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おかわり! ~お屋敷を追放されたかわいそうな私と料理長は異世界を食べ歩きます!~  作者: 安井優
2品目 シュテープ巡りと旅支度

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51.三ツ星マチブリを競り落とせ!

 カランカラン、カラカラカラカラ……。

 次第に早くなっていくベルの音とともに、漁港の側の()り会場へ人が集まってくる。


 会場の真ん中にお魚が流れてくるステージ。正面には階段状のお立ち台が置かれていて、お魚を買う人がそこに並んでいく。

 私たちのために用意された見学エリアはさらに高い位置にあって、全体が良く見えた。


「お嬢さま、注意事項は覚えていますか?」

「はい! ()りの最中は大きな声を出さないようにする、ですよね!」

「そうッス! ()りは売り手と買い手の超速コミュニケーションで成り立ってるッスから」


 教えてもらった注意事項を再度確認し、()りの始まりを見守る。

 漁ギルドの時計がカチンと七時を示した瞬間、ベルの音が止んだ。


「皆さん、おはようございます!」

「「おはようございま~す!」」

「本日の()りを始めます。よろしくお願いします!」

「「お願いしま~す!」」


 お魚の箱が置かれているテーブルの前に現れたお兄さんが挨拶をすれば、周りのおじさまたちの声が響く。

 朝日が差し込む漁ギルドの広場が、いよいよ賑やかになってきた。


 隣にいたエイルさんが軽く手を挙げると、売り手のお兄さんがこちらへと視線を送ってくれた。

「本日は特別にお客さまがいらっしゃっております! よろしくお願いいたします!」

 快活でのびやかな声と共に、おじさまたちの視線が私たちへと突き刺さる。


「お願いします‼」

 つられて私が頭を下げると、ハハハ、と笑い声が起こり、野次が飛んできた。

「いいねぇ! 誰よりも声が出てるねぇ!」

 良かった、とりあえず受け入れてもらえたみたいだ。


「それでは早速、本日の()りを始めたいと思います! まずはこちら……」

 お兄さんがカンカンとテーブルを棒のようなものでたたきながら魚の種類を言い始めた瞬間、おじさまたちが何やらパパパッとハンドサインを送り出す。


「百、百二十、百五十……百六十、百六十、百七十! 百七十で、五十三番さん!」

 まるで呪文のようにお兄さんの口からはペラペラと魚の名前と数字が連なっていく。


 リズムよく刻まれる音、数字、魚、数字……時折おじさまの声が混じる。

 一体何が起こっているのか分からないままに、次から次へと魚の入った箱がお兄さんの前へ現れては通り過ぎていく。


「一体何が……?」

 小声で料理長に尋ねると、料理長は小さな声で答えてくれた。


「売り手が魚の種類と量を言い、買い手はサイズや色から、瞬時にいくらで買うかを手で表しているんです。最終的にはオークション方式で買い手が決まります」


 料理長の目がキラキラと子供のように輝いている。自覚はないんだろうけど、内心ではかなり楽しんでいるのだろう。

 その証拠に、説明を終えた瞬間、彼の視線がステージの方へと戻される。


 代わりにエイルさんが補足してくれた。

「ハンドサインがあるんスよ。一から九までの数字を表すんス。一なら人差し指を出して、二ならピースサイン、みたいに。百二十を表すときは、一と二の指を続けて出して見せるんス」


「へぇ……! 全部百エルからなんですか?」

「魚の種類によって相場が決まってるッス。小さな魚は百エルからが多いんスけど、大きい魚とか高級な魚は千エルから、とか。だから、同じ一でも、百なのか、千なのかは売り手が瞬時に判断してるんスよ」


 エイルさんの小声実況を聞きながら競りを見ると、だんだんと分かってくるようになってきた。

 値段がどんどんつり上げられているときは、見ている方もなんだかドキドキする。


 お魚の相場なんて考えたこともなかったけれど、確かにお魚の種類によって全然違う。

 すごい速度でそれを判断して、買うか買われるかの一瞬を争うおじさまたち。なんだか格好いい!


「はい、三百五十で十五番! 続いて、マチブリに移ります!」

 カンカンと高らかに打ち鳴らされた棒。

 その音と共に、おじさまたちの体が一斉に前のめりになった。


 お兄さんの前には先ほどまでよりも一回り大きい箱がドンと運ばれてくる。

 箱の中には、先ほど漁ギルドの中で見せてもらったマチブリの姿が。


「ブランド品なので、ここからはさらに値段が上がって面白くなるッスよ」

 エイルさんがニヤリと笑う。買い手同士の駆け引きみたいなものもあって、よりオークションの醍醐味が味わえるらしい。


 もちろんみんなが狙うは三ツ星のマチブリ。

 一ツ星から始まった競りも、じわじわと会場の空気が温まってきているのか、二ツ星に達するころには上着を脱いでいる人の姿が見えるくらいになった。


「さ、いよいよッス」

 二ツ星でも十分大きくて立派なマチブリだけれど、三ツ星はさらにその上。

 立派な三ツ星マチブリの箱がステージにあがった瞬間――カンッとひときわ激しく音が響いて……。


「三千!」

「三千、三千五百、四千、四千百、四千二百、四千五百……」

 どんどんと数が増えるにつれて、おじさまたちの手が下がっていく。それでも惜しいと思うくらいには良いマチブリのようだ。


 やがて、一人の男の人が階段を下りてステージの前に立つと、何やら胸元で小さくハンドサインを出した。

「七千」

 おぉっとざわめきが起きたかと思えば、同じように別の男の人も階段を下りて隣に並ぶ。


「七千百!」

「八千」

「八千五百!」


 淡々と続けられるラリーに、思わず私もゴクンと(つば)を飲み込んだ。

 値段を示すハンドサインを出す手がだんだんとシンキングタイムに変わってゆき……。


「一万!」

 ついに大台、一万エルの金額が飛び出した。

 今までのマチブリの最高金額は二万エルなのだそうで、これは本当にすごい金額なのだそうだ。


 隣にいる男の人がしばらく黙りこむ。

「一万、一万、一万……」

 売り手のお兄さんがリズムを刻みながら数字を何度か繰り返される。


 まだ値段を上げるか。

 ここでやめるか。

 みんなが固唾(かたず)を飲んで見守る中――


 カンカン! と大きな音が()り会場を引き締めた。


「一万で三番!」

「「おぉーっ!」」

 本日最高額が飛び出して()りは大賑わい!

 三ツ星マチブリを手に入れた男の人は小さくガッツポーズを見せ、最後まで()り合っていた人は少し悔しそうにしていた。


 今日の()りはこれで終わりらしい。

 ドキドキと高鳴る鼓動をしずめるため、大きく深呼吸をする。

 隣にいた料理長を見つめると、それはもう楽し気な笑みを浮かべていた。


※お金の単位について。

今回、本編で登場した「エル」はシュテープのお金の単位です。

一円と一「エル」はだいたい同じ金額。

今回の競りでは、お魚一キロ当たりの金額でやり取りをしています。マチブリが五十キロだった場合、実際の買い取り価格は五十万エル(円)です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ついに始まった競りッ! あの独特の空気は、見ていて楽しいものですよねぇ。そして三ツ星につけられた一万エルッ! これは絶対に美味しいやつだーァッ! まずは刺身のテイスティングよろしいか? |…
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