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45 兄と妹と熊男

 数日後、シャーロットは再び街へ出かけることにした。

 そろそろ食糧が心細くなってきたし、男手が二人増えたおかげでクッキーと飴玉作りが好調だったからだ。

 最近は夜営小屋が完成したので、シャーロットの住む山小屋も増築しようという話にまでなっている。

 確かに四人で食卓を囲むと手狭なので、それはそれで嬉しい。

 肝心の護衛には、アーサーが付いてくることになった。

 ジェラルドはラクスの傍を離れられないので仕方ないとして、ジェラルドとシリルを二人で残していくのは少し不安だ。

 どうにも森に来た当初から、彼らの相性はよろしくない。

 シャーロットにとってはどちらも大事な人なので、できれば仲良くしてほしいというのが本音だ。


(でも、これはきっと他人が首を突っ込んでいいことじゃないわね。シリルももう大人なのだし)


 いつまでもシリルに対して母親気分の抜けない自分を、シャーロットは内心でたしなめた。

 意地悪だが可愛い弟だ。双子より手がかからなかったとはいえ、彼女にとってはいつまでも拗ねた子供に思える。

 しかしシリルは騎士として既に立派に務めているのだし、いつまでも親子ごっこを続けるわけにはいかないのだ。


(さみしいな。ラクスが親離れする時も、こんな気持ちになるのかな?)


 持っていたバスケットを抱きしめ、シャーロットは想像しただけで込み上がってきた寂しさをやり過ごした。

 因みに、二人は今何でもない平民の格好をしている。

 シャーロットはいつもの着古したドレスだし、アーサーのそれも適当に古着屋で見繕ったものだ。

 彼女が黒いローブを着なくなったのは、もう街にいることを知られたくない人間がいなくなったからだった。

 アニス家の人々は、人づてに街を離れたと聞く。

 彼らがその後どうなったのか、シャーロットは知らないし知りたいとも思わなかった。


「どうした? 気分でも悪いかい」


 色々考えていて黙り込んだシャーロットを、同行したアーサーが何気なく覗き込んでくる。 

 どこか生真面目で堅苦しい長兄と違って、柔和に笑うその顔は妹から見ても大変な美男子だ。

 その証拠に、さきほどからすれ違う女達が何人も振り返る。

 中には露骨に流し目をする者までいて、そういう者は大抵シャーロットをぎろりと睨みつけたりするので、なんとなく落ち着かなかった。


「……お兄様は、本当に相変らずね」


 溜息のように、気付けばその言葉が零れ落ちていた。

 二人目の兄であるアーサーは、優しいが掴みどころのない雲のような性格だ。

 シャーロットが実家にいた頃は、彼に懸想した女性が家まで押しかけてくることが偶にあった。

 中にはいい家のご令嬢などもいて、父も是非にと勧めたがアーサーが首を縦に振ることはなかった。


「つれないね。怒っているのかい?」


 アーサーはいつも、そうしてシャーロットに少しだけ申し訳なさそうな顔をする。

 シャーロットの結婚が決まったぐらいから、アーサーは時折そんな顔をするようになった。

 己の我儘のせいで妹が不幸な結婚をしたのだと、口にはしなくても彼が負い目に感じているのには気付いていた。

 がやがやと街の喧噪が。


(怒っているのかしら? 私)


 シャーロットは自分に問いかけた。

 しかしすぐに、それは馬鹿らしい問いだと笑い飛ばす。

 突然笑みを零した妹に、アーサーは目を丸くした。


「いつまでも気に病まなくていいのよ、アーサー兄様。私は多分兄様が思ってる以上に、今の生活が気に入ってるんだもの」


 するとアーサーは、なぜか泣き笑いの顔になった。

 彼がなぜ頑なに結婚を嫌がるのか。それは分からないが、シャーロットにとっては今口にしたことが全てだ。


「さあ、急ぎましょう? 帰るのが遅れたらみんなが心配するわ」


 シャーロットはそうして、兄と連れ立って久々の市場を堪能した。



  ***



 思ったよりも薬草がいい値段で売れたので、シャーロットとアーサーは荷物を抱えて帰路を急いでいた。

 財布に余裕があると思って、ついつい買い物をしすぎたせいだ。

 太陽は既に地平に降りようとしている。

 薬草売りは、そいつが例の男かいと兄を指して盛大に喜んだ。

 シャーロットは必死に彼の誤解を解こうとしたが、照れていると受け取られたらしく最後まで彼の考えを正すことはできなかった。

 嬉しげな薬草売りはシャーロットのおかげで店が大繁盛だと笑い、相場よりもかなりいい値段で商品を買い取ってくれたのだった。

 そして硬貨の入った皮袋を渡しながら、『嬢ちゃんが選んだんなら間違いないと思うが、顔がいい男は信用し過ぎちゃなんねえぞ』と囁いた。

 その信用し過ぎちゃなんねえ男は実の兄だったので、シャーロットはとても複雑な気持ちになったのだった。

 さて、街と森は近い。

 街を後にした二人は、日が完全に暮れる前には家に着こうと急いでいた。

 森で危険な獣に出くわしたことは不思議と一度もなかったが、ラクスが捕まえてくるのだから大型獣がいるのは間違いないのだろう。

 ところが、だ。

 誰も近寄る者のいないはずの北の森の前に、マントを羽織った男が一人、うずくまっていた。


「大丈夫ですか!?」


 シャーロットは思わず声を掛ける。

 しかし駆け寄ろうとする彼女を、アーサーが制した。


「そこで何をしている!」


 アーサーが厳しく問いかける。

 彼はシャーロットの護衛なのだから、不審な人物を警戒するのは当然だった。

 すると、うずくまっていたマントが身動ぎをする。

 のっそりと体を起こした男は、まるでクマのような男だった。

 なんせ顔は長くて黒い髭に覆われ、その人相すらもあやふやだ。

 あからさまに怪しすぎる人物の登場に、アーサーはより一層神経を尖らせた。

 ポリポリと、熊男は頬を掻く。

 彼はふわあと、まるで冬眠から覚めたように大きな欠伸をした。

 そして周囲を見回して、一言。


「なんだよ。もう朝か?」


 おりしも、太陽は地平に落ちようとしている所だ。

 あまりにも見当はずれな言葉に、アーサーとシャーロットは思わず呆気にとられてしまった。




シャーロットの懐の広さは異常ですね


魔導ヤンデレ、タイトル変更しましたのでそちらもどうぞよしなに


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