32.目でもおいしさ味わって
広場に集まった屋台はそれぞれにいろんな品物を出していて、見ているだけでも幸せだ。
お父さまへのお土産も買えたしもう大満足。
まだ朝だけど、お昼は何にしようか、なんて考える余裕も出てきた。もちろん、おなかに。
「本当に色々売ってるんですね! さっきのマロンを練りこんだパスタケもおいしそうでした!」
「そうですね。食べ物だけでなく、花や雑貨も売ってますし」
この収穫祭はとにかく村をアピールする大事な場のようだ。
陽がのぼってきてだんだんと人も増えてきたし、村全体が活気づいてきた。
「そういえば、お嬢さま。食べ物以外で何か欲しいものはないのですか? 旅に必要な準備はあらかた済ませていますが、せっかくの機会ですから」
国内とは言え、これも立派な旅行。
ここだけの物を自分用のお土産に買うのも悪くない。
食べ物のことで頭がいっぱいだったけれど、確かに料理長の言う通りだ。
「料理長、ナイスアイデアです! 料理長は欲しいもの、ありましたか?」
「いえ、僕は……。あぁ、でもそうですね。ずっとお嬢さまにお荷物をお持ちいただいているのも申し訳ないので、僕も自分用のカバンを買おうかと。良い物があれば、ですが」
料理長は、チラと私のカバンへ視線を送る。
魔法のカバンだから全然重たくはないんだけど。
「荷物が全てお嬢さまのおカバンに入っていると思うと……その、何かあった時に不安で」
盗まれると思っているわけではない。料理長はそう付け加えつつも、その時のことを想像したのか挙動不審だ。
「言われたら気になるじゃないですか!」
「す、すみません! そんなつもりでは!」
「あぁぁ! 土下座はやめてください! お願いします!」
半分以上は冗談だったのに、料理長があまりにも恐ろしい速度で土下座を繰り出そうとするから、私もつられ土下座をしてしまうところだった。
料理長もさすがに私に土下座をさせるわけにはいかなかったのか、あたふたと立ち上がる。
「……ゴホン! とにかく、リスクを分散させましょう。何かあってからでは遅いですし」
「料理長も魔法のカバンを買うんですか?」
「いえ、普通のもので十分です。第一、そのカバンはそう簡単に手に入るものじゃないですよ」
「了解です!」
*
フラフラと屋台を見て回って、私と料理長が声を上げたのは同時だった。
「これ、かわいいです!」
「あれはいいですね」
お互いにさした指先を見つめると……その先には同じお店が。
いろんな食べ物をモチーフにした雑貨や小物を扱っているハンドメイドの屋台。
私より少し年上に見える美人なお姉さんが店主らしい。若いのに、もう自分で商売をしてお金を稼いでるなんてすごい!
「おはようございます!」
私がピンと手を伸ばして挨拶をすると、お姉さんがビクリと肩を揺らした。
長めの前髪から覗く、綺麗なブルーの瞳がとっても素敵だ。
「いいい、いら、いらっしゃいませぇ……」
消え入りそうな声はとても商売向きとは思えないけれど、それすらも愛らしさがある。
ブラウンのやわらかなくせっ毛と相まって小動物みたい。私も他人のことは言えないけど。
「これ、全部お姉さんが作ったんですか?」
「いえ……あ、いえ、その、えっと……はい……」
「え! すごい! どれもかわいいです!」
「あああ……あの、ああ、ありがとう、ございます……」
麦の穂をモチーフにしたブレスレット、ヴィニフェラのイヤリング、オムライスがプリントされているハンカチ。
料理長は、秋の味覚がぎっしりと刺繍された革のバッグが気に入ったみたい。
「僕はこれをいただきます」
おお、さすが。いつも通り即決だ。確かに、そのバッグかわいいもんね!
「あ、ありがとうございま……あぁぁああぁ」
料理長の顔を見て、お姉さんは声にならない声をあげた。
顔も真っ赤だし頭からはぷしゅうと煙が出てる、気がする。
わかりますよ! お姉さん! この人、黙ってればイケメンですよね⁉
料理長だけが一人きょとんとしながら「お会計は」とか聞いている。
バカ料理長! 今、このお姉さんはそれどころじゃないですよ!
「料理長! どっちが似合いますか⁉」
お姉さんにクールダウンしてもらうための時間稼ぎだ。私が料理長を呼ぶと、彼はいたく真面目な顔をこちらに向ける。
良かった。とりあえずこれで、お姉さんもしばらくは大丈夫だろう。
私が手にしたのは、メープルの葉をモチーフにしたリボンと、コスモスの花をあしらったバレッタ。
どちらも交互に髪に当てて、料理長の反応をうかがう。
「お嬢さまはコスモス色の髪をしておりますから、メープルの髪飾りの方が映えて良いと思いますが……。あぁ、ですが、こういう場合は同系色でまとめた方が良いのでしょうか? すみません、僕もその、女性へのプレゼントなどしたことがなくて」
安心して。どちらを選んでもそのお顔なら正解になること間違いなしだよ、料理長。
だが、料理長的にはメープルのリボンが良いらしい。
「それじゃ、これを買います! 料理長、私がお会計をしてくるので! 料理長はそこで待っていてください!」
絶対にこれ以上こっちに近寄っちゃだめ! と大きく手でバッテンを作ると、料理長は納得がいかないと首をかしげつつ「では……」と渋々うなずいた。
「お姉さん! これをお願いします!」
いまだ顔の熱がさめず、ボーっとしているお姉さんにそっと声をかける。
「ひゃい⁉」
驚かせないようにしたつもりだったけど、残念ながらダメだったみたい。
「あああ、ありがとうございます……! そ、その……おおおお、お二人は、ど、どど、どちらから?」
「私たちですか? 私たちは、国都にあるお屋敷街からきました!」
カードで支払いをすませつつ、お姉さんの質問に答えると
「国都のお屋敷街⁉」
とお姉さんはとんでもなく大きな声を上げて、それこそ倒れちゃうんじゃないかってくらいのけぞった。
「どどどど、どうりでお見掛けしない……! あああ、あの、その! 失礼なことを! すみません! あたし、その、あんまりこういうことに慣れていなくって……えぇと! 本当にこんな! クソ雑魚商品なんかを! お情けで!」
あれ、ちょっとまって。
この感じ……。
私はそっと後ろを振り返る。
不思議そうな顔でこちらを見つめている料理長の姿が、ピタリとお姉さんに重なった。




