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41.永遠ではなくてもこの瞬間を忘れない

今回のお話は「永遠じゃないから大切に」について。

同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。

 もう十六時を回っていた。あかりは我に帰った。あと一時間でサードプレイスで終わる。


 雪白を探すとまだゲンタと話していた。


「雪白さん、今いいですか?」

「あら、アカリさん? あらら、もうこんな時間……ごめんなさいね。連れてきたのに、昔話に夢中になっちゃって」

「おっと悪かった。ほんの五分の話のつもりが、ADHDってやつは立ち話が長くなる」

「いえ……お二人はお知り合いなんですか?」


 ゲンタは遠い目をして、雪白を振り返った。


「知り合いっつーか、俺は雪白さんの弟子みたいなものだったのさ」

「弟子?」

「自助グループのな。昔の俺はただの雪白さんの自助グループの参加者だった。それがいつか自分でこんな場所をやりたいって、雪白さんの研修を受けたのさ」

「私は弟子を取ってないわよ。まあでもゲンさんは私の自助グループ研修を受けてサードプレイスを始めたから、生徒といえばそうかもね。それさえもう二十年近く前ね」


 雪白は目を閉じた。遠い過去を思い出しているのかもしれない。雪白は七十五歳ということを思い出す。それは老人ということだけではなく積み重ねた時間がたくさんあるということだ。


「雪白さん、自助グループの研修なんてやっていたんですね。どんなことを教えてたんですか?」

「懐かしいわね。私は発達障害の居場所を作りたかった。だから自助グループを仲間達で始めた。でも同時期に始めた人がたくさん辞めてしまって……次に始める人たちにそうなって欲しくないから、私なりにノウハウを集めて初めてみたの。

 今ではゲンさんが自助グループ研修を引き継いでくれてるの」

「そうなんですか?」

「はは、まあ年に一度だ。還暦になってもやれないことはないさ。最近は若いやつに補助をやらせて引退した時のことを考えないでもないがね」


 ナツミのことを思い出した。彼女はサードプレイスがなくなったらどうなるのだろう。


「……その、引退とか考えるんですか? サードプレイスやめちゃうんですか?」

「いや、そうじゃねえ。自助グループ研修を次世代に引き継ぐって話だ。サードプレイスはまだやめねえよ。俺の大事な場所だからな……ただ、還暦超えるとどこまでやるべきか、とは考えることがあるね」


 ゲンタは会場を大切そうに見回した。







 夕暮れの中、雪白とあかりは駅に向かって歩いていた。雪白は夕陽に照らされていると白いブラウスも相まって儚く見えた。


「どうだったかしら、サードプレイスは?」

「楽しかったです。なんかアジールじゃないのに、ペラペラ喋っちゃって……あっという間でした」


 よかったと笑う雪白にあかりは胸の内側が不安で満ちた。サードプレイスが楽しかったのは本心だ。だが雪白の本心を思うと不安になる。


「いい場所でしょう? あれが私がしてきたことの一つ、多くの発達障害の自助グループを作ること。だから研修を始めて、いい自助グループができるようにリーダー同士で助け合ってきた。そしていいグループがたくさんできた。だから私は安心して一度引退したの」

「……」

「サードプレイスの他にもこの辺りにはいい自助グループがあるわ。そうそう、西宮の方にもいいグループがある。ええと、なんて名前だったかしら? いつかまたアカリさんと行きたいわね」

「それでもアジールを始めた理由はなんですか?」

「些細なことよ。昔、女性限定のグループをやろうと思ったけど時間がなかった。私は引退後、少し退屈だった。本当にただそれだけなの」


 そういえば今日は男性の参加者がいた。それに少し気後れした。


 あかりと雪白は駅のベンチに座って空を眺めた。


「アジールってどういう意味か知っているかしら?」

「え? し、知らないです」

「アジールは色んな説もあるけど、大まかに避難所という意味よ。健常者がマジョリティであるこの世界では発達障害はマイノリティとして苦しむことが、残念ながらまだ多い。そんな人の避難所になりたかったの」


 避難所。あかりは母に否定された日に逃げ込んだアジールはまさしく避難所だった。


「あの、雪白さん。今日、一緒にサードプレイスに行ったのはどういう意味だったんですか?」

「言ったでしょう。これから働くことを考えるなら休み方が大切だって。家でゆっくりするのもいいけれど、時々自助グループに行って色々お喋りすることだって休み方の一つだわ。アカリさんだって楽しかったでしょう?」

「はい……ただ、私にとってアジールはやっぱり特別です」


 あかりはアジールがなくなることを恐れていた。助けてもらってばかりでいう筋合いはないから尚更怯えていた。


「お願いします。やめないでください、私ももっと手伝います。雪白さんの無理のない範囲でいいから……私だけじゃない。アジールじゃないとダメな人はきっといるはずです」

「私はまだ辞めるつもりはないわ。ただね……主催者の年齢に関わらず、その人の事情で自助グループはなくなることはあるわ。ただの民間ボランティアである限りはね。それでもたくさんのグループがある限り、発達障害の人に逃げ場はある。アカリさんにそう伝えたかったの」

「……すみません。自分でも分かっているんです。私は雪白さんに依存しすぎだって……どこかで母に否定されたことで、母の代わりにしているところがあるかもしれません」


 雪白は苦笑した。


「気持ち悪いですよね。ごめんなさい」

「私に娘はいないわ……私とあなたはあくまで参加者と主催者。でもね、ちょっとだけ私もアカリさんが娘のように思えるわ」

「……あ、ありがとうございます」

「だからこそ、この先が心配なんですけどね……ねえ、たまにサードプレイスにも行ってみること考えてみない?」


 あかりは頷いた。ナツミの顔が浮かぶ。


 それからあかりと雪白はハーバーランドへ行った。モザイクでデッキに出て神戸港の夕暮れの海を見ると、なんだかあかりは全てが夢のようで何枚も写真を撮った。


 思い切って話してみると雪白は笑って一緒に写真を撮ることを快諾してくれた。


「ねえ、アカリさん、思い出は消えないわ。何事も永遠じゃないし、誰もがずっとそばにいることもできない。でも記憶は死ぬまでそばにいるわ。おばあちゃんが言う事だと説得力があると思わない?」


 雪白は送信された写真を見て目を細めた。

感想・ご意見など気軽にお寄せください。

次回は「ミサキの登場」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。


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― 新着の感想 ―
「記憶は死ぬまでそばにいる」その言葉に元気付けられる。 だから、良い思い出があれば人は強くなれるのですね。 登場人物のモデルたちが彷彿として、それも面白いです。
お疲れ様です……! うああめっちゃいい……めっちゃいい……めっちゃいい…… 海の……潮風を感じるような……爽やかな……話でした…… こういうのすごい好きです……好き……
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