19.国を代表する料理(3)
「お嬢さまのパスタは、その名の通り、ファルファッレと呼ばれるパスタに、サンサントマトのクリームソースを和えたものです」
「この可愛いリボンみたいなパスタが、ファルファッレですね!」
「中心にいくほど生地が分厚くなっているのが特徴です。食感が変わって面白いんですよ」
「ほんとだ! 真ん中が分厚いですね!」
お皿に盛られたファルファッレをじっと眺める。可愛らしい形のわりに、その大きさや厚みは重量級だ。
これは食べ応えがありそう……。
「濃厚なソースによく合います。サンサントマトは通常のトマトより味が濃いですし、それをさらにクリームで仕上げているので、まさにファルファッレにぴったりかと」
料理長の説明に、そういえば、と挙手をする。
「はい! 料理長!」
「なんでしょう?」
「サンサントマトは今が旬だって言ってましたよね? 普通のトマトって、確か夏が旬じゃなかったですか?」
さすがに私でもそれくらいは知っている。というか、夏にエンテイおじいちゃんが「トマトがたくさん採れたから」とお父さまに届けにきたことがあったのだ。
冷やしてからお塩をちょっとふって食べたあれはおいしかったなぁ……。
「その通りです。サンサントマトは通常のものより陽の光をたっぷりと浴びて、じっくりと熟すよう品種改良されたものでして。夏に収穫するよりもさらに時間をかけて陽に当てておき、秋に収穫するんですよ」
「ほえぇ……秋に採るから、その分いっぱいおひさまを浴びてる、的なことですね」
「そうですね。長期間熟成をするので、甘みや旨味が実に凝縮されるんだそうですよ」
やっぱり、ちゃんと聞いてよかった!
なんとか効果ってやつだと思うけど、目の前のサンサントマトはさっきより赤く、おいしそうに見える。
「料理長の鋼鉄貝は、今が産卵期だから栄養いっぱいでおいしいんでしたよね!」
「よく覚えておりますね。鋼鉄貝は、殻が硬くて外敵から攻撃されることも少ないので、元々身はよく引き締まっているのですが……この時期のものは格別ですよ」
茹でたパスタケの上にゴロゴロとのっかっている鋼鉄貝。ぱっくりと口を開けた貝殻から、プリッとした鋼鉄貝の白い身がのぞく。
「そっちもおいしそうです!」
「後ほど一口差し上げますよ」
多分、だけど、私からパスタを守るためだろう。料理長は手早く会話を切り上げると、そっと自らの手元にお皿を引き寄せた。
どちらともなく両手を組む。
「「我らの未来に、幸あらんことを」」
二人で挨拶をするのも、お互いの未来を祈るのも、だんだんと様になってきた。
この挨拶の意味だって、旅に出てから初めてわかる。
ご飯を食べて、命をつなぐってことが、未来の幸せを祈るってことが。どれほど大切なことか。
「お嬢さま?」
食べないのですか、と尋ねられ、私は「食べます!」とフォークを握る。
本当はスープやサラダから食べるべきなのかもしれないけれど、今日はそんなことも言ってられない。
まずはパスタ。
クリームソースの海に浮かぶファルファッレにぷすり。
やわらかく、けれどしなやかに刺さったフォークの感覚に鼓動が弾む。
ふわりと立ち込めた湯気が顔を撫で――ニンニクの香りが食欲をそそる。
しかも、クリームの優しい香り。サンサントマトの甘酸っぱい香りまで。
これだけで幸せに浸れそう。
でも……食べてこその料理!
パクリ。
「ん! んぅ~~~~!」
想像以上にもっちりとしたファルファッレに、濃厚なクリームが絡む。
口の中にどっと旨味が流れ込む。
パスタケの香ばしさと塩気が優しいクリームソースと合わさり、サンサントマトの甘みが引き立つ。かと思えば、ガツンと鼻をつくニンニクがそこに加わって、次の一口を急かすよう。
けれど、サンサントマトの酸味のおかげで、後味はさっぱりと感じるくらいだ。
「最高! 最高です、料理長‼ クリーム自体は濃厚なのに、ちゃんとトマトの甘みとかもわかるし、ニンニクもいっぱいきいてておいしいし! しかも、この、ファルファッレのもっちり感が最高です! すっごく満足感があって!」
感動をまくしたてると、スープを飲んでいた料理長がクツクツと肩を揺らす。
「本当に、何度聞いても気持ちが良いですね」
料理人にとっては最高の誉め言葉だ、と料理長は付け加えた。
「そういえば、お写真は撮らなくても良いのですか? せっかく先ほど買ったんですから、ウェアマグをお使いになられては」
「はっ! そうだった! あんまりにもおいしそうすぎて、忘れてました!」
私はカバンからゴソゴソと魔法のメガネを取り出して、画面を起動する。
メガネのフレームについてるボタン一つで使えるし、音声操作も出来るから、カードよりも便利かも。
目の前のサンサントマトのパスタをぱしゃり。
それからそのまま視線を上げて、目の前の料理長をぱしゃり。
「……また僕を撮って。旦那さま方にお送りするお嬢さまのお写真もお撮りしましょう」
「いいんですか!」
「あまり期待はしないでくださいね。写真など、撮り慣れておりませんから」
料理長は明らかに撮られる側の人間だもんね、と私が魔法のメガネを渡すと、彼はかけていたメガネを外して付け替えた。
料理長はどんなメガネでも似合うみたい。さすがイケメン。
「あまり気にせず召し上がっていてください。適当に撮っておりますから」
料理長もそのまま食事をするようで、私も言われた通りパスタへ口を運ぶ。
次は、サンサントマトの実にフォークをぷすり。
ファルファッレよりも固く、プチ、と皮を貫通した感触がフォーク越しに伝わった。けれどその後はするすると入っていって、最後は熟した実からじゅわりと果汁があふれる。
ファルファッレに負けない大きさだ。つやっとした赤がまぶしい。実から滴る果汁もほんのりと赤みを帯びている。
えい、と口の中へほうり込めば、瞬間、トマトとは思えないほど濃厚な甘みが広がった。
「わぁ! おいひいです! やわらかくて、舌でつぶせちゃうくらいっていうか……トマトじゃないみたいです! とろける~みたいな!」
えへぇ、とだらしなく笑うと、ぱしゃり、と音がした。
「むあ!」と思わず奇声が出る。変な顔を撮られた気がする。
「素敵なお顔でしたよ。とてもおいしそうで。きっと、旦那さま方も安心なさるでしょう」
料理長はニコリとイケメンスマイルをはなつと、メガネを付け替えて、さっさと食事へ戻ってしまった。




