マグ=ソトゥーフ祭典 4
「お、異国の皇女のお通りだぞ」
「……」
私は無言のまま、にやつくギルバートの鳩尾に拳をめり込ませた。
祭りが近づくにつれて、町はどんどん活発になっていった。
そこかしこに花をモチーフにした飾りがつけられ、遠方から訪れた観光客がだんだんと多くなってきた。
それにつられるように、軍の方も慌ただしくなってきている。
会場に使い魔が潜んでいないかチェックしたり、緊急時はどうすればいいかなどを徹底的に計画し、訓練する。しかも、その合間にも普通の訓練はやるというのだから、ちょっと頭おかしいんじゃないかって思う。
「ぐふぇ……!おま、無言は駄目だろ」
いつも通り集まった訓練場の芝生に横たわるギルバート。そんな奴に、周りが便乗し始める。
「異国の皇女がお怒りだ!」
「控え控えー!」
「道を空けろ!」
「土下座じゃー!」
「いまそんな連携いらねぇから!」
慌ただしく動くみんなに叫ばずにはいられない。皆一様に土下座をする姿ははっきり言って異様だ。てか、道を開けられてもなにもないんですけど。
「いい加減にして!第一私は異国の皇女じゃないし!」
「どっちかっていうと暴れん坊皇女」
「今の誰だよぶん殴る」
「セリカ、暴力はだめ」
拳を握って一歩前に出る。後ろだゼノファーがお決まりの台詞を吐いた。
「あ、異国の皇女」
「……」
振り向けば、使い魔たちを連れたロッシェとアレイスターがいた。おまえもか、ロッシェ。
隊長と副隊長が現れたため、みんな土下座モードを解除する。
「てかさ、なんでそのことみんな知ってるわけ?私がシュヴァインの相手すること」
確か、この事はできるだけ内密にすることになっているはずだ。だって、使い魔だってバレちゃ意味が無くなるし。
「ああ、それか。俺が空軍の大型にだけ喋った」
「……」
朗らかに笑うロッシェの顔に拳をめり込ませたくなったのは、私だけじゃないはず。
「こんな面白いこと、言うに決まってんだろ。こいつらどうせ平民だし、大丈夫だって」
「完全に遊んでるじゃん!こっちはメチャクチャ大変なのに!」
「何が……、て、ああ、もしかしてダンスか?」
心底面白そうな顔をされる。
ぐぬぬ、と歯軋りするも、私は言い返せない。だって、その通りなのだ。
あれから、ゼノファーと一緒に毎日練習してる。ゼノファーに無理して付き合ってもらっているんだけど、ぜんっぜん!上達しないままでいた。足は踏むし、ステップは踏めないし、おまけに転ぶ。
本当にヤバイとしか言いようがない。
「え、異国の皇女ダンス出来ねぇの?」
「皇女なのに?」
「暴れん坊なのに?」
「うっざ!」
口に手を当て笑う兵士たちに襲いかかる。キャーキャーとうるさい奴らを追いかけようとしたのに、ひょいと後ろから腕を絡め取られた。
「え?わっ?」
「しゃーねーな、ちょっと教えてやる」
くるりと半回転して見えたのは、ロッシェの顔。気がつけば完全にロッシェの腕は私の腰に回ってダンスの形になってしまっている。
「え、え?」
「こんなん無理矢理男がリードしちゃえば簡単じゃねぇの?ほら」
「おおわっ!?」
いきなりダンスが開始される。ぐいっと引っ張られて、足が自然に出る。
転ける……!と思っていたのに、思いの外くるくると、上手く、いって……。
「う、え、わ」
「頭で覚えさせるより、体に覚えさせりゃあいんじゃね?」
「うわ……、ロッシェ副隊長エロい発言きた」
「でも、うめぇな」
「ちゃんと踊れてる」
「おわ、あ」
「な?」
唐突にダンスが終わってしまってよろめく。だけど、私、今、ちゃんと踊れてた?
おそるおそる、視線を上げる。今ではロッシェが神々しく見えてきた。
「ロッシェ……、もっかい!もっかいやって!」
「え、めんど」
「もっかいー!」
無理矢理腰に腕を回させる。面倒とかいいつつもう一度踊ってくれるロッシェ。くるくると踊る度に、なんだかコツが掴めてきたような……!
「凄い!体に覚えさせるって凄いね!」
「……ちょっと俺も興味湧いてきた」
「なんか、なにかに目覚めそう」
「ロッシェ副隊長、ちょっと俺とも……」
「男は嫌だ」
「酷い!」
ぎゃーぎゃーうるさい外野はほっといて、さっきの感覚を体に覚えさせる。
これは、もしや、なんとかなるかもしれない!
そんなテンションが上がっているセリカを、ゼノファーはなんとも微妙そうな顔をして見つめていた。
「嫌なのか?」
「え……」
突然頭の上から聞こえた質問に、思わずどもる。
見上げれば、アレイスターがゼノファーを見下ろしていた。
「嫌、というか、その……」
「……ロッシェも他意はない。気にするな」
「は、はぁ……」
なんと言えば良いか分からず、生返事をする。いや、心のどこかではもやもやとした感情が渦巻いているのだけれど、なんだか、それを言葉にする気は起きなかった。
「別に、大丈夫ですよ。過保護だって分かっていますけど……、大丈夫です」
「…………そうか」
しばらくの、沈黙。
「好きなんだろう?彼女のこと」
「うぶふぇ!?」
堪らずゼノファーは吹き出した。
「な、なな、す、すき、とかじゃ、その」
慌てて弁解しながらも、顔に熱が集まるのが分かる。好き?誰が?彼女って、セリカのことを?
「違うのか?俺はそう見えていたんだが」
「その、ち、ちが……!」
「そのうち?ああ、祭りの時に告白するのか?」
「ッ……!!」
これ以上顔が熱くなるのかと思うところまで熱くなる。きっと、熟れたトマトのように真っ赤だろう。
あわあわと戸惑う俺の回りに、セリカたちの方に混ざっていない兵士たちが集まる。皆、新しい玩具を見つけたかのような素晴らしい笑みをしていた。
「いや、薄々気づいていたけどねぇ?」
「あんな過保護な姿見せつけられてたら、なぁ?」
「まぁ、お前の趣味はどうかと思うけど、いんじゃね?おめでと」
「え、いや、でもほら、セリカはその、使い魔ですし、」
確かに、使い魔と主人の禁断の恋、なんて話は、よく小説にもなっているくらい馴染みがある。でもそれは小説の中だけの話。現実ではまずない。のだが、
「でも、あいつ人間なんだろ?いけるいける」
「そーそー。てかいっちゃえよ」
「お前があいつのこと好きなのは明確だしな」
「な、え……!」
まさかの応援に、戸惑うしかない。
(だ、第一、俺ごときがセリカに想いを伝えたって無理に決まってるし、ていうか、俺はセリカのこと、す、好きって、わけ、じゃ…………!)
そう、彼女はゼノファーの使い魔で、ゼノファーはセリカの主人。本来は、それ以下でもそれ以上でもないはずだ。
恐る恐る、彼女を盗み見る。
楽しそうに笑う彼女を見て、何も言えなくなってしまった。




