192.全力とばせ魔法弾!
「二人とも、そろそろ正気に戻ってちょうだい」
スメラさんの声に、私とネクターさんはなんとか我に返る。
心臓はバクバクとうるさいし、手汗はびっしょりだし、視点だってうまく定まらないけれど。なんとか人間の形を保って、スメラさんの方へゆっくりと顔を上げた。
彼女は、ちょいちょいと窓の外を指さしている。
「フィーロを援護してあげなくちゃ。クラーケンに対してやりすぎって言葉はないから」
つられて下を見ると、クラーケンの上を動く小さな人影が見える。
「もしかして、あれってフィーロさんですか⁉」
「えぇ、そうよ」
正直、遠くてあまり姿は見えないけれど、スメラさんが言うのだから間違いはないのだろう。
フィーロさんは、暴れ狂うクラーケンの触手をものともせずに移動していく。
とても人間とは思えない身体能力だ。いくらドラゴンハンターといえど、さすがに夢でも見ているんじゃないかと目をこすってしまうほどには。
私とネクターさんが呆然とその光景を見つめていたその時――
クラーケンの触手がカッと明るく光ったかと思うと、すさまじい爆音が鳴り響く!
巨大なクラーケンの触手が空へと吹き飛んで、そのまま海へダイブ。水上機を飲み込むほどの水柱が立ち、スメラさんによって機体が傾けられる。
「ふぉぁぁっ⁉」
「さ、そろそろ二人の出番よ」
水上機が旋回を終えると同時、水柱は崩壊、海面が大きく揺れた。
「なっ⁉」
何が起きたのか、まったく分からなかった。
陸地からの大砲が当たったのかとも思ったけれど、弾道は見えなかったし。
まるで、魔法がさく裂したかのような、そんな一瞬の出来事だ。
「あら、魔法を見るのは初めて?」
ひょうひょうと運転を続けるスメラさんは「もう一度、足元を開くわね」と今度は私たちに予告して、ゆっくりと水上機の足元を開ける。
「ま、魔法⁉」
「あら。フィーロったら。言葉足らずは相変わらずね。彼女、魔法使いなの。ちなみに、私もね」
スメラさんはパチンとウィンクを一つ。
「えっ⁉」
「さ、おしゃべりはここまで。フィーロもさすがに一発撃ち込んだ後じゃすぐには動けないから、この間に頑張らなくちゃ。麻袋を開けて」
突然の魔法使い宣言に思考が停止しそうになるけれど、スメラさんの指示がそうはさせてくれない。
パニックな中でも分かりやすい簡潔な指示。明瞭な声色が、私とネクターさんの腕を自然と動かす。
麻袋を開くと、中には大量のガラス瓶が入っていた。ガラス瓶の中には、何やら赤や白、黄色の球体がふわふわと浮かんでいる。
紅楼とズパルメンティの境界線で見たものに似ているような。
「私が手をあげたら、二人は瓶を下に向かって落としてちょうだい」
「全部ですか⁉」
「一度に一つでいいわ」
「わかりました!」
私の返事にスメラさんはにっこりと温和な笑みを浮かべると、すぐさま前を向いてハンドルを切る。
「今まで以上に揺れるから、袋を落とさないようにね」
機体はゆっくりと傾いたまま、だんだんとクラーケンへ迫っていく。
「今!」
スメラさんの手が上がる。
クラーケンの頭上。一瞬だけど、フィーロさんの姿が見えた。
私とネクターさんは開いた足元から一つ、麻袋の中に入っていたガラス瓶を海へと向かって落とす。
風に乗る間もなく、重力に引っ張られるように落下を続けるガラス瓶はまもなくクラーケンへと着弾し――
パァンッ‼ ダァンッ‼
続けざまに二発の激しい音が上がり、すさまじい爆風が足元から吹きあがってくる。
再び大きな水柱が立ったかと思うと、クラーケンの甲高い悲鳴がキィンッと耳に痛いほど響いた。
「なっ……なっ……⁉ なん……⁉」
今、私が投げた瓶って一体……⁉
一国をも吹き飛ばしてしまいそうな威力のそれは、とても一般人が触って良いものとは思えない。
「ふふ。良いでしょう? 私のお手製の魔法弾よ。さ、もう一発」
スメラさんの表情こそ見えないが、声色はとてつもなく楽しそう。最も敵に回してはいけないタイプだと本能が察知する。この人、やばいかも。
「いくわよ~!」
機体が大きく旋回する。
眼下では、スメラさんの魔法弾をまともに受けたクラーケンが痛みで暴れている。
水上機を狙うように振り回される触手を、上へ下へ、はたまた右へ左へと避けながら、スメラさんが再びサッと手をあげた。
私とネクターさんは必死に振り落とされないよう耐えながら、二つ目のガラス瓶を足元へ落とす。
狙いなど定められない。だが、操縦手の腕が良いのだろう。ガラス瓶の落ちる先は、決まってクラーケンの上だ。
ピシィッ‼
今度は何かが軋むような音。いや、正しくは――
「凍ってる……⁉」
海面からクラーケンの体を覆う真っ白な氷。今まさに、私とネクターさんによって生み出された人工的な逆氷柱。クラーケンは三度悲鳴を上げた。
「同じ瓶をこのタイミングで投げてくれるなんて、やってくれるじゃない」
スメラさんは満足そうに言うと、機体をさらにクラーケンへと近づける。相手が凍っているから、今がチャンスだと言わんばかりに。
「さ、ラスト一発。大きいのをよろしくね!」
スメラさんがクラーケンの顔面ギリギリまで機体を寄せる。
それこそ、クラーケンの恐ろしい瞳とばっちり目が合うくらいには近くて、一歩間違えたら死んでしまいそうだ。
怖さのあまり、他のことは考えないようスメラさんの手だけに集中する。
スメラさん、早く!
そう祈った瞬間、彼女の手があがった。
「お願いします‼」
私とネクターさんは、同時に最後のガラス瓶を落とす。
瞬間、水上機はほとんど直角に上昇し、私たちの背中と座席がドンッと激しくぶつかった。
ドォォンッ‼
クラーケンの近くでぶつけたからだろう。
今までにないほど派手な音が海いっぱいに響き渡った。
「うん、上出来!」
スメラさんは「ふふふ」と楽しそうな笑い声をあげている。
勝ったのだろうか……。
いや、あの距離で、あれだけの威力の魔法弾が直撃しているのだ。いくらクラーケンといえど、無傷ではいられない。
スメラさんの様子からしても、勝てたのかも。
怖いもの見たさから私がクラーケンの方へ視線をやると――
「う、うそぉぉぉおっ⁉」
体の半分を吹き飛ばされてなお、こちらへと触手を伸ばしているクラーケンの姿が目に飛び込んできた。




