303.夏・新たな発見、スウェース(1)
迎えた夏休み。
私は、ネクターさんとスウェース行きの飛行機に乗り込んでいた。
「プレー島群を周った時はずっと船だったから、ちょっと変な感じです!」
「そうですね。こんなにも早い乗り物だったのか、と正直驚いてしまいました」
ネクターさんの言う通り。
プレー島群の国は、船でゆっくり数日かけて移動していたのに、スウェースには飛行機で数時間もあればついてしまうのだから不思議だ。
真下にプレー島群の国々を見送ったのが一時間ほど前のこと。
それが今ではすっかりクィジン大陸の端っこが見えている。
「ネクターさん! あれ!」
私が指さした先、ネクターさんが身を乗り出して窓の方をのぞきこむ。
「あれが名峰ホルンですか」
少し先の方に高くそびえた白い山が見えて、私たちはそれぞれに感嘆の声を上げた。
スウェースの名所ホルンは上空から見ても迫力がある。
デシのモントブランカと同じく、万年雪に覆われた山だとは聞いていたけれど、本当に真っ白!
「いよいよ到着ですねぇ!」
「シュテープよりも気温が下がりますから、お嬢さまは今のうちに羽織るものを」
「そうでした! 到着したらすぐに着れるように準備しておかないと!」
飛行機の中は暑いから、と脱いでいた上着を膝の上にかけなおす。
デシの国は寒いと言っても、コロニーの中は気温の管理がされていたから大したことはなかったけれど、スウェースは違う。
正真正銘の寒い国だ。
「まもなく着陸態勢に入ります。お席をお立ちのお客さまは、お席にお戻りください」
機内アナウンスが流れ、私とネクターさんはシートベルトを締める。
眼下にはスウェースの町並みが広がっていた。
*
「ついたぁ~!」
スウェースの空港に降り立って、私は大きく背伸びする。
今までの船旅は一体何だったんだと思うほどあっという間だ。
「やっぱり寒いですね!」
「えぇ。お風邪を引かれませんよう。入国手続きを済ませたら、あたたかいものでも食べに行きましょうか」
「はい!」
すっかり旅のプロだ。
ネクターさんが予約してくださったホテルまでの道のりをもう一度確認し、その周囲にあるレストランを探す。
具体的な計画なんてなくたって、二人なら楽しめるんだから不思議だなあ。
「スウェースといえば、ワインが有名なんですよね!」
「そうですね。昔からヴィニフェラが特産品だったそうですよ。特にスウェースのヴィニフェラは、見た目も大きく艶があり、果肉が詰まっているのが特徴なんです。一粒の大きさは、シュテープで作っているヴィニフェラの二倍以上になるものもあるそうでして。もちろん、味もシュテープのものより濃厚で……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ネクターさんの長い長い食材話は、そりゃあ、もちろん面白いし、すごく興味があるんだけど!
入国手続きの審査ゲートはもう目の前だ。さすがにこれ以上は困る。
「も、申し訳ありません! つい」
「大丈夫ですから! 土下座もやめてください!」
審査官に怪しまれますから!
相変わらずなネクターさんをたしなめて、審査ゲートをくぐる。
案の定ともいうべきか、審査官のおじさんはネクターさんの話が聞こえていたのか、苦笑していた。
でも、そのおかげで審査官のおじさんから
「ワインのうまい店があるぞ」
と良い情報をゲットすることが出来て、思わぬ収穫を得た。
空港を出て、ホテルに向かう専用のバスへと向かう。
おじさんが教えてくれたワインのおいしいお店の場所を確認していたら、あっという間にホテルへも到着だ。
チェックインを済ませて受付に戻ると、ロビーで観光案内を見つけた。
「ネクターさん! 観光案内だって! お金はかかるけど……せっかくなら買っていきますか?」
「そうですね、せっかくなら」
ネクターさんがさらりと無駄のない所作でカードを出そうとするものだから、私は慌ててそれを阻止する。
「今は! 私も働いて! お金を稼いでいるので! ここは私が‼」
今までの旅では、お母さまたちのお金かネクターさんのお金に甘えてきたのだ。
これからは私がそれをお返ししなくちゃ!
無理やりネクターさんから観光案内をひったくって、魔法のカードで支払いを済ませる。
ネクターさんは困ったように顔をしかめたけれど、私の頑なな意志に折れてくださった。
観光案内を片手に、ワインのおいしいお店へと向かう。
ちょうどランチタイムだからか、どこのお店も食事を楽しんでいる人が多かった。
あちらこちらから漂う良い香りに自然とおなかもすいてくる。
スウェースの町並みはプレー島群のどの国とも違った景色で、それがまた楽しみを増やす。
タープが幾重にも張り巡らされた露店街。美しく舗装された石畳は古き良き町並みを残していて、木造と石、レンガを組み合わせて作られたお家の並びもノスタルジックだ。
町並みを見ながら歩いていけば、おじさんに教えてもらったお店はすぐに見つかった。
私たちは早速注文をすませる。
スウェースの家庭料理、そら豆と玉ねぎのチーズ焼き。カチョエペペと呼ばれるチーズパスタ。それに、パン・デピスを頼む。これはシュテープ版おかずパウンドケーキらしい。
やっぱり大陸にはまだまだ知らないお料理がたくさんあって楽しみだ!
「お昼からワインなんて最高です!」
「飲み過ぎないように気を付けてくださいよ」
「はぁい……」
「お嬢さま、返事は伸ばさない。先日も奥さまに注意されていたでしょう」
「ネクターさん、だんだんメイド長みたいになってきましたね」
「なっ! そんなことは!」
「前より仲良しになったみたいだし! あーあー、私がネクターさんの一番だと思ってたのになぁ」
冗談めかして拗ねたポーズをとれば、ネクターさんが
「別にそういう関係では!」
ワタワタと慌てる。
「あれぇ。どうして慌ててるんですか? ネクターさん、メイド長とそういう関係って……」
私がにやにやと顔をゆがませると
「僕にはお嬢さまだけですから!」
ネクターさんの口からプロポーズみたいな言葉が飛び出した。
「……え?」
私が驚きにネクターさんを見つめること数秒。
彼は顔を真っ赤にして「別にそういうんじゃないですから!」と再び慌てふためいた。




