飛び立ったのは 4
不思議、というより少し変わった男の子、ランカーと別れた後、私は少し小走りで飛行場に向かった。
飛行場と言っても現代日本のようにコンクリートで地面を固められているわけではなく、言ってしまえばただの広大な草原だ。
丈の短い芝生が広がるだけのその平坦な場所は、物々しい雰囲気に包まれている。
(ゼノファーは、まだか……)
キョロキョロと見回してみるも、ゼノファーの姿は見当たらない。さてどうしたものかと思案していたら、トントンと肩を叩かれた。
「ん?」
後ろを振り替える。そこには、藍色の髪をした、いかにも好青年、といった風の男の人が立っていた。まだ若く見えて、もしかしたらゼノファーと同じくらいの年齢かもしれない。空軍の大型種の訓練でも見かけたことがある人物だ。
ふんわりと彼が微笑むと、髪と同じ藍色の瞳が細くなり、両頬にえくぼが出来てより幼く見えた。
「え~と、確か言葉は分かるんだよね。君と同じ物資輸送担当のアルフ。アルフ・クーアだ。よろしく」
「よろしくアルフ。セリカって呼んで」
スッと差し出された手を握り返す。おお、アルフは好い人そうだ。
「で、あの人がもう一人の物資輸送担当のギルバート・リェーリ」
そう言ってアルフはペガサスのような生き物に物資を縛り付けている男を指差した。
短めに切られたツンツンの金髪に、紫色の勝ち気そうな瞳。頬に擦り傷みたいな痕がある。何か剣などで切ったのかな?彼も空軍大型使い魔の練習で見かけたことがある一人だった。
こちらの視線に気づいたギルバートは眉間にシワを寄せ、ツンとそっぽを向いてしまった。
「うっわ、感じ悪!」
「……まぁ、同じ空軍の大型で、物資輸送担当同士仲良くしようと思ってさ。君のご主人様のゼノファーは?」
「報告に行って……「セリカ!」」
噂をすればなんとやら。声をした方に顔を向けるとちょうどゼノファーが走り寄ってきてくれた。
「おー、お疲れ~」
「あ、ありがとう……。ええと、アルフさん。セリカが何かやらかしましたか?」
「心配しなくていい。ただ挨拶していただけだ」
ゼノファーはあからさまにホッとした顔をした。失礼な。私はトラブルメーカーじゃないぞっ!
「物資の結び付け、手伝おうかと思って」
「い、いえ、でも」
「安心していい。僕のは終わったから」
アルフの視線の先には、これまた大きなグリフォンのような使い魔が大人しく座っている。あのグリフォンがアルフの使い魔だ。
頭から首にかけての毛は白く、翼や胴体は艶やかな黒でとってもカッコいいそのグリフォンには、既に物資がくくりつけられていた。
「手伝ってもらおうよゼノファー。出来るだけ早い方がいいし」
「……じゃあ、お願いします」
龍化した体の足首の辺りで、ギチギチと紐が鳴る。
「どう? 痛くない?」
『ん、大丈夫』
短く答えたら更にギュッと紐がきつくなった。
袋に入った物資を一際大きく頑丈な布で一纏めにし、包んで持ち上げる形のため、念入りに紐が縛られた。
『てか、私の持つ物資だけ量が多い気が……』
アルフやギルバートの使い魔たちのものよりも、一回りも二周りも大きい。その事に首を傾げたら、何て事ないような軽い口取りで、
「ああ、セリカが一番身体が大きいから、それに合わせて物資の量も多くなっているよ」
気のせいなんかじゃ無かった。全然気のせいなんかじゃ無かった。女の子なのにとちょっと悲しく思う反面、そりゃまぁ三匹の中で一番大きいんだから仕方ないとも思ってしまう。
『あ、あとさ、紐だけで強度は大丈夫なわけなの?』
「耐風や紐、布の強度の為に魔法を使うから大丈夫だよ」
ふーん、魔法は便利だねぇ。
私はそんな便利な魔法は知らないよ……、と思わず遠い目をしてしまう。
『て、あれ? ロッシェがいる』
視線を上げた先。場内の窓からロッシェの姿が目に入った。部厚い書類を持っていて、なにやらもう小肥りなおじさんと話しているようだった。
『ロッシェ何してるんだろ?』
他の何人かも気がついたらしく、ぽつぽつと顔を上げているのが分かる。と、不意にこっちを向いたロッシェと、目が合った。
書類で口元を隠しているロッシェは、見定めるように目を細め……。
一瞬、その目が仄暗く光ったような気がした。
言うならば、そう、なにか悪巧みをした時の、あの目。
「……嫌な予感しかしない」
ぽつりとアルフが呟いた。
くるりと反転したロッシェは、何かを男にまた話し始める。が、書類を持っていない方の手が背中に周り、何やら複雑な動きをした。
あれは……手話、かな?
そして、それを見た兵士達が慌てて動き始めた。
『え、え。何? どうしたのゼノファー』
「今のロッシェ副隊長の手の動き、『低空飛行のホバリングで待機していろ 』の意味だ」
『ホバリング……?』
「ある一定の高さで空中飛行する事。セリカ、出来る?」
『まぁ、出来るけ、ど、ッ……!!』
いちなり強い風圧が身体を襲う。一方からではなく、様々な方向から風が舞い、唸りを上げる。ほとんどの使い魔が一斉に飛び立った風圧だった。
「僕たちも行こう!」
「はいっ!」
私の物資の縛り付けも終えたのか、手伝ってくれていたアルフが声を張り上げた。
すぐさま背を低くし、ゼノファーが出来るだけ乗りやすいようにしてあげる。
「よし、いいよ!」
『ラジャー!』
翼を広げ、飛び立つ。も、吊り下げている物資が飛ぶのに中々邪魔だ。クンッ、と両足が引っ張られる感覚に焦りが生じる。
『こん、の!』
思いっきり翼を動かして上昇する。荷物は少し大きく揺れつつ、それでも宙に浮かんでくれた。
「セリカ、大丈夫?」
『大丈夫!』
若干いつもよりフラフラしつつも、なんとか上昇してアルフの横に並ぶ。下を見ると、全員が羽ばたく事によって生じる風圧が、丈の短い芝生を思いっきり靡かせていた。まる嵐の海の波のようだ。
『飛んだはいいけど、これからどうするの?』
「ロッシェ副隊長の指示が来るまでこのまま待機……かな」
え、めんどくさっ。すぐ来ないの?
『ロ~ッシェ~、はよこ~い』
「ちょ、セリカ!」
『だって来ないんだ……』
もん、と言おうとした所で、曲がり角から見慣れた銀髪が表れた。ロッシェだ。
だが、その左右に二人の男が立っていた。一人は先程ロッシェと一緒にいた小肥りなおじさん。もう一人は俯いていて顔は見えないがまだ若そうで、艶やかな黒髪が風に靡いている。
小肥りなおじさんは、その黒髪の人に必死に喋りかけていた。
「……で、是非とも我が領地にいらっしゃって下さい!」
「機会があったらな」
「我が領地の郷土料理といったら!海の幸をふんだんに使った料理が有名でして」
「ロッシェ、もう準備は整ったか」
「はっ、今すぐにでも」
「じ、邪魔をするなこのゴロツキ兵が!それとですね、自然も綺麗な場所でして!」
「そうか。物資の用意もいいな?」
「はい」
なんというか、全く相手にされていない感じだ、あのおじさん。ロッシェと黒髪の男性がさっさと大きな歩幅で、動きが鈍いおじさんとの距離を離していく。強風が吹き荒れる中、とうとうおじさんが黒髪の男性に声を張り上げた。
「くそ!何故私の話を聞かない!ルドベルト家のこの私を!」
瞬間、周りの人間や使い魔たちの空気が変わる。
怒りとも恐怖とも取れる、空気が張り詰めたあの感覚。息をするのも苦しい程の緊張が走る中、黒髪の男性がゆっくりと振り向いた。
「今日、貴公との面会は私の予定には入って居なかったはずだ。違うか?」
「そ、そんなはずは……」
「いや、無かったな。ただ私欲の為に生き、私の公務の邪魔をするような薄汚い豚との面会は」
辛辣な言葉に小肥りなおじさんは顔を強張らせ、そして怒りで赤く染める。
「な、な……。私を、誰だと……!」
「知らんな、我が国の膿の事など。ああそうだ。今日には脱税の疑惑で貴公の家に家宅捜索が入るらしい。では、私は公務があるので失礼するぞ。『名も知らぬ男爵』よ」
そう言った瞬間、何もなかった所にロッシェの使い魔、エレカルテが表れた。
カメレオンのように空気に溶け込んでいた、と言えばいいだろうか。
スウッと空気の中から表れ、黒い翼を広げたエレカルテに、ロッシェと黒髪の男が乗る。そして勢いよく上昇し、今度は顔を青ざめさせたおじさんを置き去りにする。
『……わーお』
何とも苛烈な王子様の登場シーンだった。




