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魔戦 6



 午後5時15分。

 第一騎士団に所属するフィート・ニコレは、久しぶりに自室から出ていた。理由はただの会議である。

 だかしかし、フィートはあまり饒舌な方ではない。結果として、会議中には一言も喋らず空気のように過ごして終わってしまった。



(ああ、退屈だった)

 ふわっ、とあくびが出る。裾の長い黒のローブを若干引きずりつつ、自分のねぐらへと足を進める。

 自分の専攻している兵器開発以外ではぐうたらなフィートは、兵士に課せられている訓練や警備にも出ていない。食事ですら使い魔に任せている位で、フィートの怠惰には第一騎士団体隊長も頭を悩ませている。




 さて、そんなフィートが廊下を歩いていると、見知った野郎の背中が見えた。ゼノファー・クライシスである。フィートは足音も立てずにソロソロと近寄り、その足を引っ掛け転ばせた。

 『いっ!?』と言葉を発しながら派手に転けたゼノファーは、こちらを見上げ、そしてげんなりとした顔でフィートを見上げる。




「フィート……。合う度に何かしらいたずらするのは止めてって言ってるよね」

「……そうだったか」

 覚えがないと明後日の方向を向くフィートに、ゼノファーはため息を吐いた。




「会議だった?」

「……つまらなかった。そっちは仕事か」

「ああ。残念ながらね」

 ゼノファーはパンパンと埃を払いつつ立ち上がる。ゼノファーの部屋とフィートの部屋はどちらも同じ方向なので、自然と横に並んだ。



「……セリカは?」

「部屋でお仕置きの真っ最中」

「……何かやらかしたのか?」

 あの騒がしい使い魔なら何を仕出かしてもおかしくない。それはそれで面白い。が、それは第三者として傍観すればの話だ。

 毎回必ずや巻き込まれるだろうゼノファーにはお悔やみ申し上げる。

 なら代われと言われても、代わる気は毛頭ないが。




「色々あって……。フィートは今日の夕食どうする? 一緒に食べに行く?」

「……いや、エルシェがきっと夕食の準備をしている」

 勝手に外で食べてきたら怒られる。と返答すると、ゼノファーは呆れ顔をした。



「相変わらずエルシェに全て任せっきりなんだね」

「……使い魔兼侍女だから」

 酷い言い草だが、その言い草が気に食わなく思っても、フィートの使い魔が率先して侍女の真似事をしているので責める事は出来ない。ゼノファーは肩をすくめた。

 そうこうしている内にゼノファーとセリカの部屋に辿り着き、ゼノファーは扉を開けた。




「じゃあ、俺はセリカのお仕置きを終わらせてくる」

「……ん、頑張れ」

 使い魔のお仕置きとしてメジャーなのは、首輪の力で軽く痛みを加える程度の折檻だ。

 他には動きを封じ閉じ込めるとか、嫌がる作業をやらせるという物があるが……、と、ただの興味本位で扉の向こうを覗き込む。

 と、ベッドに横たわっているセリカの姿が見えた。



 頭は枕に乗せてあるからこちらからでも顔は見える。どうやら動きを止めているらしい。だが、少しだけ様子がおかしい。


 はふはふと息が荒く、顔も赤い。目は虚ろでどこか遠くを見つめていた。どことなくプルプルと震えているような……? とフィートが首を傾げるのと同時に、セリカがこちらに気づいたらしい。大声をあげた。




「ぜ!! ゼノファー遅いよ5時って言ったのに!! は、はや、早くこれ解いてお願い!!」

「……セリカ。反省した?」

「したした!! スッゴい反省できたっ!!」

 いや、反省していないだろと言われても仕方がない言い方である。あまり真面目ではない方のフィートがそう思うのだから、真面目なゼノファーにしたら相当だ。

 案の定、ゼノファーは少しため息を吐いて頭を抱えた。




「反省していないようだったら、もう30分追加するよ?」

 その言葉に、一体セリカはどんな反応をするか。喚くか殊勝な態度で謝るか……とフィートはセリカを観察する。




 セリカは一度目を見開いて、その瞳からポロッと涙を溢れさせた。





「ぇ、え!? せ、セリカ!?」

 慌てふためくゼノファーの声など聞こえないようで、セリカは涙を流しつつ懺悔する。




「ぅぇぇ、ごめんなさいごめんなさいぃ~。も、何でもするからいかせて下さっ……! 我慢、もう我慢出来ないよぉ……!! 」

「な!? セリカ、一体どうし……!?」

「いかせて、下さいぃご主人様~!!」

「……ゼノファー」

 慌てふためくゼノファーの背中に、フィートの冷ややかな声がかけられた。



 いかせて下さい

 もう我慢出来ない

 ご主人様

 これだけの単語が揃えば、お仕置きの内容は十分に想像出来た。




 使い魔の首輪は、色んな命令を加える事が出来る。

それこそ……、動けなくさせた後、微弱な快楽を与え続けるような命令も。





「……焦らしプレイは、流石にドン引く」

「じ……!? ちち、違う!!」

 ゼノファーも言いたい意味は分かったらしく、真っ赤になりつつ慌てて否定する。が、セリカの泣き声のせいで簡単に信用出来ないフィートである。そっとゼノファーから一歩離れた。



「ああもう……!! セリカ、どうしたの!?」

 これはもう、セリカの状態異常を解くのが先と、ゼノファーはセリカに近寄った。

 虚ろげな瞳で見上げつつ、少し開いた口からはチラチラと小さな舌が見え隠れしている表情はどことなく色っぽい。ゼノファーは小さく唸る。

 確かに、これではそういった淫らなプレイ中だと言われても否定が出来ない。

 セリカは、息も絶え絶えになりつつ、言葉を紡いだ。




「め、命令、解いて……、いき、たい……」

「……ゼノファー。無理やりとか真面目に終わってる」

「違うから!! そのドン引きの表情止めてくれないかな!! セリカ、その、行きたいってどこに行きたいの!?」

 いや、性的な『いきたい』だったらこの場合どうすればいいのだろう。だがそうも言っていられない状況である。




「き、まってん、じゃん……。トイレだよ!!」

「先にそれを言ってよ!! 『命令解除』!」

 瞬間、バネのように勢いよくベッドから飛び上がったセリカは、トイレへと走り去って行った。



 なんだか、異様に疲れたゼノファーであった。










「……ふぅぅ、危なかった」

 フラフラとトイレから出てきた私はそう独りごちた。

 危なかった。本当に危なかった。膀胱がはちきれる所だった。

 危うく人間として大事な何かを失う所だったが、私のたゆまぬ努力のお陰か、無事である。

 ただ尿意を我慢していただけなのに、なんでこんなに疲れるのだろうか。私が部屋に戻ると、ベッドに腰掛けうなだれるゼノファーの姿があった。

 私は彼に声をかけず、自分のベッドに倒れ込む。




「……」

「……」「……疲れたね」

「……うん、疲れた」

 喧嘩していたのに、何だろう。お互い酷く疲れているから、もう喧嘩を続行する気にもなれない。

 だがしかし、話し合いをしなければいけないのは確かだ。私は気怠い身体を起こした。



「とりあえず、私が言いたかったのは、パラディンになるためには努力したいって事。努力の為にアレイスターに突撃した訳であって、怒られるのは不服です。以上」

「……うん、分かってる」

 ゼノファーは、苦虫を噛み潰したかのような顔をして、頷いた。



「セリカが、あまり自分が置かれてる状況を考えないで行動する素直な性格だってのは知ってる」

「喧嘩売ってる!?」

「だけど、」

 私の文句を無視して、ゼノファーは言葉を続ける。



「だけど、情けないとは思うけど、そうやって俺を引っ張っていってくれようとするセリカに、俺の力量が分かった後、失望されるのが一番怖いんだ……」




「なぁんだ、そんな事?」

 私は、ばっさりと彼の言葉を切り捨てた。




「私は、ゼノファーが例え剣すら握った事の無い度素人だとしても、ゼノファーをパラディンにする気だよ」

「…………」

「驚く事ないじゃん。そんな、力量が自分の想像以下だったとしてもゼノファーの事嫌いになんかならないよ。私が魔戦に出ようって言ったのは、周りにゼノファーの力を認めさせる為。少なくとも、アレイスターは勝ったら褒めてくれる」

 アレイスターが認めてくれれば、きっとみんなも認めてくれる。

 そしてそれは、きっとゼノファーの自信に繋がる。




「だから、絶対私はゼノファーを見捨てない。私は、絶対、仲間を見捨てない。第一、私たちは契約しているんだから、ゼノファーが嫌がったって私と一緒にパラディンになってもらう。

だから、まず勝ち星を上げる為に、今回の魔戦に勝とうよ」

 そう言ったら、ゼノファーは一旦頭をかきむしって、そして、弱々しくも微笑んだ。




「うん……。勝とう」

 やっと、ゼノファーもやる気になってくれた。

 私は嬉しくなって、ゼノファーに微笑み返した。





「ぁ……、セリカ、魔戦、明日になった……」

「それをはよ言えや!!」






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