243.コロニーの外、雪景色
「さむ……」
私は買ったばかりのコートを着込んでホテルの部屋を出た。
光の祭典が行われるモントブランカへ向かって出発だ。
さすがにコロニーの中とはいえ、朝は冷える。もしかしたら、わざと自然な状態を再現しているのかもしれない。
手をこすり合わせて、はぁっと息を吐く。
ネクターさんとの待ち合わせ場所であるホテルのロビーへと向かって行けば、同じようにモントブランカを目指す人たちなのか、荷物をもった観光客らしき人たちが少しずつ増えてきた。
「おはようございます、お嬢さま」
ロビーに着くと、後ろから声がかかった。
「おはようございます、ネクターさ……ん⁉」
振り向けば、昨日買ったデシのお洋服に身を包むネクターさんの姿が。
まるで王子さまみたいな服装とイケメンな表情が相まって、思わず「うわぁっ」と声を上げてしまう。
「どこの国の王子さまかと思っちゃいました! すっごく良く似合ってます! さすがはネクターさん!」
「お嬢さま……恥ずかしいので、その、少し声のトーンを……」
言われて周囲を見れば、周りの人からニコニコとあたたかな視線で微笑まれていることに気付く。「すみません」と慌てて頭を下げたけれど、すでにネクターさんの顔は真っ赤だ。
ひとまず、「本当に似合ってますよ」と話しをおしまいにすれば、ネクターさんもこれ以上は触れまいと話題を変える。
「それにしても思っていたより寒いですね。コロニーの中でこの気温ですか……」
ネクターさんからすれば、まだコートを着るほどの寒さではないのだろう。コートはいまだ片手に持ったままだが、それでも予想していたより寒かったようで苦笑いを浮かべている。
「コロニーの外に出たら、もっと寒いんですよねぇ。大丈夫かなぁ」
「コロニー間の移動はバスや鉄道ですし、そこまでの道のりを我慢すればおそらくは問題ないかと。ですが、お嬢さま、お風邪などひかれぬようしっかりあたたかくしてくださいね」
ネクターさんはポケットから昨日買った充電式カイロの電源を入れて、私の方へと差し出した。
「ネクターさんは大丈夫ですか?」
「僕は服の下にカイロを貼っておりますから」
なるほど、準備周到だ。私も明日からはそうしよう。
「モントブランカ方面へお越しのお客さま、バスが到着いたします。ご出発のご準備をお願いいたします」
ホテルマンのお兄さんの声が聞こえた。私たちはもちろん、多くの人がロビーを出発する。
ホテルの外には大型のバスが停車していた。次のコロニーまでは二時間ほどの旅だ。
次のコロニーで昼食を食べたら、さらにそこからバスを乗り継ぐ。今日の移動時間は合計で五時間。
それでもモントブランカの麓にすらたどり着けないらしい。
比較的空いていた後ろの方の席に並んで座る。会話は当然、自然と次の街に着いてからのことになった。
「昼食が楽しみですね! ネクターさんは何が食べたいですか?」
「せっかくですからデシらしいものを食べられると嬉しいのですが。花を食べる習慣があるんだそうですよ」
「お花を⁉ あ、でもそういえば、昔、お花チップスを食べたような……」
「えぇ、フライにしたり、酢漬けにしたり、色々と食べ方があるそうなんです」
「すごく楽しみです! デシのお料理はどれも綺麗だし!」
ランチに胸を弾ませていると、バスが動き出した。私たちの視線は窓の外へと移る。
早朝に雨が降っていたのか、草花は朝露に濡れてキラキラと輝いていた。
遠くを眺めれば、コロニーの出口に当たる大きな門も見える。これからあの門をくぐって、本格的なデシの光景を目の当たりにするのだと思うとなんだかドキドキする。
コロニー内の美しい緑あふれる風景、かわいらしい町並みを堪能しているうちに、コロニー出口を表す大きな門が目の前まで迫ってきていた。
「すごい迫力です!」
「荘厳ですね……。この門を一つ作るのに、一体どれほどの時間がかかったのか、想像もできません」
純白に輝く石造りの大きな門には、植物のモチーフが彫られているだけでなく、本物の草花が飾られている。
おそらく魔法か何かで外界と隔たれているのだろう。外の景色は見えず、うっすらと透明な幕が下りている。
見る角度によって色を変える幕を、バスがゆっくりと通過していく。
それは一瞬の出来事で――バスが門を通過した瞬間、窓の外は一面の銀世界となった。
「わぁ……!」
バスの中で歓声が巻き起こる。
この世界から全ての色がなくなったんじゃないか。そんな錯覚を起こすほどに真っ白。
先ほどまで、コロニー内の色鮮やかな風景を見ていたせいで、夢でも見ているんじゃないかと思ってしまう。
「すごいですね、まるで違う国にきたみたいだ」
「大雪じゃなくて良かったですね! これで吹雪だったら、何も見えないもん」
どこまでも高く積もった雪が壁を形成しているものの、遠くにポツポツと木々が生えていたり、岩があったりと、なんとなく地形を把握することが出来た。
街灯が道に沿って点いているおかげか、多くはないが車も走っている。
道路わきの雪が、光に反射してきらめく。シュテープではなかなか見ることの出来ない幻想的な風景だ。
枯れ木のくすんだグレーでさえも美しく際立って見える。
「シュテープでも、山間では雪が積もりますが……この景色はここでしか見られませんね」
ネクターさんもいたく感動している様子で、じっと窓の外を見つめていた。
そんな雪景色が続くこと一時間半。
今度は次のコロニーの入り口を表す門が見えてきた。一面の雪景色の中で、鮮やかな美しいピンク色の門は一段と目立つ。
「コロニー、ブーゲンビリアへと到着いたします。皆さま、お疲れさまでした。降車の際は、お忘れ物のないようお手回り品をご確認の上、お下りください。またのご利用をお待ちしております」
車内アナウンスが到着を告げる。
私とネクターさんは、頭上に取り付けられていた荷物置き場からカバンを下ろして胸元にかかえた。
バスが停車すると同時、私のおなかがくぅ、と音を立てる。ちょうどランチタイムだ。
「おいしいお昼ごはんを食べましょう!」
門をくぐって停車したバスから飛び降りて、私は早速建物が並んでいる方へと歩き出した。




