44 お洗濯とハプニング
翌朝は天気が良かった。
なのでシャーロットは張り切って洗濯をした。
共同生活をする人間が一気に二人も増えたので、その洗濯物は大変な量だ。
男性陣はこれは自分たちでやるからと最後まで抵抗を示したが、その言葉を鵜呑みにすると彼らが数日に一回ほどしか着替えなくなるとシャーロットはすでに学んでいた。
夜営時はこれが普通だと言われたが、夜営小屋に住んでいようがなんだろうがここは戦地ではないのだし、身近な人には清潔な格好をしていてほしいとシャーロットが押し切ったのだ。
気まずそうに洗濯物を出すジェラルドはちょっとかわいかった。
シャーロットはくすりと思い出し笑いをする。
つめたい湖の水を桶に入れ、サボンソウの根を細かく刻んだもので泡立てる。
去年の秋に大量に採取して、乾燥させておいたものだ。これでおそらく一年は持つ。
洗濯をするシャーロットのそばを、ラクスがついて回る。
彼には洗濯物が泡立つのが不思議でしょうがないらしい。
最近のラクスは、体が大きくなってしまったので小屋を出たり入ったりするのも一苦労だ。
シャーロットが狭い場所に入って出てこなかったりすると、自分もそこに行きたいのに行けなくてキュルィーと悲しげに鳴く。
何とかしてやりたいが、だからといって広い家を建てるわけにもいかずシャーロットも頭を悩ませていた。
「ドラゴンの成長って、いきなりなのね」
テーブルクロスをごしごしやりつつ、シャーロットは呟いた。
ラスクに話しかけているというより、それはどちらかというと独り言だ。
「三年でちっとも大きくならないと思ったら、いきなり大の大人よりも大きくなるなんて。どちらも可愛いけど、ラクスだって自分の体に慣れないわよね」
パチンと弾けた泡に驚いていたラクスが、何? とでも言いたげにシャーロットを見る。
その長い首筋を撫でてやりたくなったが、今は手が泡だらけなのでそういうわけにもいかない。
「元の大きさには、もう戻れないのかしら? こうなると知っていたら、もっと強く目に焼き付けておきたかった」
ラクスは首を傾げている。
時の人の言葉を理解しているかのように賢い我が子だが、流石にシャーロットにも無理を言っているという自覚があった。
だからポンッという音と共に姿を消した我が子に、彼女は仰天して尻餅をついた。
「キャッ」
思わず口から漏れた悲鳴に、夜営小屋から寝起きの男達が何事かとやってくる。
「シャーロット!」
中でもいの一番に駆けつけたのはジェラルドだ。
シリルはそれを少し悔しそうな顔で見ていた。
「なにがあった?」
「あ……お騒がせしてごめんなさい。ラクスに驚いてしまって」
その言葉に、男達は大きな竜の影をさがした。
しかしどこにも姿がない。
どういうことだと彼らが首を傾げていると、湖面から突然飛び出す小さな影があった。
バッシャン!
「ギュラーラー」
楽しげに鳴くのは、間違いなくシャーロットの息子だ。
しかし昨夜見た時と違い、彼は以前までの二頭身の体に戻っていた。
「ラクス!」
驚いた様にシャーロットが叫ぶ。
嬉しそうに、ラクスは母に飛びついた。
おかげでずぶ濡れのラクスに抱き着かれたシャーロットもまた、頭から水浸しになってしまった。
エプロンどころか粗い綿のドレスまで、透けてぴったりと体に張り付いている。
シャーロットはそんなことお構いなしで嬉しそうにしているが、それで動揺したのは男達の方だ。
「シャーロット。これをかけて着替えてきなさい」
ジェラルドとシリルはピシリと固まって使い物にならないので、残ったアーサーが己の上着をその肩にかける。
それでようやく己の姿を自覚したシャーロットは、頬を染めて小屋に戻った。
その後を嬉しそうにラクスがついて行く。
残されたのは洗いかけの服の山。
未だ固まったままの二人を横目に、アーサーはどうしたものかと溜息をついた。
***
その日以来、ラクスは己の好きな時に体の大きさを変えられるらしいということが判明した。
どうも城にいる間ずっと大きな姿のままでいたのは、ラクス自身もその大きな体に戸惑っていたかららしい。
けれどシャーロットの言葉をきっかけに、元の大きさに戻ることに成功したようだ。
人間達は自分が成長するとそこから縮むということはないので、そう願ったシャーロットすらもまさかそんなことができるようになるとは思ってもみなかった。
これでラクスは、シャーロットがどんな狭い場所にいてもその胸に飛び込むことができるようになったわけだ。
小さい姿の方が過ごしやすいらしく、基本的にラクスは小さいままでいることが多い。
彼が大きくなるのは、森の中で己の食糧を取る時だけだ。
おかげで彼は、今やクマまで捕らえることができるようになった。
大きな姿のまま人より大きなクマをむしゃむしゃ食べていたりするので、シャーロットとしては子ネズミなんかを捕まえて喜んでいたころのラクスが懐かしくもある。
しかしこれも成長なのだろうと、シャーロットは世間の母親と同じように彼の成長を喜ぶことにした。




