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ランカー君とお買いもの


「魔力の回復も良好です。今日はゆっくり休んで、明日に退院しましょう」

「はい」

にっこりと笑った看護師の女性が部屋を退出し、ゼノファーはベッドに横になった。体調は良好だし、傷跡も治癒魔法のおかげであまり目立たないものになっていた。だが、彼は浮かない顔をしながら一つ、ため息を吐いた。



「セリカ、何も問題を起こしてなければいいなぁ……」

時刻はまだ早い。爽やかな青空を窓越しに見つめながらも、ゼノファーの心は晴れなかった。







その頃のセリカというと。




「ぅ、うう…………」

ごろりとベッドの上で寝返りをしようとして、出来なかった。なんだか体が重たい。息苦しい。あれ、もしかして金縛り?え、金縛り!?

恐くなった私はうっすらと薄目を開けてみる。辺りは明るく人々が動き回る気配がする。あれ、金縛りって真夜中の丑三つ時限定じゃないの?




「セリカお姉ちゃん、起きてください」

「ギィャアアシャベッ……!!、え?」

思わず目を見開けば、私の上に馬乗りになっている少年が微笑んだ。誰だこいつ。




「…………どちらさまで」

「もう!僕のこと忘れちゃったのですか?」

ぷくっと可愛らしく頬を膨らませたその少年は、寝ぼけ眼で訳がわかっていない私のおでこにキスを落とした。

その仕草とくりっとした緑色の瞳から、私はやっと彼が誰なのか思い出した。




「……えっと、ランカー、君?」

「はい!なんでしょうかセリカお姉ちゃん!」

そうだ、以前、使い魔の仔犬が木から降りてこなくて困っていた少年だ。ニコニコ顔の彼を私の上から動かして身を起こす。隣のベッドを見て、そういえばゼノファーは入院中だということを思い出した。




「……どうしてここに?」

「もちろんお姉ちゃんに会いに!」

「鍵がかかっていたはずなんだけど」

「そんなこと気にしなくていいですから!」

いや気にするよっ!怖いからそういうの!とおののく私など気にすることなく、ランカーは私をグイグイと引っ張った。




「セリカお姉ちゃん!お願いがあるんです!」

「えーお願い?」

あんまり乗り気じゃない私は、とりあえずベッドから降りる。昨日ゼノファーに、フィートに付き合って色々話したこと喋ったら、えらい動揺されたから今日は大人しくしていようと思っていたんだけどなぁ。




「実は、一緒に王都でプレゼントを選んで欲しいんです」

「プレゼント?」

「はい。僕のお兄ちゃんがここの王宮で働いているんですが、いつも頑張っているから、何か買ってあげたくて……」

しおらしく俯くランカーに、思わず私の心がぐらつく。なんて兄想いのいい子なんだ。いやだけど、私は今日静かに暮らさなきゃいけないわけで……。




「でも僕、買い物を一人で行ったこともほとんどないし、不安だったから……。ついセリカお姉ちゃんを頼っちゃって……。迷惑、でした?」

うるっとした上目遣い。不安そうな目で見つめられて、私はほぼ反射的に叫んだ。



「迷惑だなんてこれっぽっちも思ってなんかないよ!!」

「そうですか!じゃあ行きましょうか!」

ニパッと悪びれもせずに笑う彼を見て、思わず頭を抱えて呻いたのは言うまでもない。







「ねぇ、この道本当にあってるの?」

「大丈夫です!僕何回か使ったことありますから」

「…………」

どう考えたって、今通っている通路は俗に言う隠し通路だよね?という言葉はグッと飲み込んで、私はランカーの後を追う。薄暗い通路は狭いしなんだか不気味だ。




「ほら、着きました!」

ランカーが古びた扉を押す。錆び付いた扉は軋みながらも開き、




「…………え?」

なんと、王宮の外に繋がっていた。




「ほら!セリカお姉ちゃん早くっ!」

「え、うん……」

ランカーに急かされて慌てて外に出る。裏通りに面している外壁に、まさかこんな隠し通路があろうとは。後ろを振り向くも、なぜかそこに扉は無かった。




「魔法で隠しているんです。中からしか開かないし、見つからない仕組みになっているんです」

スラスラと説明するランカーは、さっさと表通りに歩き出す。やけに手慣れてないかい君?



「セリカお姉ちゃん!はやくー!」

「……うん」

なんだか、どう考えたってヤバイ気がするなぁ……。

まぁ、ここまで来たら最期まで付き合うしかない。私は諦めてランカーに駆け寄り隣に並んだ。

王都は相変わらずの賑わいを見せている。様々な品が揃うここなら、ランカーのプレゼント選びにも最適だろう。



「どんな物買ってあげようとか決めてあるの?」

「実用的な物にしようって思っているんです!お仕事に使えたらって思って。あ!お姉ちゃん!」

なに?と答える前に、手が繋がれる。



「僕から離れちゃダメですよ?」

「いやそれ私の台詞だし、そしてなぜに恋人繋ぎ……?」

「あ!あれなんてどうですか?」

私の疑問になど答えずにランカーが走り出す。ちょっと落ち着けよ君っ!




「これなんかどうですか?」

そう言ってランカーが指差したのは、複雑な装飾を施され、綺麗に磨き抜かれた……。




バスタードソード(お値段22万フィル)




「ら、ランカー君。止めとこ。一応止めとこ」

「え?でも綺麗だし持ちやすそうですし……」

「いやいやいや!見所はそこじゃないから!お値段とか実用的じゃないから!」

「お、お目が高いね坊っちゃん」

ほら、お店の人食いついちゃったじゃん!しかもめちゃくちゃゴツい人だし!




「ただの剣に見えるだろう?実はな、これはただの剣じゃねぇ」

「ただの剣じゃない……?」

ああ、ランカーの目がめちゃくちゃキラキラしてる。こうなったらこのおっちゃんの話を聞き終わるまでここを動かないだろう。




「この剣はな、別名『呪われし漆黒の剣』と呼ばれていてな……。大昔、この剣を持った勇者が、山八分の一を削り取ったという伝説の

剣なんだ」

なんだか微妙な威力に感じるのは私だけか?



「そして、この呪われし剣を持った者は死ぬまでこの剣を外すことができず、毎日甘栗を食べなければいけないという呪いにかかるのだという……」

「おお……、か、かっこいい……」

「どこからその感想でてきたの?」

思わず本音が飛び出してしまったものの、ランカーは呪われた剣に釘付けだ。




「こ、これで僕のお兄ちゃんも呪われし勇者に……!」

「ランカー止めてあげよう?それはお兄ちゃんが可哀想すぎるから、ね?」

「えーでもー」

渋るランカーを引っ張って、私はそのお店から離れる。

こちらの世界の単価は一応ゼノファーに習った。恐らく、日本で言う一円=一フィルだろうと勝手に考えている私である。つまり、22万フィル=22万円。まだまだ小さいランカーのお小遣いで買える値段じゃあない。

ランカーのお兄さんは騎士なのか?だからといって私はあの剣を買うのは反対だよっ!




「ランカー、もっと日常生活で使うものにしようよ」

「えー?じゃあダガー(短剣)ですか?」

「まず刃物から離れようよランカー」

ずりずりとランカーを引きずって、私は雑貨屋へと足を運ぶ。ここなら変なものもないだろうし、お高いものもなさそうだ。




「あ!お姉ちゃん!」

「ん?なんかいいの見つかった?」

早速いいものを発見したのか、ランカーが嬉しそうに私の手を引っ張る。そうして彼が手にしたものは、




「これなんか必要ですよね!」

ランカー君。君が持っているそれは、私の世界ではコンドームと呼ぶ。




「い、いやそれは知り合いにプレゼントされたくないというか、てかそれなんだか分かるの……?」

「避妊具」

「知ってたよ!この子知ってて持ってたよ!」

慌ててランカーから避妊具を奪い離れる。誰だよ、こんな子供の教育上宜しくない知識教えたの。




「ランカー。ここは堅実に、筆記用具とかにしよ?もう筆記用具でいいよねうんそうしよう?」

「筆記用具……、ですか」

「うん。無難なものが一番使うから」

「でもさっきのもよく使う……「そういう生々しい発言はお姉ちゃん良くないと思うなっ!」」

彼のお兄さんの下ネタになど興味はない。さっさと筆記用具のコーナーへと足を動かしていたら、ふいにランカーが動きを止めた。



「ランカー?」

「お姉ちゃん!僕、これがいいです!」

ランカーが手に取って見せたのは、ウサギのぬいぐるみだった。この世界にもウサギがいるのか、はたまた異界人のような人たちが作ったのかは不明だが、コンドームなどよりはずっといい。首におっきなリボン付いてるけど。ふりふりリボンが付いてるけど。




「じゃあ、これにする?」

「うん!買ってくるから、セリカお姉ちゃんはここで待っててください!」

嬉しそうに会計へと向かうランカーを見てホッと一息付く。これでさっさと帰って彼と別れればミッションコンプリートだ。フッ、子供の子守りなど、私にとっては造作もないこと。

などと一人でドヤ顔していたら、もう会計を終わらせたランカーが手に持っていたぬいぐるみを私にズイッと押し付けた。




「これ、セリカお姉ちゃんにあげます!」

「へ?お兄さんへのプレゼントじゃないの?」

「三つ買ったから、一個はお兄ちゃん、もう一個はお姉ちゃん、最期の一個は僕のです!ペアルックです!」

ランカーよ、ペアルックの意味違うけど……。でも、まだ幼い少年の優しさを無視するほど私は鬼ではない。ランカーが差し出す可愛らしいウサギのぬいぐるみを受け取った。




「ありがとう。大切にするね」

「うん!」

嬉しそうに笑う彼を見て、思わず私も微笑んだ。






「……で、どうやって王宮の中に入るの?」

秘密の抜け穴らしき通路を使って外に出たのはいいが、ランカーの話だと、帰りは使えそうもない。また王宮の城壁へと帰ってきて途方に暮れていると、ランカーは得意気に胸を張った。




「心配しないで下さいセリカお姉ちゃん。お迎えが来ますから」

「お迎え?お兄さんが?」

「いえ、お兄ちゃんの仕事仲間です!」

ランカーは壁に向かって手を出すと、空気に向かって魔力を込め始めた。少し拙い魔力操作により、ふわりと彼の周囲に微弱な風が起こる。と、彼の手の前に、小さな光がふわりと浮いた。




「ランカーです。ジョナサンいますか?」

『ランカー様アァァア!!どこいってたんでござるかぁ!!』

小さな光から大音量の声が聞こえてきた。ランカーは空いている片手で耳を押さえながらも応答する。




「ちょっと外で遊んでました。迎え来てくださいっ!」

『分かってるでござる……。今どこでござるか?』

「いつもの城壁の近くにいます!」

それだけ言って、ランカーは小さな光から手を離す。途端に光は収縮し、小さく弾けて消えてしまった。




「今の魔法?」

「はい!個別通信用の魔法です。なにかと便利なんですよ?」

「へー」



「見つけたでござる!」




あまりにも個性が出すぎている口調。ゼーハーと荒い息を繰り返す男が、城壁を飛び越えて降ってきた。

ノインと同じ第一騎士団の人なのか、彼と同じ白を基調とした制服を着ているが、右腕にエンブレムが付いていた。

黒い盾の中に、まるで血のように赤い深紅の狼が書かれている。その盾を囲むように金の翼が書かれ、その付け根部分、つまり盾の下に『第二親衛隊団員』という文字が刻まれていた。




「もー!困るでござるよランカー様!怒られるのは拙者なんでござるよ?」

「ごめんなさい……。でもセリカお姉ちゃんと、お兄ちゃんへのプレゼント買ってきたくて……」

殊勝にも俯くランカーに、男は深くため息を吐いて、私に目線を向けた。

艶やかな黒髪は少しだけ毛先が跳ねていて、前髪をゴムで縛ってぴょこんとさせている。大きな黒目で童顔な彼は、外見は日本人にしか見えない。



「セリカ殿、であっているでござるか?ランカー様のワガママに付き合わせてしまい申し訳ない。拙者、第二親衛隊団員、服部ジョナサンと申す」




服部ジョナサン

なんだか色々とアウトな気がするのは私だけか。





「あー……。どうも、セリカです」

「ささ、ランカー様にセリカ殿、さっさと帰るでござるよ。じゃないと拙者が怒られるでござる」

ジョナサンがランカーの腕を引っ張る。私は慌てて彼らの後についていった。



「えと、ジョナサン……、さん」

「ジョナサンで結構でござるよ。ああ、それか、」

ジョナサンは私に向かってキメポーズをし、どや顔でこう言った。




「NINJA服部、でも良いでござるよ?」

「じゃあジョナサンで」

どうしようこの痛い子。いや、こっちでは普通なの?

というか、忍者とか、どう考えても私の祖国の忍者にしか感じないんだけど……?




「あの、ジョナサンて、日本人なの?」

「拙者の曾祖父が、日本出身の異界人でござる!拙者も忍者に憧れて修業の身でござる」

「へー」

「忍者は凄いでござるよ?忍法という独特の魔法で分身したり消えたりして、空を飛んで合体してビームを出すのでござる」

それは忍者の枠を越えている気がする。

思わず訂正を入れるべきか、それとも彼の夢を壊すべきではないのかと悩んでいるうちに、門へたどり着き、無事私は王宮の中に入る事が出来た。よっしゃ!ミッションコンプリート!




「じゃー私はこれで帰るからー」

「えー!ランカー置いて帰っちゃうんですか?」

と、大声を上げたのはランカーだ。もの凄く不満そうにしている彼は、頬を膨らませて私の服の裾を引っ張った。その仕草はとっても可愛いけど、残念ながら私はショタ好きではないので悶えたりはしない。




「また会えるから大丈夫だよランカー」

「でもでも、もう少し一緒に……、そうだ!一緒にお兄ちゃんにプレゼント渡しにいきましょう?」

「……んー、まぁ、それくらいなら……」

うるうるとした瞳に見つめられ、仕方なく頷いた。視界のすみでジョナサンも仕方がないと首を横に振る。

一気に満面の笑みを浮かべたランカーは、私の手を取って走り出した。





「こっち!こっちですよお姉ちゃん!」

「はいはい」

嬉しそうに廊下を駆けるランカーを追う。だが、私は一抹の不安をジョナサンへと向けた。




「なんか……、とっても豪華な廊下じゃない?」

「そりゃ、王宮では重要な場所、王家の御方がいらっしゃる場所でござるからな」

「……」

前を走るランカーを見る。彼を見ると、侍女も騎士も姿勢を正して頭を下げたり敬礼をしているのだ。恐る恐る、またジョナサンに質問する。




「ね、ねえ、ランカーのお兄ちゃんて、第一騎士団のスッゴい偉い人なの?」

「第一騎士団というか……「ほら!お姉ちゃんここです!」」

ジョナサンが答えを言う前に、ランカーが足を止め1つの扉を開ける。騎士が扉を守っているその扉の向こうに、見知った人物がいて私は意識が若干遠くなった。




「シュヴァインお兄ちゃん!お土産です!」

だ、第一王子様やんけー!!



ダラダラと冷や汗をかく私は、入り口付近で動きを止めた。第一王子がお兄ちゃんていうことは、ランカーは第二王子ということだ。

これはやばい人に関わってしまった!!

そういえばランカーもシュヴァイン様も黒髪に翡翠の瞳だ。めっちゃ似てるのに、なんで気がつかなかったんだろう!!

ちょっと待て?ジョナサンは確か、第二親衛隊のエンブレムをしているわけであって、つまりジョナサンはランカーの親衛隊ってこと!?なんか粗相をしてたらジョナサンに斬られてたってこと!?



「ランカー、これは?」

「お土産です!お兄ちゃんにあげます!」

慌てる私を尻目に、嬉しそうに笑うランカーはシュヴァインにプレゼントを渡した。その中身はあのウサギのぬいぐるみ。似合わない。

ついでにいうとあのランカーの避妊具発言により私の中のシュヴァインへのイメージが音を立てて崩れていく。ああ、こんな真面目そうな人がプレイボーイだったなんて……。




「……じゃ、私は失礼します」

なんだかもうついていけない。ゴリゴリと神経が削られる感覚を感じつつ、私はその場から退散しようとした。




「あ!お姉ちゃん待って!」

慌ててランカーが私にかけより、私の両手を握った。





「お姉ちゃん、今日はありがとうございました!最後に、一個だけお願いしてもいいですか?」

「お願い?なんでもいいよ」

すると、ぱぁっと顔を綻ばせたランカーは、笑顔で私にこう言った。






「じゃあ、僕のお嫁さんになってくれますね?」

「言質取られた!?」



てかそれもう決定事項として扱ってない!?と慌てるのは私だけではなく、側にいたシュヴァインやジョナサンも慌てて第二王子の暴挙を止めに入った。




「ら、ランカー様!?いきなり何言っているのでござるか!?」

「そうだぞランカー考え直せ!相手は使い魔だぞ!法律じゃあ使い魔と人間は結婚出来ないぞ!?」

「お姉ちゃんの為なら法律だって変えて見せます!」

「変えられる立場にいるから怖いっ!」

「お姉ちゃん待ってて下さいね!法律変えて既成事実作って誰も逆らえなくしてから迎えにいきますから!」

「何この子怖い!」






そうして、諦めないランカーのせいで、『第二王子の婚約者が決まった』というガセネタが王宮内に広まるのは、もう少し後の話になる。


僕っ子俺様ランカー君のお話でした。権力って怖いねっ!

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