277.久しぶり、電話の主
ピピピ。鳴り響いたのは電話の音。
ネクターさんの声ではなく、魔法のカードの着信音で目を覚ますことになろうとは。
もそもそとベッドから手だけをサイドテーブルへと伸ばして魔法のカードを手に取る。
「……もしもしぃ」
「も、もしかして、おおお、お休み中でしたかっ⁉ ごめんなさいごめんなさい……」
聞こえて来た声の主に、私の意識が一気に覚醒する。
「クレアさん⁉」
ベッドから勢いよく飛び起きると、電話の向こうで「ごめんなさいぃ~!」と謝る声が聞こえた。
「大丈夫ですから! ちょっとお昼寝してただけです! クレアさんこそ、電話だなんて!」
「いいい、いえ! その……せ、先日、フランさんが、か、かわいい、ランプを教えてくれたでしょう? そ、それで、インスピレーションを受けて、しょ、商品を作ってみたから……」
クレアさんの顔から、クレアさんのお部屋にパッと画面が切り替わる。
仮想スクリーンに映し出されたのは綺麗な花型のランプで、手乗りサイズのかわいらしいものだ。
「かわいい~っ! すごいです! これをクレアさんが⁉」
「ははは、はいぃ……」
「すっごく素敵です! シュテープでも人気が出ますよ! カバンとかにつけたら、すごく目立つし、絶対に学校ではやります!」
「じ、実は……」
クレアさんはカメラを移動させると、水の入ったマグカップを映す。一体何をするつもりだろう、と私が首を傾げていると
「こ、ここに、このランプを入れて……」
クレアさんは、先ほどの小さなお花のランプを、ポチャン、とマグカップに浮かべた。
瞬間、かわいらしいオルゴールのような音がどこからともなく聞こえてくる。
「お、音も鳴るんですよ……! そ、その、今はまだ、試作段階で、一つしか曲を流せないんですけど……ソングフラワーって言って……」
「すごいです! とっても素敵です! クレアさん、本当になんでも作れるんですね⁉」
「い、いえ! こ、これは! あたしだけじゃなくて……その……友人と……」
「お友達⁉」
「は、はい! そ、その、王都に引っ越した後、ちちち、近くで、似たような、雑貨屋さんをしている方と知り合って……そ、それで、今はその人と二人で、お店を……」
「えぇっ⁉ 本当にすごいです! おめでとうございます! クレアさんにお祝いを贈らなくちゃ!」
「ちちち、違うんですぅ! いや、えっと、違わないんですけど、そうじゃなくてぇ!」
クレアさんは、ランプをマグカップから取り出して音を止めると、画面に再び顔を映してくださった。
私がほめ過ぎたせいか、クレアさんの真っ赤なかわいらしいお顔が映る。
「えぇっと……実は、その、お電話したのは、これだけじゃなくて……」
もじもじと何かを言いたげにするクレアさんの言葉をゆっくりと待つ。やがて、クレアさんは画面越しに、私の目をじっと見つめた。
「そ、その……お店をはじめて、お金がたまったので、実は、フランさんに、会いに行こうかと……」
「私に会いに⁉」
「その! ご迷惑でなければ! 友人と一緒に、旅行も兼ねて……!」
クレアさんは言い切った、と言わんばかりに、ふぅふぅ、と息を吐いた。すっかり過呼吸気味だ。
ついこの間、王都へ初めて出たばかりだと思っていたのに、クレアさんは案外思い切りが良い。
「どどど、どうでしょうか……。そ、その! 忙しかったら、全然かまわないんです! あ、あたしも、友人と、デシはそろそろスイーツコンテストの時期で……おいしいスイーツでも、って話をしていたところだから……」
「もちろんです! スイーツコンテストで会いましょう!」
「いいい、良いんですか⁉」
「はい! クレアさんが来てくれたら百人力です! それに、ちょうどお祝いも出来るし!」
「お、お祝いなんて! あああ、あたしは、その、フランさんのおかげで……今が、あるから……」
クレアさんはブンブンと顔の前で両手を振る。ついでに首も大きく左右に振っていた。相変わらず、慌てふためいている様子がかわいらしい。
「大丈夫です! すごく良いタイミングですから!」
私がドンと胸をうつと、クレアさんは「そ、そうですかぁ……?」と不安げながらもどこか嬉しそうにはにかんで見せる。
「そ、それじゃあ……せ、せっかくなので、ランプも、一緒に持っていきますね! フランさんに、プレゼントしたいから……」
「わぁっ! すっごく嬉しいです、ありがとうございます!」
素直に私が喜ぶと、クレアさんはようやく満面の笑みを浮かべてくださった。
「そ、それじゃあ……。また、デシに行く日が決まったら、ご、ご連絡、しますね。お休みのところを、邪魔しちゃって、ごめんなさい」
最後の最後で謝るところも彼女らしい。
お礼を告げて電話を切る。すっかり私の頭は冴えていた。もう一度寝る気にはなれず、そのままベッドから出て洗顔や着替えを済ませる。
ネクターさんは私を起こしに来ると言っていたけれど、まだ寝ているのだろう。代わりに私がネクターさんを起こしてあげよう。
久しぶりにクレアさんとおしゃべりが出来て、しかも、クレアさんがスイーツコンテストのタイミングでデシまで会いに来てくれるのだ。
どうしたって嬉しくなってしまう。
思わずスキップをしてしまいそうになるくらい軽やかな足取りで、隣の部屋をノックする。
二度ほどたたくも、返事はない。
「ネクターさん?」
トントントン、と三度目のノック。けれど、やはり反応がない。
おかしい。いくら朝に弱いとはいえ、いつもならこの辺りで返事の一つくらいはかえってくるのに……。
ハッ! もしかして、また熱で倒れてるとか⁉
ズパルメンティでのことを思い出して、私は慌ててネクターさんの部屋をドンドンと強めにノックする。
「ネクターさん!」
途端、ゆっくりと内側から扉が開かれたかと思うと、
「……お、嬢さま……こ、れを……」
なぜか疲れ切った声のネクターさんが扉の隙間から一枚の紙をこちらに差し出した。
「ぼ、僕は……寝ます……」
ドサリ。扉の奥でネクターさんが体をそのまま床に預けた音がする。
「えっ⁉ ネクターさん⁉」
扉を開ければ、そのままスヤスヤと死ぬように眠っている姿のネクターさんがあった。
私はネクターさんから預けられた遺言のようなメモ用紙を、そっと開く。
一体何が、と目を落として――書かれていた内容に、私は思わず息を飲んだ。




