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飛び立ったのは 10



一方その頃。村は、異様な雰囲気に包まれていた。




ゴトン、と空軍の兵士が持っていた酒瓶が手から滑り落ちて地面に転がる。そのままコロコロと転がって、この村の村長の息子だと名乗っていた男の靴先に当たって動きを止めた。

彼の視線の先には、先程まで広場で酒を飲んでいた空軍とシュヴァインがいる。

だが、ロッシェも含む全ての兵士が、ベンチに倒れ込んだり、地面に崩れ落ちていたりと、誰もが意識が無い状態だ。

意識があるのは皇太子であるシュヴァインのみ。




「……や、やった。はは、やり遂げた、やり遂げたんだ」

村長の息子と名乗った男が、歓喜にうち震える。怪我で動かない筈の右足を地面にしっかりと立てて、空に向かって雄叫びを上げた。

その後ろからは彼と同じように興奮気味の男たちがぞろぞろと集まって来ていた。その手には剣だったり斧だったりと様々だが、どれも殺傷性は優れているものばかりだ。




「これで、これで俺たちもあの方に認めて貰う事が出来る!!」

酒に酔ったように、天を仰ぐ。目は血走っていて、どうみても正気には見えない。




「……貴様、これは一体どういう事だ?」

ゆっくりと、男の視線の先で誰かが動いた。射抜くような鋭い目で睨み付けてくるのは、シュヴァインだった。




「これはこれは!シュヴァイン様はもしや毒の耐性がおありで?」

わざと茶化した言い方をしながら、男は叫ぶ。明らかに態度が豹変した男を、シュヴァインは冷めた目で見つめた。手元にある酒瓶をゆっくり回す。中に残っている液体がチャポチャポと瓶の中で暴れる。



「酒の中に僅かに香る、杉のような匂い……。コロレラ草などから抽出されるレジレメンスなどの毒の類だな」

「さすが皇太子様。我々貧民よりも学がおありですね。そうですよ、そこで無様に転がっている兵士たちが飲んだ酒には、強力な睡眠薬として使われるレジレメンス剤が入っている」

声高々に説明する男。嫌味など気にも止めず、シュヴァインは話を進める。




「動機は何だ。私たちは村人の救助に来ただけであって、恨まれる事はしていないと思うのだが。貴様はこの村の村長の息子では無かったのか?」

慌てた様子も無く、シュヴァインが問う。それに男は興奮気味に答えた。




「はは、そうですよ。俺はこの村の村長の息子でも無ければ、その村の住民でもない」

「…………どこかの犯罪集団か?ソネリア坑道の落盤にも何か関係性があるのか」

「さぁ?動機などには答えられないですが、あなた様と兵士たちのこれからの末路は教えて差し上げましょう。役立たずの兵士は皆殺し。あなたには国から身代金をがっぽり稼いで貰ってから死んでもらいましょうか」

「……」

「怖いですか?安心して下さいよ。ちゃんと痛くないように殺してあげますから」

男が仲間から剣を受け取って、その切っ先をシュヴァインに向ける。あと数センチでその肌に触れるという距離の中、



「……ツェザール帝国、九条」

ぽつりと、男を無視してシュヴァインは呟いた。切っ先を突き付けられているというのに、そのあまりにも落ち着いた態度に、流石の男も眉を潜める。

シュヴァインは持っていた酒瓶の中身を見つめながら頬杖をついて、つまらなそうな顔をしながら喋った。




「王族に対し、無闇に無礼を振る舞う者。軽んじる者。また肉体的、精神的、社会的に損害を与えようとした者にはそれ相応の罰を処する」

「……それがどうした。今ここであんたの味方をする者は誰一人としていないっ!」

そう、弱気な村人たちは人質を取られて動けない。お供の兵士も無力。この状態では、例えシュヴァインが剣術に長けていたとしても、20~30はいる男の仲間でどうにでも出来る。

ぼんやりと酒瓶を見つめていたシュヴァインは、まるで独り言のように呟いた。





「ロッシェ・セザール。いつまで寝ている。さっさと起きて仕事をしろ」





ぴくり、ベンチにもたれ掛かっていたロッシェの体が動く。そして、まるでさっきまで昼寝をしていましたとでもいうように、大きく背筋を伸ばしながらロッシェが起き上がった。




「あーはいはい。ったく、もうちょっと王子が待ってればもう少し情報が入ったつぅのに」

「……潮時だ。人質を取られている村人の安否も気になる」

「民を案ずるのは次期国王としては妥当な考えだ」

まるで王宮の一室かのように平然と、のんびりと会話をする二人に、男たちは狼狽する。全くもって焦りが見えない。しかも、起き上がったのはこの国の四大騎士兵の一人、ロッシェ・セザールだ。

だが、すぐにその目はつり上がった。



「たかが一人増えただけじゃねぇか!そこの副隊長の使い魔もいねぇ!一人や二人増えたって……「ギャーギャー喚くな」」

なんて事無いその一言。だが、冷たい声色とロッシェが放つ威圧感に、男たちは怯んだ。剥き出しの刃を突き付けられたような、息をするのも苦しいような圧迫感。思わず、村長の息子と名乗っていた男が一歩身を引く。




「そもそも、この落盤事故をただの事故とだけしか考えなかったとでも?落盤の原因が分からないなら、事故と事件の両方で見るに決まってんだろ。

まぁ、お前らは王家への反逆罪として、 後は牢屋でたっぷりと動機を吐いて貰うから、さっさと捕まえるなり殺すなりさせてもらおうか」

「な、舐めやがってぇっ!」

その時だ。

いきなり視界が暗くなった。

今まで照らされていた月の光が遮られたのだ。雲に隠れたと考えれば何て事は無い。

だが、男たちは見てしまった。聞いてしまった。

大きな獅子が舞い降りる様を。

巨大な翼が空気を叩く音を。

ゆっくりと、顔が上がる。

にたり、ロッシェの口の端がつり上がった。




「知ってるか?ヒーローってのは、遅れてやってくるもんだと相場は決まっているらしいな」

そこには、満月を背にして、今まさにシュヴァインの後ろに降り立たんとしている金色の獅子、リゼリオンとその背に乗るアレイスターの姿があった。





ずん、と腹に響く着地音。

満月と同じ色の二つの瞳が、恐怖で震える彼らを見下ろした。金色の翼が月明かりにキラキラと輝き、鋭利な爪は地面を抉る。

そしてその背に座るアレイスターからは、ロッシェ以上の威圧感が立ち込めていた。

この国最強の絶対強者に睨まれてしまえば、男たちの歩む道は1つしかない。つまり、人質を盾にして逃げ出すこと。恐怖でガクガクと震える体を叱咤して、男は有らん限りの声で叫んだ。




「だ、だったら!こ、こっちには人質が……「……もう遅いけど」」

後ろからの声に全員が振り向く。すぅ、と暗闇から透明化をしていたエレカルテとフィート、エルシェが姿を表した。



「……見張りは僕らで片しておいたから」

「私の防御魔法だって黙っていませんよっ!」

男たちの顔に、絶望の色が走る。この場に、4大騎士団の内の三人が揃ってしまっている。それは、勝率がほぼ0にまで下がったと言っても過言ではない。

リゼリオンに跨がっているアレイスターが、巨大な槍を構える。




「シュヴァイン様の御膳だ。速攻に片を付けさせて貰うぞ。シュヴァイン様、どうぞ、御命令を」

「……やれ。誰一人として逃すな」




きらり、シュヴァインの翡翠の瞳が煌めいた。

リゼリオンの咆哮と共に、一方的な捕獲が始まった。















10分もしない内に、男たちは縛り上げられた。

中には怪我を負っている者、ぐったりとして動かない者もいる。が、それに気にも止めずに人数を確認しているロッシェに、アレイスターが声をかける。




「ロッシェ。何故こんな無謀な作戦を立てた」

ロッシェの見つめる瞳には、明らかに非難の色が見てとれた。



「最初から俺がシュヴァイン様の護衛に付けば良かったのではないのか」

ロッシェは視線をアレイスターに戻し、いつものように笑う。




「いやぁ俺もまさか酒に睡眠薬入れられるなんて……「分かっていただろう。お前が人の殺意に気づかない訳がない」」

重ねられた言葉に、ロッシェは動きを止めた。が、すぐに姿勢を崩していつもの飄々とした態度を見せる。




「まぁ、すぐに気付いたさ。だがここを視察して、明らかに事件の匂いに俺が気づいたとしても、なんらかの罪が無ければ逮捕は出来ない。誰も俺の勘なんか信じねぇしな。

だから、途中から王子に囮になってもらっただけだ。勿論酒に薬が入っているだろう事は予測は出来た。が、酒を開けてすぐに命に別状のない薬だと分かったから大丈夫だ」

「…………ロッシェ、」

「お前の言いたい事は分かってる。『無闇に兵や王子を危険に晒すな』ってことだろ」

飄々とした態度は崩れない。その態度を見て、アレイスターはため息を付きたくなった。

シュヴァインは、本当は日帰りで帰る予定だった。エレカルテに乗り、日が暮れる頃には帰ってくるはずだったのだが、シュヴァインは帰って来ず、代わりにエレカルテが持つ小さな使い魔の烏が、『夜にはこっちに来い』という伝言を寄越して来たので慌ててアレイスターたちはこの村へと飛び立ったのだ。




「……シュヴァイン様をダシに使うなど、金輪際行うな。それと、あまり派手な動きはするな。またあの場所に戻ることになるぞ。師匠の恩を、忘れたのか」

「……勿論、覚えてる。だからこそ大丈夫だっつの」

「…………」

「良い、アレイスター。私自らその案に乗った」

アレイスターがこれ以上言及するか迷っている所に、ふいにシュヴァインが話に割り入った。翡翠の瞳はユラユラと揺れていて、眉間にはシワが寄っている。瞼が今にも下がりそうで、誰から見ても眠気を耐えているのは明白だった。



「シュヴァイン様、すぐに横になってください」

「アレイスター、良い。ロッシェの囮になる案に、私自ら乗ったのだ。責任は私にもある」

「ですが、シュヴァイン様」

「私は国の上に立つ者であり、国を守る兵士だ。国を守る為なら私はどんなことでも率先して行うと心に決めている」

シュヴァインの肩を支えようとする手をはね除け、シュヴァインはアレイスターを睨むように見上げる。その瞳には確固たる意志が伺えた。




「……シュヴァイン様、そのお心はご立派です。が、シュヴァイン様の、王の代わりなどいないのです。民の為にも、もっと御自分の命を大事になさって下さい。……そこまでして、ロッシェを気にしなくていいのですよ」

「……俺は、気にしてなど」

「ほら王子、一人称変わってる変わってる。素に戻ってんぞ」

楽しそうに笑うロッシェを、シュヴァインはギロリと睨み付けた。だが、眠気を耐えている今、その目には覇気が無い。




「とにかく、兵士をさっさと起こして仕事をするぞ。エレカルテに乗ってフィートと王子は王宮に帰れよ。次に……」



ガオオオオオッッ!!!



今後の仕事を話すロッシェの声を遮るかのように、遠くから聞こえるある一つの咆哮がその場を支配した。

それは、誰もがよく知る、龍の咆哮。



その咆哮が、まだ夜が明けぬ空へと響き渡った。





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