266.波乱⁉ シュガーローズコンテスト(3)
「その勝負、わたくしが引き受けてもよろしくて?」
カツン、と鳴らされたヒールには青いローズがあしらわれていた。洗練された紺色のドレスにもバラの刺繍が施されている。
まるでデシの雪景色を表したような綺麗なブルーシルバーの髪は、ゆるやかにウェーブしていて気品がある。
サングラスをしていて顔は良く分からないけれど、なんだかお嬢さまっぽい!
ヒーローのような登場だった、ということもあるけれど、その美しい佇まいに同性である私でさえ思わず息を飲んでしまう。
彼女の圧倒的な存在感には、言い争っていたおじさん二人も一瞬表情をこわばらせた。
だが、革新派のおじさんは、今更後に引けないと鼻を鳴らす。
「ふん、もちろんかまわないさ。だが、君が伝統派でないとは言い切れない。こいつの仲間だった場合、公平なジャッジにはならないだろう? だから、そこのお嬢さんも一緒にジャッジしてくれ」
突如現れたお嬢さまはチラリとこちらへ視線を送る。
「お怪我はありませんこと? 申し訳ありませんが、わたくしに付き合っていただけるかしら」
彼女はこちらに手を差し出したかと思うと、私の耳元でそっとささやいた。
「大丈夫ですわ、安心してくださいまし。時間を稼ぐだけですわ。どちらにも票は入れません」
凛と通る声に私は小さくうなずく。
この人と一緒なら、なんとかなるかもしれない。
お嬢さまも私の考えを読み取ったように、唇の端を少しだけ持ち上げて、おじさんたちの方に向き直った。
「かまいませんことよ。こちらのお嬢さんもご協力してくださるようですわ」
「二人で俺たちのシュガーローズを審査するだと⁉ それじゃあ、勝負にもならないじゃないか。一対一の場合はどうする? これだから、革新派はおつむが弱くて困る」
伝統派のおじさんが革新派のおじさんをあおれば、
「ハッ! 俺のシュガーローズとお前のシュガーローズが引き分けになるなんてありえないね」
と革新派のおじさんもあおり返した。
周りの人たちは巻き込まれたくないと遠巻きに見るか、面白がってはやし立てるだけ。
なんて不毛な戦いなのだろう。私はつい吐き出してしまいそうになるため息を無理やり押しとどめる。
けれど、隣のお嬢さまは隠さずに一つ大きなため息をついた。
「……本当に自信があるのでしたら、実物をお見せしてくださらないかしら」
ねぇ、とこちらに深い笑みで見つめられては、私も愛想笑いを浮かべるしかない。
「どちらからでもかまいませんことよ。もちろん、先にお見せくださる方こそ、真の勇気がおありなのだと思いますけれど」
まるでおじさんたちをあおるような口ぶりだ。
一体、彼女は何者なんだろう……。
すっかり彼女のペースに巻き込まれてしまったとも知らず、おじさんたちは互いの鉢植えを競うようにしてこちらへ差し出す。
驚いたことに、二人のシュガーローズは全く同じものに見えた。
どちらも真っ赤な花をつけているし、花弁もオーソドックスな丸いカップ咲き。
伝統的だと言われればそうだし、派手さを求める最近の革新派の中では革新的とも言える。
これだけ個性あるシュガーローズコンテストで同じような見た目のものが並ぶ、というのも珍しい。
「なるほど、これはたしかに互いが盗作をしたと考えてもおかしくはありませんことね」
お嬢さまの推測が当たっていたのか、おじさんたちは口々に「そうなんだよ」「こいつが」とお互いを責め合う。
「ですが、香りと味はいかがかしら」
お嬢さまはカツン、とヒールを鳴らし、おじさんたちの前へと一歩進み出る。
それぞれのシュガーローズに鼻を近づけると、彼女はゆっくりとそれらの香りを嗅ぎ分けた。
「あら。まったくの別物ですわね。お二人とも、相手のことを知りもせずに決めつけるのは愚行でしてよ。こちらの花は伝統的なオールドローズの芳香が、一方でこちらは革新的なスパイスの香りがいたします。どちらも良い香りですわね」
お嬢さまはサラリと感想を述べて、それぞれの植木鉢から二輪ずつ、咲いているお花を摘む。
私の元へと戻ってくると「あなたもどうぞ」とシュガーローズを差し出してくださった。
それぞれの香りを確かめれば、彼女の言う通り、まったく違う香りがする。
たまたま見た目が似通ったのだろう。おそらく、伝統的な見た目と香り、そして味を追求した伝統派と、見た目を裏切るような香りと味で革新を追求した革新派が、隣り合ってしまったがためにこんな争いが起きてしまっただけで。
「これ……食べてみてもいいですか?」
「もちろん、よろしくてよ。ねぇ、お二人さん?」
お嬢さまの問いかけに、二人は「もちろんだ」と声をそろえる。存外仲が良いというか、もしかしたらこの二人、よく似ているのかもしれない。
「それじゃあ……」
私はそれぞれのシュガーローズを一つずつ口に含む。
うん、やっぱり。伝統派のシュガーローズは素朴な甘さだ。対して、革新派のシュガーローズはどこかスパイシーで単純な甘さだけではない。
「わぁ! こんなにも似てるのに、全然違って、どっちもすごくおいしい!」
素直に私が感想を述べれば、おじさんたちは顔を見合わせた。
「どちらがおいしいかなんて、私、選べません! こっちの方は紅茶に入れて飲みたいし、こっちはケーキとかに使っても面白そうだし……」
ん~! と目を細めれば、二つのシュガーローズに興味を持ったのか、周囲の人たちも少しばかり賑やかになる。
「ふふ、あなたに協力をお願いして良かったですわ。わたくしも同じことを考えておりましたの」
隣にいたお嬢さまが、初めて年相応の笑みを見せる。いたずらな笑みは、時間稼ぎが終わったことを語っていた。
「さて、審査の時間……と言いたいところですけれど、どうやらお迎えが来てしまったようですわ」
「「お嬢さま!」」
イケメン二人がそれぞれ左右から人ごみをかき分けて飛び出してくる。
一人はネクターさんだ。どうやら騒ぎに気付いて戻ってきてくださったらしい。
もう一人は、私の隣にいたお嬢さまの方へと駆け寄ってきて「戻りますよ!」と彼女の手を引いた。
「あなたがおいしそうに食べてくださったおかげで、丸くおさまりそうですわ。ありがとう」
お嬢さまはひらりと優雅に手を振ると、あっという間に人ごみの中へと消えていき――残された私たちは、呆然とその後ろ姿を見送った。




