271.問題だらけのコンテスト
いよいよ、スイーツコンテストが迫ってきた。
コンテストが開催されるコロニーへとやってきたは良いものの、私とネクターさんの表情は暗い。
コンテストまでは後二週間。
猶予こそあるものの、私たちには問題が山積みだ。
「貸キッチンがどこも埋まっているなんて……」
ホテルでさえ危うく満室になるところだったのだ。それよりも数の少ない貸キッチンが、コンテスト前に空いている訳などなかった。
「まさか、二週間前でここまでとは思いませんでしたね」
さすがのネクターさんもこれは想定外だったらしい。
考えてみれば、スイーツコンテストといえば、スイーツの国デシでは絶対にかかせない一大イベントだ。
それが王城のある、デシで一番栄えたコロニーで行われるのだから、すでに人口が今までの比ではない。
加えて、コロニー間の移動が大変なデシでは余裕を持って行動するのは当たり前。
みんなが一同にこのコロニーへ会するに決まっている。
「とにかく、ひとまずはホテルに向かいましょう! 荷物を置いたら、どこかでお茶でもしながら作戦会議でも! キャンセルも出るかもしれませんし」
ここでしょんぼりしていても仕方がない。
私はネクターさんをずるずると引きずるようにして、ホテルへと歩き出す。
「それに……私たち、キッチンを借りても、コンテスト本番で作るお菓子をまだ決めてませんし……」
そう。問題は貸キッチンだけじゃない。いや、そもそも最も問題なのはこれだ。
コンテストで作るためのお菓子。
それをいまだに決められないでいるのだから。
「……考えたら、胃が痛くなってきました」
ネクターさんの顔がサッと青ざめる。
今から本番で作るお菓子を考えるだけでも大変なのに、その材料をそろえることはもちろん、味見を繰り返して分量を決め、コンテストには完璧なものを作って提供しなければならない。
明らかに時間が足りない。
「お嬢さまの練習もまだまだ足りないというのに……」
「うっ……。そ、それは確かに……。でもでも! フルーツの皮むきはホテルでも練習できますし!」
「ホイップの絞りの練習は難しいでしょう?」
「……キャンセル待ち、入りまぁす! はい、キッチン一丁!」
現実逃避に私が野太い声で貸キッチンのキャンセル待ちを祈れば、ネクターさんは肩をすくめる。
やっぱり、どれだけ考えても時間が足りない。
問題の三つ目は、純粋な技術不足だ。主に、というか完全に私の技術が足りない。
こればかりは仕方がないのだけれど、コンテストには制限時間が存在している。決められた時間内にお菓子を作り上げることが出来なければ失格だ。
いかに素早く動くことが出来るか、丁寧に、効率よくスイーツを作り上げることが出来るか。
そこが勝負の分かれ目になる。
「そもそも、三つのお題を全てカバーする、というのはやはり難しいかもしれません。三つ分のアイデアを考えながら、それらを作るための技術を習得するとなると、今日から毎日徹夜しても正直間に合うかどうか……」
「せめて選ばせてくれたらいいのに、当日どのお題が当たるかはくじ引きだなんて!」
「コンテストですから、主催者の意向に応じてルール変更があるのは仕方のないことですよ」
災難とは、去る前にやってくるもので。
私たちは二人で両手いっぱいの問題を抱えている現状にげんなりと肩を落とす。
一週間前、突如として運営さんから発表されたスイーツコンテストのルール変更。
去年までとは全く違った方式をとられたそのルールに、私たちはもちろん、多くのスイーツコンテスト出場者が悲鳴を上げた。
去年までは、コンテストの一か月前に、全員共通のお題が一つだけ与えられ、それに沿ったお菓子を作る、いたってシンプルなルールだったらしい。
お題一つに対して、いかに独創的なアイデアと技術で他と差をつけるかが勝負のカギになる。
それが、今年は三週間前になって突然、三つのお題が発表された。
厄介なのは、三つのうちのどのお題のお菓子を作るのかは当日のくじ引きで決まるということ。つまり、出場者は三種類ものお菓子を考えなくてはならない。
「っていうか! コンテスト当日には、一種類のお菓子しか作らないのに、どうして三種類も考えなくちゃいけないんですか⁉」
なかばやけになって「もう!」と口をとがらせると、ネクターさんは苦笑した。
「コンテストの規模があまりにも大きくなりすぎて、冷やかしのような人まで出場するようになってしまったようですから……。コンテストの敷居を上げて、ある程度出場者を絞りこみたかったのでしょう」
「よりによって今回からですもんねぇ。前回からでも、なんなら、次回からでも良かったのに……」
ネクターさんの答えはもっともだし、理解も出来る。けれど、つい愚痴をこぼしてしまう。
まるで私たちを試しているみたいだ、と思ってしまうのは、あまりにも立ちはだかる壁が高いからだろうか。
「……諦めたくはありませんが、正直、かなり厳しいのは事実です」
ネクターさんも苦々しく呟いた。
「時間があまりにも少なすぎる」
唇を噛みしめるネクターさんの姿に、私の胸がズキンと痛む。
本当は分かっているのだ。ネクターさん一人なら、おそらくなんとかなる。アイデアが出ないと言ってはいたけれど、技術は申し分ないわけだし、独創的なものは難しくても伝統的なデシのお菓子を作り上げることは出来るだろう。
ネクターさんは、料理人として、スイーツコンテストでの優勝を目指している。真剣な気持ちでコンテストと向かい合っているのだ。
料理の出来ない私の練習に付き添って毎晩遅くまで起きているし、私がまだ何のアイデアも出せていないから、ネクターさんはレシピだって考え続けている。
去年のルールならなんとかなる――料理の苦労も知らないで、そんな軽い気持ちで観光を楽しんでいた私に付き合って。
――足を引っ張っているのは私だ。
「……ネクターさん」
私は、前を歩くネクターさんの背中に思わず声をかけてしまう。
お料理のことを、甘く見ていた。
こんなにも深くて、大変で、苦労がたくさんあるって思ってもみなかった。
悔しい。まだ何も努力していないのに、心のどこかで諦めている自分がいる。
「私のことを殴ってください‼」
私の言葉に、ネクターさんが驚いたように振り返った。




