24 幸せなある日のこと
木を切って丸太を集め、それを薪にして汗を流す。
それがジェラルドの日課になった。
これで沢山クッキーが焼けるわと、シャーロットは喜んだ。
今までは薪集めに労力を取られて、あまり沢山焼くことが出来なかったからだ。
薬売りからはすぐ売り切れてしまうので、ぜひもっと用意してほしいと再三の催促を受けていた。
「ジェラルドさん。薪を割る時、もう少し細かいものもいくらかお願いできますか?」
「了解した」
あれからひと月。
王弟のいる生活に、シャーロットもすっかり慣れた。
元々順応性が高い性格だ。でなければ竜を産んで平気でいられるはずがない。
それにはジェラルドも、少なからず驚いていた。
でもなにより驚いたのは、意外なほど森での生活を満喫している自分がいることだ。
毎日規則正しく寝起きし、シャーロットが作る森の恵みたっぷりの食事を摂る。
おかげでこのひと月で、すっかり肌艶がよくなったように感じた。
美容に頭を悩ませる淑女たちは、森に来てこの生活をすればいい。冗談交じりにそんなことを考える程度には、彼はこの生活を気に入っていた。
「ギュアー、ギュアーアー」
シャーロットに甘えるように、ラクスが鳴く。
ラクスだけは、ジェラルドの存在に未だ慣れていないようだ。
というより、まだ認めていないとでもいうべきか。
シャーロットがジェラルドと話していると、いつも彼が間に入ってきて邪魔をする。
そうすると、思わず二人は笑ってしまうのだ。
まるで父親に嫉妬する息子のようだと。
生まれてこの方シャーロットを独り占めにし続けた竜は、思った以上に甘えん坊に育ってしまったらしい。
「少しは親離れさせるべきかしら?」
「まだ三歳だろう? 十分に甘えさせてやってくれ。私は構わないから」
そういうジェラルドの顔には喜びが満ちていた。
彼はこの幼い竜の存在に、すっかり魅了されつつあった。
それはラクスの備える鋭い爪や牙に対してでなく、その鱗の美しさや愛らしい性格に対してだった。
シャーロットとラクスの生活を間近にしていると、彼女がラクスを『息子』と言う意味がよく分かるのだ。
ラクスはまるで本当の親子のようにシャーロットに甘えているし、シャーロットも世の愛情深い母親と何ら変わるところがない。
―――彼らを見ていると、こちらまで幸せな気持ちになれる。けれどなぜか、ほんの少し胸が痛い。
ジェラルドの母親は、前国王の最後の愛妾だった。
年老いてから産まれたジェラルドを、王はひどく愛した。
しかしそれとは逆に、母はジェラルドの存在を頑なに認めようとはしなかった。
ファーヴニル王国には変わった決まりがあって、それは夫のいる女性しか王の愛妾にはなれないというものだ。
おそらくは、産まれた子供をその夫との間の子供とし、無駄な後継者争いを招かないためのしきたりだと思われる。
慣例通り、ジェラルドにも王とは別の父親がいた。
ジェラルドの両親は、貴族には珍しい恋愛結婚だった。
しかし妻が王に見初められたことで、夫婦の関係は脆くも崩れ去った。
王との間に生まれた子供を、母はまるで敵のように憎んだ。彼女は毎日泣いて暮らした。しかしいくら泣いても、国王の寵愛は止まなかった。
むしろその嘆き悲しむ表情こそが、王の執着を招いたのだ。
王宮には、彼女の表情を真似て眉を顰める女性が続出したという記録まで残っている。
結局、ジェラルドの母は長くは生きられなかった。
いつまでも自分の境遇を受け入れられないまま、失意の内に亡くなった。
「だめよラクス! 骨を喉に詰まらせちゃうわよ!」
獲物の骨をしゃぶりながら飛ぶラクスを、シャーロットが注意する。
まるで言葉を理解するように骨を口から出したラクスだが、彼は名残惜しむように骨を抱えてぺろぺろと舐めた。
「ほんと、しょうがない子ね。飛びながらじゃなくて座ってかじりなさい。そしたらなんにも言わないから」
シャーロットがそう言うと、ラクスは喜び勇んで着陸し、草の上に座り込んだ。
そしてまるで子犬が戯れるように、大きな骨を噛んだりじゃれついてみたりを繰り返す。
「はは」
ジェラルドの顔には、思わず笑みが零れていた。
―――シャーロットは強い。
そう思わずには、いられなかった。
彼女は竜を産んだという現実を受け入れ、どころかそれを楽しんですらいる。
それで婚家から追い出されたというのに、欠片もラクスを恨んだりしていない。
―――彼女のような母なら、ラクスは幸せだろう。
過去の自分を思い出しながら、ジェラルドはそんな触れ合いを見つめた。
人同士であっても、どうしても分かり合えないのと同じように。
たとえ種族が違っても、こうして分かり合えることはあるのだ。
ジェラルドは幸せな気持ちで、シャーロットが望む細かい薪を作り始めた。




