220.思い出を作る三人(3)
シャキッ! サクッ! ふわっ……。
「んん~っ! おいしいっ……! 玉ねぎがシャキシャキで、お酢のきいた味付けと爽やかな感じが良くマッチしてます‼ しかも、このお魚! 衣はサクッとしてるのに、中はふわっとした身が……すごく甘くて、味付けをまろやかに……」
口の中ではじける様々な食感と、シンプルで軽やかな味わいがお酒にもよく合っている。
爽やかな酸味も玉ねぎやお魚の甘みと相まってすごく食べやすい。
ナーヴィをもう一口、グラスからチビリと飲み干せば――スッキリとした前菜が食欲をさらに促した。
「フランさまは、本当においしそうにお食べになられる。わたくしが料理長の時にも、何度か遠目にお見掛けしておりましたが、目の前で見ると、さらにそれが伝わりますね」
ウェスタさんはサラダを食べながら、ニコニコと嬉しそうだ。ネクターさんもそれには激しく首を縦に振っていた。
「お嬢さまの作ったお魚のお料理、大変おいしいですね。シンプルですが、だからこそ、僕でもしっかりと味を感じられる気がします」
「食感もいいですよね! いろんな食感が楽しめて」
「……うん、アンブロシアくんのスープ風煮込みもおいしいですね」
私たちがお魚料理を楽しんでいる間に、ウェスタさんはネクターさんの作ったお料理に手を付けていたようだ。
感想を聞いた途端、ネクターさんの顔に緊張の色が浮かぶ。
「味見はしたかい?」
「はい。ですが、今の僕が満足のいく味にしようとすると、どうしても味が濃くなってしまいますので、あえて控えめに」
「そうか。うん、それでいい。自然と味覚も戻っていくさ。上品な味でおいしいよ」
ウェスタさんの回答に、ネクターさんはほっと息を吐いた。元上司であり、今の主治医である彼からのコメントは、ネクターさんの自信にもつながりそうだ。
私もネクターさん特製のお野菜のスープ風煮込みを口元へ運ぶ。
「トマトの香りが……! すごくおいしそう!」
お野菜がたっぷりだからヘルシーそうだし、パプリカや玉ねぎ、じゃがいもにキャベツと様々なお野菜が使われていて彩りが良い。
ぱくり。
瞬間、ふわっと優しいトマトの香りとお野菜のほくほくとした食感が口いっぱいに広がる。
優しくて繊細な甘みは、確かに今のネクターさんが感じづらい薄味だ。だけど、薄すぎる、なんてことはなくて、むしろ私にはちょうど良いくらい。
「おいしい……! ウェスタさんが、上品だって言った意味が分かります。無駄な雑味がなくて、すごく食べやすいです! 体に優しい味っていうか……。シュテープの味付けに似てて、それが心にしみる感じがします」
ほぅっと長く息を吐く。
スープ風な煮込み料理なのも、満足感がより与えられて良いかも。やっぱり、ネクターさんってすごい料理人だ。
ネクターさんも自分自身のお料理に口をつけて、スプーンを置く。
ゆっくりと味わってから、遠慮がちに目を伏せた。
「こんなことを言うと怒られてしまいそうですが、実は、お二人に食べていただくまでは自信がなかったんです……。僕には、すごく薄味に感じられるので。ですが、今お二人からの感想を聞いてから食べると、まるで、本当に良い味がするような、そんな気がします」
図々しいですが、と苦笑するネクターさんにウェスタさんが真剣な表情でうなずく。「それでいい」と言っているような、あたたかなまなざしだった。
「クラーケンの墨パスタも、いただいても?」
「もちろん。アンブロシアくんにも、おいしく感じられるはずだよ」
ウェスタさんはさすが元料理長というべきか、自信たっぷりといった表情で笑う。
墨パスタの味付けは、最初に私が炒めた段階でいれた材料の量と、クラーケンの墨ペーストで決まる。
つまり、どちらもウェスタさんの手によるものだ。
私とネクターさんは、黒く色づいたパスタをフォークに絡めていく。
もちろん、輪切りにされたクラーケンの身も忘れずに。
二人でゆっくりとパスタを口に運べば……。
「んっ⁉」
「これは……!」
私たちは互いに顔を見合わせた。
鼻を抜けるニンニクの香り、口いっぱいに広がる濃厚なクラーケンの旨味。ねっとりとパスタに絡みつく墨ペーストは舌触りをなめらかにして、とろけるような食感を与える。
ほんの少しの辛味はトウガラシによるもので、クラーケンのぷりっとした肉厚な身の甘みを引き締める。
「「おいしい……‼」」
私とネクターさんの声が重なる。
それ以上感想が言葉にならない代わりに笑いが止まらなくなって、ついでにフォークを動かす手も止まらなくなった。
「なんですか、これ! すごいです……。ねっとりもったりしてるのに、全然重くないし! コクがあって、旨味が凝縮されてて……ガツンと来るのに食べやすいです‼ しかも、クラーケンの甘みと、トウガラシの辛さが絶妙にマッチしてて……」
天才料理人と呼ばれたあのネクターさんが、前料理長を尊敬していた理由が分かる。
ネクターさんの作るお料理はおいしいと思っていたけれど、それと同じくらいおいしい。
いや、もしかしたら、このパスタだけで言えばウェスタさんの方が……!
そんなことを考えてしまっている時点で、もう彼の実力は明らかなのだ。
ネクターさんはほとんど泣きそうになりながら、ガツガツとフォークを動かしていて……。
「おかわりを、いただけますか……」
恥ずかしそうにお皿を差し出した。
「ネクターさん⁉」
「はっはっは、まさかそんなに気に入ってもらえるとは。アンブロシアくんに認めてもらえて嬉しいよ。僕の料理の腕も衰えてなかったみたいだ」
「衰えるどころか、さらに腕をあげられたんじゃないかと……。初めて、フォロ料理長にお会いした時のことを思い出しました……」
ネクターさんがあまりにも真面目な顔でしみじみと言うものだから、ウェスタさんもさすがに照れくさくなったのかポリポリと頭をかく。
ネクターさんのお皿を受け取って、パスタのおかわりを盛り付けに行ったのは、赤くなった顔を見られないようにするためかもしれなかった。
なごやかに食事が進み、昔話も弾む。
ネクターさんとウェスタさんが一緒にお料理を作れれば、と思っていたけれど、改めて一日を振り返ると、それ以上に思い出を作ることが出来た気がした。




