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飛び立ったのは 11

「ああ、ちくしょう!ちきしょう!」

男が喚き散らしながら、森の奥へと入っていく。その様子を遠くから見つめながら、ゼノファーは静かに嘆息した。



(セリカと話し合っている内に、結構離れたな……)

気付かれないように、足音を殺し、気配を殺す。

右手は常に腰にある剣に伸びており、頭の中にはどうあの男を捕まえるかのシュミレーションがいくつか思い浮かんでいた。

鬱蒼としている森の中は虫や鳥などの他の生き物の気配すらなく、ただ目の前の男が乱雑に茂みを掻き分ける音だけが森の中に小さく木霊していた。少しだけ肌寒さを感じて、捕まっている村人とギルバート、そして助けに行ったセリカの事が頭にチラつく。

錯乱している男は、ジグザグに歩きながらも、まっすぐどこかへと向かっているようだった。



(もしかして、すぐ近くに『黒幕』がいるのか……?)

黒幕。

男たちが皆敬語を使って喋る、『あのお方』という人物。

それがどんな人物なのかは知らないが、情報がそっちに回らないように遮断するのが今回のゼノファーの役目だ。

剣術に絶対の自信があるわけではないが、それなりに訓練は受けている。ましてや、相手は訓練を受けていない一般人。ゼノファーが負ける事はまず有り得ないだろう。

錯乱している男の側には使い魔の姿も無い。

ゼノファーは1度深く深呼吸をしてから意を決して剣を抜き、背を低くして出来るだけ足音を消しながら男の背に走り寄った。



「ッ!!うわぁっ!」

男が物音に気付き、振り返る。目の前にまで詰め寄っていたゼノファーの剣を避けるべく、男は体を捻って体勢を崩した。そのすぐ側を、ゼノファーの剣が滑るように通っていく。



「ふっ」

一撃目が外れた事に焦りを見せず、小さく息を吐いて追撃をする。尻餅をつき、慌てて腰元から剣を抜こうとする男に、ゼノファーは切っ先を突き付けた。




「動くな。第三騎士団だ。お前を連行させてもらう」

「……」

唖然とゼノファーを見上げる男。だが、ゼノファーが何者か分かった途端に、何故かその場に土下座をし始めた。




「ゆ、許してください!!すみませんでした!」

「話は後で聞くから、」

「すみません!!あなた様の使い魔があのお方の仲間だとは、し、知らなかったんです!!」

「……何を、言って……?」

男の意味不明な言葉にゼノファーは固まった。

あなた様の使い魔、というのは、セリカの事で間違いないはずだ。だが、セリカが彼らの黒幕と仲間であるわけがない。なんていったって、彼女は異世界から召喚された身で、しかもこの地に召喚されてからそう日も経っていないのだ。

そんなゼノファーの混乱を気にもせず、狂ったように男はただただ懇願する。ゼノファーのズボンにすがり付きながら、無様に泣き喚いた。



「お願いします、なんでもします!!だから、命だけは、命だけは……!!」

その瞬間。




ドンッ!という衝撃と共に、男が落下してきた何かに踏み潰された。




「ッ!?」

衝撃と共に土煙が舞い上がり、ゼノファーの体が突風に煽られる。慌てて数歩離れて見えたのは、固そうな金色の鱗に覆われた、蜥蜴のような足だった。

鋭利な鉤爪が生えた足のその下に、押し潰されて血反吐を吐いてもがき苦しむ男の姿。

その鱗が付いた足を、見つめて、視線を上へ上へと移動させる。




金色の龍と、視線が交わった。




セリカと同じ、四つ足歩行をするタイプ。龍化したセリカよりは一回りくらい小さいだろうか。

この世界では比較的ポピュラーな種類の龍だった。金色の鱗は本物の金のように輝いていて、尻尾には鋭利な棘が生えていた。

周りの木々を薙ぎ倒し、踏み潰しながら、龍は視線を自身の足元、つまり踏み潰されている男へと向けた。




『貴様、何故こんな所で一人油を売っている』

「…………」




りゅうが、しゃべった。

ゼノファーは呆然と目の前の龍を見つめていた。




この世界の龍には、知性が全くない。

同族ともあまり仲は良くなく、ただ暴れまわり、全てを破壊し尽くすだけの存在であるはずの龍は、だが男を見下ろしながら低い唸り声を上げていた。



「ぎ、ぐぇ、ずみばぜ……」

『言い訳など聞きとうない、虫けらよ』

グッ、と龍の鉤爪が地面に食い込み、男への重圧が増す。ミシギシと男から異質な音が聞こえてくるが、男は叫び声すら上げられないようだった。



ボギン、と酷く鈍い音が聞こえた瞬間、ゼノファーは半ば無意識に走り出していた。




「こっ、の!!」

持っていた剣を、男を踏み潰している龍の足に突き刺す。鱗がない比較的柔らかい所を狙ったつもりだったが、思いきり突き刺した切っ先は10㎝も突き刺さりはしなかった。

だが、いきなりの襲撃に驚いたのか、龍の足が浮き上がる。耳障りな咆哮が森に響き渡った。

耳を塞ぎたい衝動に刈られながらも、足が上げられたその瞬間を狙って、ゼノファーは下敷きとなっていた男を龍の下から引きずり出した。

意識はないが、死んでもいない。その胸が僅かだが上下していることに安堵する。

が、



『虫けらがっ!』

獲物を奪われた金色の龍が、唸り声と共にゼノファーへと前足を降り下ろした。

ゴッ!! と風を切って自分の背丈と同じくらいの大きさの前足が降り下ろされる迫力に息を呑みつつ、ゼノファーはほぼ反射的に防御魔法を作り出した。重い一撃は防御魔法の障壁を叩き、だが障壁は蜘蛛の巣状に大きくヒビ割れながらも何とかその攻撃から耐え抜いた。



が、すぐに真横から振り回された尾が、防御魔法を粉々に打ち砕き、ゼノファーの体を強打する。



「ガッ……!!」

衝撃と激痛が同時に走り、足が地面から離れた。その事を頭で認知するより先に体が吹き飛び、そのまま近くの木に叩きつけられる。

ゼノファーは、力無くその場に崩れ落ちた。



(く、そッ……)

衝撃のせいで意識が朦朧としながらも、目の前の強敵を見定める。龍は苛立たしげに尻尾を何度か地面に叩きつけ、動くこともままならないゼノファーを睥睨した。



『この男の次に殺そうと思っていたが、貴様から殺してやろうか』

木々を薙ぎ倒しながら、龍の巨体が近づく。

剣を構えようと腰に手を伸ばすが、もう既に手放していた事に気が付く。それだけでなく、肩と腰付近から血が溢れている事に遅ればせながら気がついた。恐らく龍の尻尾についていた棘に引っ掻けたのだろう。急にじわりと痛覚が広がり、思考を支配する。

疲労と痛みで震える体を叱咤して、なんとかその身を起こす。

必死に反撃の策を練ろうとするゼノファーに、無情にも龍の前足が襲いかかった。先程の男のように押し潰され、地面に縫い止められる。




「……!」

『我が牙で八つ裂きにされるか、踏み潰されるか、爪で引きちぎられるか。好きなのを選ばせてやろう』

「……ア、グッ……!」

少しずつ少しずつ圧が増していくのを感じて、ゼノファーの鼓動が速くなっていくのを感じた。呼吸をするのすら辛く、肺から空気が抜けていく。ミシミシと骨が軋む音不気味な音が身体の中に響いた。




『答えぬか?ならば、我が尾で串刺しにしてやろうっ!』

ぐわりと前足が退き、代わりに鋭い尻尾がゼノファーめがけて振り回される。

防御魔法を張ろうとするも間に合わず、ゼノファーは思わずその両目を瞑った。





『ゼノファーッ!!』

聞き覚えのある、少女特有の高い声。



ハッと目を見開けば、水色の龍が金色の龍に飛びかかった瞬間だった。





「っ、セリ、ゴホッ」

龍の姿となったセリカが、金色の龍を押し倒す。土煙が二匹の姿を隠してしまい、若干見えずらい。



『よくも、ゼノファーをっ!』

セリカの鋭い牙が、暴れる金色の龍の翼の付け根付近に深々と突き刺さる。おびただしい量の鮮血 が傷口から噴水のように溢れでて、二匹の鱗や翼を染め上げていく。

金色の龍の咆哮が、先のものよりもより大きく響き渡った。慌ててゼノファーは耳を両手で塞ぐも、キンキンと耳鳴りが頭に響く。




『赦さん、赦さんぞぉっ!』

金色の龍は、セリカの下で大きく暴れた。その尾がセリカの顔を叩き、セリカの体が大きく仰け反る。その隙を見て、金色の龍はセリカの下から脱出した。背中にある二対の翼が空気を叩き、金色の龍が夜空へと飛び立った。

一気に上昇するその姿をセリカは一瞥しただけで、金色の龍を追おうとはしなかった。



「ゼノファー、怪我がっ!」

すぐに人形へと戻ったセリカは、自身の主人へと駆け寄った。ぐったりと地面に座り込むゼノファーは『大丈夫』とセリカに声をかけつつ、自身に治癒魔法をかける。すっぱりと綺麗に切れた傷口が、段々と塞がる経過を見つめつつ、ゼノファーの頭の中は先の金色の龍の事で一杯だった。



飛び立ったのは、この世界では存在するはずがない知性を持った龍。


満月が輝く夜は、まだ当分明けそうもなかった。





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