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強制的な勉強会

ほのぼの回です



ソネリア坑道の落盤から3日。


現在、現場は第三騎士団の陸軍が指揮を取っていて、空軍である私たちは2日目には到着した陸軍と入れ替わるように王宮へと戻った。



「……おい、セリカ」

パタパタと廊下を歩いていたら、後ろから声を掛けられる。

パッと振り向いた先には、白を基調としたカッコいい制服に身を包んだ赤毛の男。

不機嫌そうに顔を歪ませる彼を、私は無言のまま五秒ほど見つめた。



「…………え、と」

「……おい、まさか忘れたとか言わねぇだろうな」

「……えーと、あー!ノインだ!」

やっと思い出した!

ノイン・クライシス。ゼノファーの兄で、私に殴られ、魔戦で戦って、




「私に負けた奴」

「……て、めぇ」

「で?どうしたのノイン久しぶり」

顔に青筋を立てるノインに近づくと、頭を掴まれグワングワンと揺らされる。




「別に。見たことのあるチビが病院に繋がる廊下を歩いてたのが気になっただけだ。お前、なんでこんなとこにいんだよ」

「ああ、そういうこと。実は、ゼノファーが入院してるから、そのお見舞いにと」

「……は?あいつが入院?」

「そ」

ノインの手掴みから逃れて、私は視線を廊下の先へと移す。

第三騎士団の訓練所から少し離れた、王宮の端に内設されてある『王宮附属第二騎士団王都中央病院』。平民も貴族も関係無く、無償で治療を受けられる病院であり、この国一大きな病院だ。王宮の中にあると言っても、出入口はもちろん病院専門の出入口を通らないといけないので、一般人は王族たちがいる場所に足を踏み入れる事はない。そして、その中央病院にゼノファーは昨日入院した。




「なんでだ?あいつ、治癒魔法使えんだろ」

「そうなんだけど、治癒魔法を使いすぎた魔力欠乏症と、魔力が足りなくてしっかり傷が塞がりきらなかったらしくて。まぁ、女医さんはあと2日もすれば退院してもいいって言ってたけどね」

魔力欠乏症とは、その名の通り魔力の使いすぎによっておこる症状だ。症例として目眩、頭痛、倦怠感がおこり、2~3日は安静に養生しなければならないらしい。酷い時には熱が出たり、せん妄になってしまう。そう言った重度の魔力欠乏症の場合は1~2週間養生するらしいのだが、今回のゼノファーは軽度の魔力欠乏症だと説明された。




「……やっぱ、ソネリア坑道で兵士が龍に襲われたって噂、マジだったのか」

なんだか釈然としない、とでも言いたげな渋い顔をするノイン。ついつい、思った事を口走る。




「ノイン、ゼノファーの事心配してたの?」

「ッ……、何言ってんだ、お前」

慌てふためくノインの脇腹をニヤニヤしながらつつく。魔戦の時から薄々思っていたけど、ノインってば実はそこまでゼノファーの事嫌っている訳じゃないんじゃない?




「素直に認めなよー、弟が心配だったってー」

「だから……、そんなんじゃねぇっつの。てめぇ早く行けよ」

「素直じゃないなぁもー」

とは言っても、早くお見舞いにいってあげたいのも事実だ。私はノインに別れを告げて、病院へと続く廊下を歩き出した。







「失礼しまーす」

「セリカ!来てくれたんだ」

ひょっこりとゼノファーの病室に顔を出して見ると、ベッドに横になっていたゼノファーは笑顔で出迎えてくれた。

左肩を負傷している為か、襟首から巻かれた包帯がチラリと見える。それでも案外元気そうな姿にホッとした。ベッドの側に近づいて、側に置いてあった椅子に腰かける。



「ゼノファー大丈夫?痛いとことかない?」

「大丈夫だよ。治癒魔法もかけてもらったし。まぁ、傷が深かったから念のためって包帯巻かれたけど」

ゼノファーは怪我をしていない右手で、私の頭に触れた。そのままサワサワと頭を撫でられる。

うん、ノインよりゼノファーの撫で方の方が優しくて好きだ。




「ロッシェ副隊長が、退院するまでは何もしなくていいって。セリカは……、どうする?」

「んー……」

ゼノファーの仕事が無いのなら、必然的に彼の使い魔である私の仕事も無いということになる。

やることはないし、本を読んだりしていてもつまらないし……。



「……一緒にここにいてもいい……?」

思わずゼノファーを見上げると、ゼノファーはグッと息を詰めて、私の頭を撫でていた手を止めた。どうしたんだろう。心なしか、顔が赤くなっているような……?



「え、と、その、全然大丈「……あ、いた」」

ゼノファーの言葉に重なるように、病室の扉が開かれる。そこにいたのはフィートだった。

扉を開けた張本人、フィートは、いつものように無表情のままズカズカと病室に入ってきた。フィートが歩く度に、ズルズルとローブの裾が地面を擦る。




「……セリカ、今日は僕に付き合ってもらう」

「え?なんで?」

「……いいから、早く」

こっちの話など聞かずにフィートは私の腕を掴み、そのままズルズルと引っ張る。



「え?えー?」

そのままずるずると引っ張られて、理由を聞く間もなく私は病室から連れ出された。



「…………」

後には、若干肩を落としたゼノファーだけが残されていた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



第一騎士団の練習場で、私はフィートに無理矢理龍化させられていた。



「……ふむ、硬質な鱗はこの世界のドラゴンと類似している。セリカの鱗の方が若干小さいが……」

『……もう止めてくれないかな?』

「……綿密な分引っ掛かっても剥がれにくくなっているのか。腹の方の鱗は……」

『ちょっと!ヒトの下に入ってこないでよ!』

興味津々なのはいいけど、そこまでジロジロされるのはちょっと嫌だ。慌てて人の姿に戻ったら、フィートはジト目で私を睨み付けた。



「……まだ龍化を解いていいと言ってない」

「たからってあんまジロジロ観察しないでよ」

「……セリカは何も分かっていない」

フィートが芝生の上に座る。着ているローブがぶわりと広がった。きっちり正座した彼は、タシタシと芝生を叩きながら私を見上げる。座れということらしい。私はため息を付きつつ、彼の正面に座った。




「……セリカは、異世界というものが僕たち研究者にとってどれだけ魅力的なものなのか分かっていない。僕らの世界に無い、未知の物質や法則、知識が溢れている。それらを解明する事がどれだけ素晴らしいことか」

「だからといって人のお腹までジロジロ見ないで。変態、ムッツリスケベ」

「…………ハア」

『こいつまるで分かってないな』みたいな顔をされた。



「いい?例えロッシェに私の龍化した時の体を調べていいと言われたとしても、本人の許可は必要なの」

「……だけど僕も忙しいから、ソネリアの事件から一旦外れた今しか時間ないし」

「言語道断」

「……じゃあ、龍体の解剖はまた今度にして、」




まて、今スゴく怖い言葉を聞いた気がする。




「君の世界の知識が知りたい。魔法、化学、文明、習慣。なんでもいい」

「えぇー……?なんでもって言われても……、私が元からいた世界の『地球』と、私が勇者やってた世界『ティーゼ』どっちがいい?」

「……両方」

「欲張りだな」

研究者とは皆こうも貪欲なのか?



「じゃあ、『ティーゼ』の魔法からにしようかな?ぁ、そういえばこの世界の魔法って、どうやって発動するの?」

確かゼノファーとかも普通に使えてたから、何らかの制限があるわけではない筈だ。フィートは自分の知識を話すことは好きなのか、嫌がらずに喋ってくれた。




「……この世界の魔法は魔力を使って、自然界に何らかの変異をもたらす方法を要する。その変異がある一定の域を越えると、『魔法』として具現化する。魔方陣が無くても行えるが、使い魔の召喚など特殊な魔法となると、補助として魔方陣を使う」

「へー」

つまり、『風よ吹け!』と空気中に魔力を注ぐと、『風』が変異を起こして魔法となる……ということでいいのかな?



「……さぁ、次はセリカだ」

「う……、はいはい」

ぎらりと欲に満ちた瞳で見つめられ、私は手のひらを地面に水平になるように出した。




「『ティーゼ』の魔法は一つしかないの。それをみんなは『夢魔法』って呼んでた。中には『創造魔法』って呼んでる人もいたけど」

手のひらの上に小さな魔方陣が浮かび上がる。幾何学模様が淡い水色の光を放ち、その上にパキパキという音と共に氷の花が出来ていく。



「人が持っている想像力。パーソナルリアリティーとでもいうべきかな?個人個人が持っている空想世界から、魔力を使って『物を引き出す』のが、夢魔法。炎、氷など、頭の中で想像出来れば引き出せる。ただ、空想世界と現実世界を繋ぐ為に魔方陣は絶対必要で、魔力に応じて引き出せる物は限られるんだけど」

出来た氷の花を手の中で転がしつつ、フィートを見る。




「……素晴らしい」

彼はぎらぎらとした目でこっちを見つめていました。




「……つまり、自分の空想力が大事になるな。なるほど、人が龍になる事が出来るのも質量を無視していることにも『空想』なら納得が行く。待て、もしその『空想世界』が別個の世界と考えるならば、別の世界と世界を繋ぐことは魔力があれば可能ということか?なるほど、使い魔の召喚の時に希に異世界の生物が迷い込むのは、異世界の魔方陣と使い魔召喚の魔方陣が類似しているからか……?」

「…………」

この文字数。いつもの無口なフィートからは考えつかない量だ。思わずドン引きしてしまう。



「……だが、龍化する時は魔方陣が浮かび上がらないが」

「龍化は私の力じゃなくて、剣であるティアディーラの力が大きい。ティアディーラが魔方陣の代わりとなっているから、いらないの」

「……じゃあ、セリカはなんで日常的に魔法を使わないの」

「夢魔法もそこまで万能じゃない。生物の合成は出来ないし、食べ物を出すことも難しいし。私の場合、魔力の扱いが下手だから威力の調節が上手くないし、前のパーティーでは魔法専門の人がいたから」

「……あとは?」

「え?えぇとー……。ぁ、それなりの魔力は必要だけど、自分の空想世界と他人の空想世界を繋ぐ事が出来る。夢を共有するって言った方がいいかな?その中では自分たちには意識がある。ただ、その魔法を続けていると現実と夢の違いが分からなくなって、夢から帰ってこれなくなっちゃうんだ」

これは私も注意された。まぁ、ルディエスという魔法専門の人がそれを防止するため色々工夫してくれたのだけれど。



「……なるほど、興味深い」

ふむふむと頷くフィート。そこまで面白い話でもないけどこんなのでいいのかな?



「じゃぁ、次はフィートの番」

「……セリカが一方的に話せばいい」

「それじゃあ疲れるでしょ」

「……じゃあ、『言語』について喋ろう」

フィートはそう言って立ち上がった。




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