強制的な勉強会 2
フィートが私を連れていった先は、フィートの部屋だった。ぎぃっと扉が軋む音と共に開き、薄暗い部屋が視界に広がる。と同時に、フワフワと宙に浮かぶ生物に目がいった。可愛らしく金髪の髪をツインテールにして、今はフリルたっぷりのメイド服を着ている『それ』は、私たちに気がついて空中で頭を下げる。
「ご主人様、セリカ様、お疲れ様です!」
にっこりと笑うのは、守護妖精でフィートの使い魔であるエルシェだ。
「……ただいま」
「部屋の掃除と食器洗い、終わりました」
「……ん、僕とセリカに紅茶を」
「はいっ!」
なんというか、まさに典型的な主従の関係だ。私とゼノファーの関係の方が間違っているのかも知れないが。
フィートは本棚にある本一つを取り出して、私に見せてきた。
「……ちょっと見てみて」
「??いいけど……」
開いて、パラパラとページをめくる。なんの変鉄もない、ただの本だ。
「……それ、何語に見える?」
「へ?何語って……。ごめん、私、他の人の言葉が分かるように、視力と聴力に言語理解の魔法がかかっているから、日本語にしか見えない、けど……」
「……ふむ、それも是非とも後で詳しく聞きたいが、まずは僕の話だ」
フィートは私から本を取り上げて、机の上に無造作に置いた。
「……この世界に、異世界から迷い混んでしまう異界人の話は知ってる?」
「うん」
「……異界人は、最初はこちらの言葉や文字が分からない。だけど、数日も立てば理解出来るようになる。なぜだか知ってる?」
「…………知らない」
「……そうか」
「お紅茶の用意が出来ました」
もうあらかじめ用意していたのだろうか。比較的早くにエルシェが紅茶を持ってきた。小さな体躯を駆使してではなく、なんと防御魔法で出来た障壁の上に乗せて運んでいた。
フィートは椅子に座り、一呼吸置いて、紅茶に口を付けた。
「……僕も知らない」
「おいっ!」
思わず突っ込んだ私は何も悪くないと思う。
「……でも、推測は出来る」
手に持っていたティーカップを置いて、フィートは私を見据えた。
「……彼らも君と同じく、何らかの魔法がかかっているとしか思えない。では誰がかけたのか。異界人の出没はランダムに起こる。また言語理解の魔法もまだ開発されていない。しかも、世界中に散らばる異界人全てにその魔法をかけることなど、極めて困難だ」
「じゃあ、どうやって……?」
「……僕の推測だが、『この世界が』その魔法を発動しているんじゃないかと思う」
意味不明の言葉だった。
いきなりの世界規模の話に、ただただ言葉が出てこない。
「可能だと思う?」
「……あんまり。なんかスケールが大きすぎてついてけない」
「……世界とは言っても、この惑星が意思を持って行うんじゃない。僕は偶然が重なって起こっている現象だと踏んでいる。僕たちの世界の、魔法の発生条件は?」
「……え、と。自然界に一定の魔力を与えると出来る……んだよね?」
「……では、その魔力は誰が扱える?」
「……に、人間とか?」
フィートが顎をしゃくる。ついと横を向けば、ハタハタと宙を漂う妖精の姿。どう見たって人間ではない。けれど、エルシェは防御魔法を使える。黙り込んだ私の代わりに、フィートは解説を進めた。
「……つまり、魔法とは人間だけにしか使えるというわけではない。なら、『無機物』が魔法を使えてもおかしくはないとは思わない?」
「……無機物って、石とか、土とか?」
んなばかな。と眉を潜める私。
「……現に、ワコメーラ地方にある霧が途絶えない谷や、隣国のデンフェルケンにある渦潮などでは、魔力の反応が見られている。無機物である水や土から魔力が溢れ、一定値を超えた段階じゃないかと僕は思う」
「へー。じゃあ、世界規模の魔法が、知らず知らずのうちに作動しているってこと?」
「……まぁ、これは僕の推理なだけで、信憑性には欠けているけど。でも、神話などではよくある話。フィトベラの鳥籠とか」
「フィトベラの鳥籠?」
「ああ、有名な神話ですよね!」
宙を舞っていたエルシェが、嬉しそうに話に参加した。
「フィトベラという神が、水や石、山など、ありとあらゆる者たちの魔力を使って鳥籠を作る話です。フィトベラが求めた美しい鳥はその鳥籠に囚われましたが、やがて大地の魔力が尽き果て、鳥籠は壊れ、美しい鳥は二度と帰ってこないというお話です」
「……他にも無機物を使って魔法を発動する神話は多いが、未だ証明には至っていない」
「でも凄い話じゃんっ!」
言葉を切ったフィートは、また紅茶を口に付ける。
もしそれが本当のことなら、結構凄いことじゃないかな。自然発生した魔法なんて、ロマン溢れる話だ。
「……さぁ、次はセリカの番」
「うぇ?んー、じゃあ……」
この後もフィートとの話は続き、結局お昼ご飯も挟んでの勉強会となることを、まだ私は知らない。
いい加減に、自分の知識を話すことに辟易してきた頃、その男はやってきた。
「へいフィート!試作品の耐久テストのデータ出たぞ!」
地球にいた時の学校制度なるものを話していた時、勢いよくドアが開くと同時に、陽気な男が入ってきた。黒髪のベリーショートで、サイドを刈り上げているその髪型はどこかサッカー選手をイメージさせる。顔の彫りが深いから、日本人ではないだろう。背は高く、まだ若い方であろうその男性は、私に気付くとニヤリと笑った。
「ははーん。職場に女を連れ込むとは、フィートも中々」
「……これのどこが女?」
「おい」
心底不思議そうに首を傾げるフィートに軽く殺意が湧いてくる。見知らぬ男はその長い足を利用してたった数歩で近付いて、私の手を取り、手の甲にキスを落とした。
「どうも、素敵なお嬢さん。私はエリオ・ファルコーネです。あなたの名を教えて頂けませんか?」
「……セリカです。橘 芹花」
なんだこの女遊びしてそうな色男は、と私はちょっと引きながら挨拶をした。女遊びしてそうと言えばロッシェもそんな雰囲気がするが、奴はどっちかというと女の方が寄っていきそうなタイプだ。エリオと名乗った男は、正に自分から女の子をハンティングするチャラ男みたいな雰囲気をしていた。
「セリカ!良い名だ。俺の国ではその名前は……「……エリオ、データ」」
「ああ、分かっているよ」
エリオの言葉を遮る形で、フィートが自分の用件を言った。そしてエリオが差し出したのは、何十枚もある分厚い紙の束だった。
「やはり、まだ量産は難しいね。まだ2000発程度が安全値だ。それになにより部品作りに金がかかる」
「……金なら国王に任せる。破損はどれくらい?」
「異常加熱、それによる部品の摩耗が主かな。あとスプリングの破損。ファイヤリングピンが折れたなんてのもあるね」
「……チッ」
フィートが苛立たしげに舌打ちをした。資料をパラパラとめくり、眉間をシワをドンドン深くしていく。というか、フィートが仕事らしい仕事している所見るの、これが初めてかも。
「なになに?仕事の話?」
ひょっこりと顔を出してフィートの手元にある資料を覗き見る。そこには、無数の文字と数字の羅列。そして、地球でもよく見たことのある物品の絵が書かれていた。
「これ……。銃、だよね?」
「……僕の役名、忘れたの?」
そういえば、フィートは兵器開発部部長という役職に就いていることを思い出す。兵器開発で銃とくれば、どう考えたって銃の試作品の話をしていることは間違いない。
「じゃあ、エリオは……」
「私はフィートの部下さ。彼の武器開発の研究の力となっている」
「でもなんで銃なんか必要なの?使い魔いるじゃん」
確かに対人間用なら銃などの兵器の方がいいかもしれないけれど、この世界には使い魔というファンタジー極まる生物たちが存在する。そんな存在に、銃なんてものが通用するのかな?
「……使い魔という兵力は、変動的な力だ」
「へ?」
「……使い魔の契約というのは、人間一人一人との契約でしかない。ロッシェやアレイスターなどが四大騎士兵なんて言ってもてはやされるのはそのせいだ。契約している人間が寿命か何かで死ねば、必然的に使い魔もいなくなる。長い目で見ると、国の兵力は安定を見せず、更に言えばアレイスターなどたった一人だけで国の兵力に影響を加える者が出かねない」
つまり、安定した兵力の確保の為に、使い魔に頼らない兵力が必要ということなのか。国同士の抑止力とか、もし攻められた時の為の備えの為とか色々あるのだろう。政治の事などよく分からない私は、曖昧に分かったようなふりをしておいた。
「だから、この国の国王陛下は変動が少ない、私の元の世界の武器に目をつけたのさ」
「……エリオの元の世界、て……」
「Terra。地球さ。私はイタリア人なんだ」
パチリとウィンクして見せたエリオ。そんなエリオをフィートは心底うざそうに眺めていた。
「……これ以上は国家機密に関わるから、セリカは席を外して」
「んー。了解」
機械のことなどさっぱりな私がこれ以上ここにいてもなんの役にも立たないだろう。それにいい加減疲れたし。勢いよく立ち上がって退出しようとした私に、『お待ちください』とエルシェが声をかけた。
「なに?どしたの?」
「これを」
差し出されたのは小さなビンだった。上品な装飾がされているそのビンの中には、カラフルなあめ玉がぎっちりと入っていた。
「……僕に付き合ってくれたお礼。あげるよ」
「ほんと!?ありがとフィート!」
中々粋なことをするではないかと、一瞬にして上機嫌になった私はフィートの部屋を後にした。
ゼノファー「フィートとなにしてきたの?」
セリカ「体中触られて、部屋に連れ込まれて、お話してあめ玉もらった」
ゼノファー「!?」




