っていない。
使者。
華やかな身なりの青年はファーヴニル国の東、大陸でも覇権を競う大国サンジェルスからの使者だった。
「今、なんと?」
国王の厳かな問いに、青年は軽やかに応じる。
「は。貴国の王弟、ジェラルド・シグルズ殿下を、ぜひ我が主、マルグリット女王陛下のご夫君にお迎えしたく存じます」
魅惑の外交官。
女王の懐刀。
三枚舌の伊達男。
不穏な噂に取り巻かれた青年もまた、本心の読めない顔で華やかにほほ笑んでみせた。




