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魔戦 7



 心配していた天気だったが、見事に雲一つもない青い空が広がっていた。闘技場にはたくさんの人、人、そして使い魔。熱気が込み上げ、会場の雰囲気も最高潮。

 そんな中、控え室にいる我らがゼノファーは、




「うぷ……」

 今日の青空のように顔を真っ青にして口を押さえていた。





「大丈夫ゼノファー?」

「う゛ん……。寝不足なだけだから……」

 今にも死にそうな顔をしながら言われても説得力がない。とりあえず椅子に座り込むゼノファーに冷たい水を差し出すと、ゼノファーはそれを何とか飲み干した。




「緊張して眠れなかったの?」

「うん、まぁ……。魔戦は、使い魔同伴が絶対条件だから、俺も出るのは初めてで……。セリカは? 具合悪くない? トイレいった?」

「お前は私の母さんか」

 思わずチョップを入れたくなったが、踏みとどまる。今のゼノファーじゃ、チョップした瞬間に嘔吐しそうだ。それは流石に困る。




「でも、やっぱり加護が無い服を着ているのは心配だ……」

「『キャラメリア』の蘭とワイルさんの? 間に合わないんじゃない?」

 昨日、ゼノファーが仕事の合間に、魔戦が今日になった事を知らせに行ってくれたらしい。どうやら蘭は徹夜して作ってたらしく『無理だ、終わった』と嘆いていたとか。間に合わないと私は予測する。




「とにかく、加護付きの服は諦めて試合をさっさと終わらせよう」

 そしてゼノファーを寝かせよう。

 よろめくゼノファーに一抹の不安を覚えつつ、控え室から出ようとする。が、いきなり扉をぶち破るようにしてアレイスターが入ってきた。





「お前たちが魔戦に出場するって本当か!!」

「今更!!」

 今更だよアレイスター!!

 彼は今日も軍服に身を包み、だが昨日とは違って額には汗を浮かべ息を切らしていた。




「てか昨日、私言ったじゃん! 『魔戦に出るから戦い方教えて』って」

「……すまない。上の空だったようで聞いていなかった」

 まじか。確かあの時髪の毛わしゃわしゃされてあめ玉くれたはずなんだけど、あれでも上の空だったと言うのか。



「まだろくに訓練もしていないのに、心配だ。ここは俺が代わりに出場して--……「なにアホな事言ってんだ」」

「ぁ、ロッシェ」

 アレイスターの体に隠れて見えなかった。彼は反論しようとするアレイスターのわき腹を手刀でつついて黙らせる。



「よ~、大丈夫か」

「大丈夫に見える?」

「いや? 全然」

 視線の先は、勿論ゼノファーだ。まだ口元を抑える彼は、闖入者にかすれた声を出した。




「あの、お二人ともどうしたんでしょうか」 

「アレイスターが今日の魔戦の対戦内容見て走り出しちゃったもんだから」

「……セリカのような子供が魔戦に出場するなど、放っておけないに決まっているだろう」

 すみません。私精神年齢は19なんです。19歳はまだ子供なのでしょうか。それとも見た目的な意味でしょうか。




「アレイスターの今日の予定は、机の上に溜まった書類を片す予定で埋まってるハズなんだけどね~」

「しかし……」

「うわ~まさかサボリ? 隊長ともあろうお方がサボリ?」

「……」

 ニヤニヤするロッシェに一本取られたようだ。アレイスターは思いっきり眉間にシワを寄せたが、反論は言えない様子。深いため息をついて、私の頭に手を乗せた。



「すまない二人共。怪我はしない程度に頑張ってくれ」

 ワシャワシャと私の頭を撫でてから、アレイスターは若干肩を落としながら出て行った。



「じゃ~俺も行くわ。ぁ、この魔戦、出場者のどっちが勝つかっていつも賭け事が盛んなんだが、俺はお前らに賭けてやった。勝ったら儲けた金でなんか買ってやるから、頑張れよ」

「ちょ、まじか。私たちの方が人気ないよね?」

「勿論。お前が勝ったら俺の金は10倍に膨れ上がる予定だ」

「まじか!! ゼノファー私たちも賭けよう!!」

「……賭け事は、絶対に駄目だよ、セリカ……」

 青い顔しつつも堅実なゼノファーだった。え~、と駄々をこねるも聞いてくれない。儲けるチャンスなのに。




「じゃあお前ら、俺の金の為にも絶対勝てよ」

「勝ったらロッシェが稼いだ分の分け前3割寄越して……「じゃーなー」

 私が全て言い切る前に、ロッシェは爽やかな笑みを浮かべて逃げてしまった。チッ、いい案だと思ったのに……!!

 だが、もう魔戦の開始まで時間が無い。運営の人とかが来ても厄介なので、私はゼノファーを立ち上がらせた。




「よし、ゼノファーいこ……「蘭ちゃん参上つかまつったぁ~!」」

 ハイテンションで扉を開けた闖入者。言うまでもない。『キャラメリア』の蘭である。

 右手には随分と大きなカゴを持ち、服はよれよれ、目の下に隈があるのにギラギラと瞳が血走っている。どう考えても平常心じゃない事は明らかだった。徹夜明けの目だった。

 そのハイテンションに、私だけでなくゼノファーもげんなりしてしまう。とりあえず私はまたゼノファーを座らせた。




「芹花ちゃ~ん!! お姉様がお洋服作ってあげたぞ?」

「ありがとう。ありがとうなんだけども、とりあえず眠りなさい」

「目の下の隈が凄い事になってるよ。眠った方がいい」

 それはゼノファー、お前もだ。

 だが、こちらの心配などどこ吹く風で、蘭はわざとらしく人差し指を振った。




「チッチッチ、侮ってはいけません。蘭姉ちゃんは2徹や3徹など慣れてます。日本にいた頃から深夜アニメの為に徹夜してたから」

 寝ろ! 録画して寝ろ!

 こちらの意見など蘭は聞いちゃいない。蘭は持っていたカゴに手を突っ込んだ。ふんふんと鼻歌を歌いつつ、カゴの中を漁る。




「急いで作って来たんだ。もう最高の出来だよ」

 そう言って、木製の机の上に服を広げた。安らかな微笑みを私に向ける。





「あなたが注文したのは、このバニーちゃんの衣装ですか? それとも裸エプロンですか?」

「軍服だったと思うんですけど」

 得意げに言った蘭にチョップをかます。




「どういう事!? ゼノファーが軍服を一着って言ったよね!?」「『バニーちゃんも裸エプロンも、女性らしい豊満な乳と魅惑のプリケツがあってこそと思う人が多いだろう。

確かに、布の面積が少ないからこそ強調される谷間とプリケツはたまらん。が、ロリがこれを着て、似合ってないからと顔を真っ赤にさせ着替えようとする姿は賞賛に値する』」

「あんたいっつもそんな事しか考えてないの!?」

「って、ワイルさんが言ってた」

 またお前かワイルさん! あんたどこに出しても恥ずかしくない立派なオタクだよ!!



 確かに品質は良さそうに見える。黒のバニーちゃん衣装はエナメル質で色っぽい。ご丁寧にもふわふわなウサミミカチューシャがついていて、お尻の部分にはモコモコの尻尾がついている。網タイツも日本のそれと全く変わりはない。ご丁寧にも黒のハイヒールまである。

 対する白い裸エプロンも、ビロードのような滑らかな肌触りで着心地は良さそうだ。エプロンだがふんだんにフリルを使いつつ、それでいてゴテゴテとした印象を与えさせない。

 また、ご丁寧にパンツだけはついていた。真っ赤な大人っぽい紐の下着が。



 だが、着るかどうかとなると話は別だ。だいたい、360度観客で埋まっているというのにこんな格好で出たら……、




「間違いなく、ゼノファーの立場が危うくなるに違いない」

「それだけは止めて」

 切なそうな声だった。

 使い魔がこんな露出高めの、まるで狙っているとしか思えない服装で出てきたら、観客はまず始めに使い魔の服装はゼノファーの趣味だと思うだろう。

 だって、使い魔の服は主人が買い与えるものなのだから。




「え~。お姉ちゃんは首輪に裸エプロンというアンバランスな芹花ちゃんが見たかったのに。それとも魔法少女系が良かった?」

「いや、魔法少女もどうかと……」

「大丈夫大丈夫。魔法少女が一人だけだとアンバランスだから、ご主人様の女装用も作ってあげる」

「俺のも!?」

 まずい! こいつ徹夜明けのテンションで話を進めてるぞ!!




「とにかく、軍服はどうしたの!?」

「え~、軍服がいいの~? しょうがないなぁ」

 ぶつぶつ言いつつも、またカゴの中に手を突っ込んだ。なんだ良かった。ちゃんと軍服も作ってくれていたのか。

 蘭が服を取り出した。

 ピンク色の生地に赤チェックが入ったミニスカ。紺色のブレザー。真っ白なワイシャツに真っ赤なリボン。オプションとしてクリーム色のカーディガンも付いている。




「軍服っていうか、制服じゃん!!」

「定番でしょ?」

 お前らの中だけだよ!!

 ていうかこんなにたくさん作るから寝不足になるんじゃん!!



 だがしかし、バニー、裸エプロンときて制服と来ると、何故だろう制服が滅茶苦茶マシな洋服に見える。何だこれ。やはり洋服の面積が重要なのかもしれない。



 だけど、私はそもそも加護付きの服なんか必要ないのだ。そりゃ、戦闘中に服が破れたりする事もあるけど際どい所が破けてラッキースケベ的な事になった事は一度もない。

 というか、服を裂ける程の攻撃を際どい所に受けたら、服だけじゃなく皮膚だって裂ける。ラッキースケベどころじゃないのだ。悪いが、今回はこの既製品で行こうと思う。




「あー、悪いけど、蘭、今回は今来てる服で--……「私がこの服に一体何時間かけて、またあなたのご主人様はオーダーメイドのこの服に一体幾らかけたと思う?」」

「…………」




 着ろ。今すぐ着ろ。

 目が、そう言っていた。




「……やっぱ、ロッシェに頼んで、私の方にロッシェの全財産賭けてもらえば良かった」

 そうすれば賭け事で儲けた分け前を少しもらって、ゼノファーにオーダーメイド代払うのに。

 それでこの服は捨てよう、と考えて、ある意味これはゼノファーの好意で買ってもらったものだからそんな失礼な事も出来ないなと諦め、制服を持ち上げた。




「あ、因みに、バニーちゃんと裸エプロンは私とワイルさんからのプレゼントよ」

 ……やっぱ捨てちゃあ駄目だろうか。バニーちゃんと裸エプロン。




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