276.文字通り、夢中になって
「スイーツコンテストで料理を作る……ですか」
さすがのネクターさんも理解できないと顔をしかめた。私にアイデアを考えてくれと頼んだ以上、無下にもできないのだろうけれど。
ネクターさんに誤解されないように、私は「つまり……」とお菓子の本を引っ張りだす。
「例えば、これ! フレンチトーストは、光の祭典でサンドイッチになっていたでしょう? それに、フラワーチップスだって、お料理とも、お菓子とも取れますよね?」
チーズソースにディップすれば軽食になるし、ハチミツにディップすればお菓子になる。
一部のお料理とお菓子は、すごく近い関係にある気がするのだ。
私の言いたいことが伝わったのか、ネクターさんが「なるほど!」と目を見開いた。
「確かに、お嬢さまのおっしゃる通りです! タルトとキッシュのようによく似た食べ物もありますし、おもちのように、食べ方一つで料理にもスイーツにもなるものも存在しますね!」
どうして今まで気づかなかったんだ、とネクターさんはどこか嬉しそうだ。
「やはり、お嬢さまは素晴らしい発想力をお持ちです! 料理を作ると考えれば、三つのテーマを詰め込んだ、全てに対応できる一つのスイーツを完成させられるかもしれません!」
「そうすれば、考えることが減って練習も三倍できますよね⁉」
「おっしゃる通りです! 僕一人では絶対に思いつかないアイデアです!」
ネクターさんに手放しで褒められて、私は「えへへ」とだらしなく笑う。
実際には、何を作るかまだ決まっていないから、進展があったわけではない。けれど、肩の荷が下りたような気持ちだ。
「料理のことでしたら、僕も何かアイデアが浮かぶかもしれません。早速、何を作るか決めましょう」
「それなんですけど、三つのテーマを一つのスイーツで表現できるなら、私たちの今までの旅の思い出を全部そのスイーツに詰め込めないかなって……」
元々、旅の思い出を形にしたいと考えたアイデアだ。一つのスイーツでは表現できないと思って、それぞれのアイデアを出したけれど、もしも全てを網羅できるのならその必要はない。
「確かに、一つのスイーツで三つのテーマを表現するには申し分ないコンセプトです。様々な味を一皿で、となると……デシのように、一皿に何種類ものお菓子を盛り付けるような形になるかと」
「でも、それじゃあ結局何品も作らなくちゃいけなくなりますよね? それだと、時間が足りなくなっちゃうから……」
考えろ、フラン。
お菓子の考えは一度捨てて、お料理でそういうものはなかったか。
一つの食べ物で、いろんな味が楽しめるお料理……。
「サンドイッチ……いや……ピザ! ピザはどうですか、ネクターさん!」
「ピザ?」
「はい! ピザって一つの生地の上に四つの味がのっているものがあるでしょう? あれなら、三つのテーマを表現しても、一つのスイーツとして作れるんじゃないですか⁉」
最近食べていなかったからすっかり忘れていたけれど。
シュテープでは主食に近く、パスタと同じくらいよく食べられているお料理だ。
「生地の上にのせる食材をもっとお菓子風にして、ハチミツなんかと合わせれば、お菓子っぽくなりませんか? 見た目もすごく華やかになると思いますし!」
「……なるほど。それは良いアイデアです! サイズを小さめに作れば、一度にいくつものピザ生地を焼くことも出来ますし……時間も、発酵さえなんとかなれば間に合いそうです!」
ネクターさんは慌ててメモ帳へとペンを走らせる。
レシピや食材をどんどんと書き出していく彼の様子は子供みたい。すごく楽しそうだ。
「ネクターさん、私、どんなピザが良いか絵を描いてみます!」
「はい、お願いします。こちらは使えそうな食材と、少しでも簡単に早くピザを作る方法を考えますので」
ホテルの狭いテーブルに身を寄せ合うようにして、お互いにペンを動かす。
互いのペンを動かす音だけが部屋に響いて、それが無性に心地よかった。
*
「……ま…………お……さま……」
「んんぅ~。ケーキぃ? まだまだ食べられますよぉ~……んふふ~」
「お嬢さま」
肩を軽くたたかれて、夢うつつだった私の頭が途端に現実へと引き戻される。
「はぅっ⁉」
カーテンの隙間から外の光が差し込んでいるのが見えて、私はガバリと身を起こした。
「おはようございます、お嬢さま」
ネクターさんもどうやら先ほどまで眠っていたらしい。頬のあたりが真っ赤だし、服装だって昨晩のままだ。
「私、気づいたら寝ちゃってました⁉」
「えぇ、そのようです。僕も、先ほど目が覚めました……。申し訳ありません……」
何に対する謝罪かは分からないが、相変わらずネクターさんの土下座は美しい。土下座しすぎて洗練されている。
「お嬢さまをベッドではなく、このような机と椅子で……」
「そんなの! ネクターさんだってそうじゃないですか! お互い、気づかずに朝を迎えちゃうなんて……ふふ」
面白くてつい笑みをこぼすと、いまだ片側の頬を赤くしたままのネクターさんもつられて笑い声をあげる。
二人とも大人のはずなのに、ベッドへ戻ることも忘れるほど集中してお菓子を考えていたなんて信じられない。
机の上には大量のメモ用紙がちらばっていて、中にはまるでアオが転がったんじゃないかと思うような筆跡のものまであった。
「残念ながら、これは読めませんね」
書いた本人でさえそう肩をすくめるくらいだけど、努力の跡として残しておくのは悪くない。
私たちはテーブルの上を片付けながら、昨日のアイデアを見返していく。
お互いに良いものがあれば見せ合って、イメージを少しずつ固めていく。
「……さて、片付けも終わりましたし、お嬢さまはベッドでお休みになられてください。あまり眠れていないのでは?」
トントンと書類をまとめたネクターさんに促されて、私はボスンとベッドへ体を預けた。
「ネクターさんも、おやすみなさい」
「えぇ、ゆっくりお休みください。また、お昼ごろにお声をおかけしますから」
ネクターさんがフッとやわらかな笑みを浮かべて部屋を出ていく。
心地の良い充足感に満たされて、私は再び眠りについた。




