43.料理長への質問は
結局、クレアさんが村唯一の駅までお見送りをしてくれた。
電車から姿が見えなくなるまで彼女は手を振り続けてくれて、なんだか私まで泣きそうになってしまったのは秘密だ。
早速魔法のカードでお礼を告げると、あっという間に返信が来た。
『こちらこそ、ありがとう! フランさんと会えて本当に嬉しかったです! また国都に着いたら連絡するね!』
メールの文面は饒舌だ。酔った時もそうだったけれど、この饒舌さが本来のクレアさんなのかも。
もっともっと仲良くなって、いつかまた「フランちゃん」と呼ばれたい。
「本当に良い村でしたね」
ニコニコと画面を眺めていると、料理長もクレアさんたちのことを思い出していたのか、もう遠くに消えてしまった村の方を見つめていた。
「はい! 収穫祭も楽しかったです! 珍しいものもたくさん食べれたし!」
「そうですね……」
「料理長? 急に顔が激渋なんですけど⁉」
「いえ、その……トロジのことを思い出したら胃が……」
「しっかりしてください! 料理長! 大丈夫ですから! トロジも! 貴重な食べ物でした!」
あれを食べたのは私の意志だし、料理長は何も悪くない。
っていうか、それを言うなら、どちらかと言えば今朝のテールスープの時に注意してほしかったよ!
ちょっとだけずれてる料理長をなだめつつ「そうだ」と魔法のメガネを取り出して、しょんぼりしている料理長にそれを差し出す。
「料理長に教えてもらいたいことがあるんです」
料理長の扱いにもだんだんと慣れてきた。
どうやら機械好きらしい、かつ、真面目で律儀な料理長はどんなにしょげていてもこの手の質問をすると機嫌を直してくださるようなのだ。
ふっふっふ。ちょろいぜ、料理長!
にたりと口角を上げた瞬間、隣で料理長が怪訝そうな顔をした気がするけど、気にしない。
とはいえ、質問したいのは本当だ。
「このメガネで撮った写真とカードの写真をまとめたいんですけど、できますか?」
メガネはとっても便利だけど、写真を見返したいと思った時に、カードとメガネをいったりきたりしなくてはならなくなった。
大した労力ではないものの、少しだけ面倒くさい。
「あぁ、それなら多分……」
できますよ、と料理長はメガネのフレームについたボタンをぽちり。いつも通り、メガネさまを呼び出すと、
「リッドとの通信を開始してください」
と私の手元にあるカードをメガネ越しに見つめる。
静かな電車の中。
ガタンゴトンと揺れる音に混じって、突如、ポーンと軽い電子音が混ざった。
『リッドとの同期を開始しました。操作を選択してください』
「写真をリッドへ転送してください」
『転送します』
数秒後、再びポーンと音がして『完了しました』とメガネさまが喋る。
その声がなんとなく誇らしげに聞こえるのは気のせいだろうか。一仕事終えて、メガネさまも大満足したのかな。
「出来ましたよ」
「え⁉ もう⁉」
「はい。あまり枚数も多くありませんでしたので」
カードからアルバムを呼び出すと、確かにメガネで撮影した写真がきちんと保存されている。
「すごいです! やっぱり料理長は天才です!」
料理だけじゃなくて、機械にも強いなんて。本当に料理長は天才が過ぎる!
私がベタ褒めすると、料理長は相変わらずけわしい顔で「とんでもありません」と頭を下げた。
あまり褒めるとなぜかネガティブを発揮することも分かっているので、私もぐっと褒めたい気持ちをこらえる。
料理長は相変わらず不思議な人だ。
こんなにすごいのにちっとも偉そうにしないし、それどころか卑屈だし!
この間のメイド長との会話でも、なんだか色々ありそうだったけれど。料理長はいまだにそれを教えてくれようとはしない。
絶対すごい人だっていうのは分かっているのに、まったくその尻尾を掴ませてはくれないから、逆に気になってしまう。
漁港まではまだまだ時間がある。
次の電車に乗り換えるまでの道のりだって長い。
……聞くなら今かもしれない。
「料理長、もう一つ質問してもいいですか?」
「なんでしょう」
おずおずと切り出した私に、料理長は何も気づいていないようできょとんと首をかしげた。
そもそも、こんなにイケメンで若い料理長がお母さまたちに「拾われた」と言っていたのも気になる。
だって、普通、料理人って料理のお勉強をしたら、レストランで働いたりするものでしょう?
いきなりテオブロマのお屋敷に勤めるなんて考えにくい。
「料理長って、前にお母さまたちに拾われたって言いましたよね? あれって、どういう意味なんですか?」
たくさんの知識があって、お料理も上手で。こんなにイケメンで優しくて、機械のことだって詳しいのに!
捨てる人がいるなんて信じられない! 本当に料理長を捨てた訳じゃないだろうけど、それにしたってひどくない⁉
料理長をまじまじと見つめると、彼はふいと視線をそらして何かを考えるように、ふぅ、と長い息を吐いた。
木目調の電車の床に落とされた視線は、話すことを迷っているようで。
「……大した意味はありませんよ。そのままの意味です」
「そのままって……」
まさか本当に捨てられたの⁉ そりゃ、料理長は雨の中でずぶ濡れになっているわんこに見えなくもないよ? 自由気ままな猫ちゃんよりも、雨の日に喧嘩に負けてボロボロになってる不良な少年に「お前も俺と一緒だな」って拾われるタイプだよ⁉ そういうタイプだけどさぁ!
「実は、テオブロマに勤める少し前までは別の場所で働いていたんですが。しばらくして、クビになりまして」
「クビ⁉」
「理由は色々あったんですが……まぁ、若気の至りというやつです。それで、あちらこちらをさまよっていたところ、たまたま旦那さまたちにお会いして」
儚げな料理長の作り笑いで、自然と話も打ち切られる。
「そんなに面白い話ではありませんから。あまり気にしないでください。ほら、お嬢さま。クレアさんからの返信がリッドに届いておりますよ」
カードへ視線を戻せば、確かに料理長の言う通り。
返信があったことを示すランプが画面上にチカチカと点滅している。
なんだかうまく流されたかも。
そう思ったけれど、それ以上に料理長の表情が、これ以上はまだ話せないことをしっかりと語っていて、私も口をつぐんだ。




