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53 シャーロットの答え

 城で竜の居場所に関する有力な情報が手に入ったそうで、セイブルはご機嫌だった。

 ジェラルドは相変わらずの無表情だったが、シャーロットを見て小さく口元を和らげたので、やはり結果は上々だったのだろう。


「世話になったな。明日の夜には出発するよ」


 どこか浮かれた風情で、セイブルが言う。

 ラクス以外で初めて竜というものが身近な人に出会ったので、シャーロットは彼の出立を残念に思った。

 だからその日の夜には、予め下ごしらえしておいた料理の他に、とっておきの数日前に焼いたシュトレンを切り分けた。

 寝かせることで美味しさの増すドライフルーツたっぷりのお菓子は、シャーロットの得意料理でもある。

 アーサーとシリルは勿論、初めて食べたジェラルドやセイブルにも喜んでもらえて、シャーロット達は賑やかな晩餐を過ごした。


 ホウホウ


 森で梟が鳴いている。

 男性陣が夜営小屋に戻った後、シャーロットは彼らに気づかれないよう外に出た。

 ラクスを連れてこなかったのは、彼がいると考えがまとまらないと思ったからだ。

 これから息子をどうするべきなのか、シャーロットは迷っていた。

 一人ではとても答えが出そうになかったが、だからといってやはり男性陣に相談するのは違う気がした。

 彼らはファーヴニルの騎士だから、当然国から出すべきではないと言うだろう。

 けれどシャーロットは、本当にラクスのことだけを考えた正解を見つけたかった。

 もし国から出て竜を探すと言うのなら、チャンスは今しかない。

 今なら、同じように竜を訪ねるというセイブルを頼ることができる。

 カイザーランクの冒険者だ。問題なくとは言わないまでも、おそらく他の誰よりも安全にラクスを運んでくれるはずだ。


(リミットは、明朝……)


 ガサリ


 物思いに耽っていると、すぐ側で草を踏む音がした。

 シャーロットは驚いて振り返る。

 そこにいたのはセイブルだった。

 彼はシャーロットの驚くほど近くにいる。

 おそらくは、シャーロットに気付かせるために敢えて足音を立てたのだろう。

 つまり、それまではこの草むらでどうやってか足音を消していたということだ。


「驚かして悪いな。他の奴らを起こさない方がいいかと思って」


 セイブルは笑う。

 そうしていると、普通の青年のようにしか見えないのに。

 シャーロットは改めて、彼の年齢に驚きを感じた。


「隣いいか?」


 尋ねられ、シャーロットはコクリと頷いた。

 彼女が腰かけていた隣に、少しだけ空間を置いてセイブルが座る。


「あんたには世話になった」


「そんなこと……」


 彼の登場に驚いていたシャーロットは、おずおずとそう言った。

 直前まで彼のことを考えていたのに、いざ目の前にすると何も言葉が出てこないことに驚いた。

 しばらく、穏やかな沈黙が落ちる。

 ホウホウと、梟がまたも鳴く。


「俺に話があるかと思ったんだが、違ったか?」


 笑って問われ、シャーロットは自分の心の裡が見抜かれたような気分になった。


「あ……はい。実はそうで、ラクスをどう育てるべきなのか、私悩んでしまって……」


 促されると、思いのほかするりと言葉が出てきた。

 セイブルの、人を落ち着かせるようなゆったりとした笑みのせいかもしれない。


「俺が来たことで、余計な心配をさせちまったな。ごめんよ」


「いえ! その、セイブルさんのお話を聞けて良かったです。私このままでは、あの子を―――」


「あの子を?」


「親の身勝手で、ずっとここに閉じ込めていたかもしれない。ラクスは人間ではないのだから、本当は私とではなく、同じ竜の許で暮らすのが幸せの筈なのに……」


 悲しいけれど、それが事実だ。

 人の母の許で生まれ育ったセイブルが今でも他の竜を探しているように、ラクスにも竜の常識を教えてくれる誰かが必要だろう。

 言葉にすると、それが絶対正しいことのように思われた。

 しかしセイブルはといえば、どこか微妙な顔をしている。


(おかしなことを言ったかしら?)


 シャーロットは首を傾げた。


「あ゛ーーー」


 セイブルはガシガシと頭を掻いた。

 そして空を見上げる。


「あんたの悩みに、俺は正しい答えなんて返してやれないけどよ」


 釣られて空を見上げれば、そこにはぽっかりと丸いお月様が。


「俺の母ちゃんは、剛毅な女でさ。俺のこの体を見ても、なんだこんなもんって。他のやつより頑丈で便利じゃないさって笑うような人だったんだ。そんで、村のやつに気味悪がられて村の中に住めなくても、俺の鱗を狙って冒険者なんかに襲われようとも、絶対に俺を責めなかった。俺は母ちゃんが死ぬ十八まで親元にいたんだが、その最期を看取ってやれて、今でもよかったと思ってるよ。母ちゃんには死ぬまで俺の父ちゃんってどんな竜だったんだって聞けなかったけど、死ねないと分かった今でもそんな母ちゃんを恨んだりはしていない。なあ、俺が言いたいこと、分かるか?」


 突然問いかけられ、シャーロットは言葉をなくした。

 ただ、ジリリと胸が焼けるような、不思議な気持ちを持て余している。


「あんたが悩むのは勝手だが、言葉が通じないからって蔑ろにしないで、ちゃんと息子の希望を聞いてやれよ」


 その言葉を機に、セイブルが立ち上がる。

 そして口笛の真似事をした。しかし何の音もしない。

 ところが、それが合図出会ったかのように、シャーロットの小屋からラクスが飛び出してきた。

 彼は一目散に、シャーロットめがけて飛んでくる。


「そいつは見知らぬ竜じゃなくて、きっとあんたと暮らしたいって思ってるぜ……」


 そう言いながら、セイブルは去って行った。

 飛び込んできたラクスを抱きとめるのに必死で、シャーロットは彼に返事などできなかった。

 ただ手の中にある感触が愛しくて、それで胸がいっぱいになってしまった。

 つぶらなラクスの目が、ただただシャーロットを好きだと叫んでいる。


「私って、やっぱりのろまね」


 そう言いながら、シャーロットはそっとラクスの鼻のあたりを押した。

 ヒクヒクと、息子はむず痒そうに短い手で顔を触る。


「人に言われなきゃ、息子のあなたの気持ちにも気付けないなんて……」


 ぽつりぽつり。

 ラクスの顔に熱い雫が落ちてくる。

 短い手でごしごしと、ラクスはずっとそれを拭っていた。




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