18.国を代表する料理(2)
お店の中は思っていた以上に広くて、お客さんもたくさん入っていた。混んではいないけれど、厨房の慌ただしさと相まって賑わっている。
調理をする音以外に、ゴリゴリと石臼でパスタケの粉ひきをする音やトントンとパスタの生地を成形する音が聞こえて面白い!
厨房の奥が工房のようになっているらしい。パスタケの香ばしい匂いが漂う。
「いらっしゃい! 空いてる席にどうぞ!」
コックコートに身を包んだ大柄なおじさんに気前の良い挨拶を受け、私たちは工房に近いテーブルを選ぶ。
粉ひきやパスタの成形を見るのは初めてで新鮮だ。
パスタケを細かく手で折って石臼に入れ、ひたすらゴリゴリ。石臼の下からパスタケの粉が出てくる。
「あの粉を水やソース、様々な下味や具材と混ぜて、様々なパスタ生地を作るんです。それをいろんな形にしているのが、あの奥の方々ですね」
料理長が、生地をペチペチと丸めたり、四角く切ったりしている人たちの方を指さした。
「はい! 料理長!」
「なんでしょう?」
「パスタの味を変えるのは分かりますけど、形はなんで変えてるんですか?」
「ソースとの相性や食感の違いでパスタをより楽しむため、ですかね。同じソースでも、形が違えば味が違う、なんてこともあるんですよ」
「形が違うだけで⁉」
「ソースの絡みやすさが変わるので、うまく使い分ける必要があるんです」
「ほぇぇ! 知らなかったです!」
「パスタと一口にいっても様々ですし、料理人の腕がためされる最もシンプルな料理かもしれません」
「なるほど~! お料理する人もすごいですね!」
「それほど昔から様々な食べ方で親しまれてきた、ということですね」
「だから、シュテープといえばパスタ、なんですね!」
料理を知ればその国の文化がうんぬん、という料理長の言葉を思い出す。
確かに、お料理って絶対にどこの国にもどの時代にもあるものだもんね。食べなきゃ死んじゃうんだもん。
当たり前みたいなことだけれど、実感するとますます面白い。
この国の気候やパスタケの生育のこと。今まで気にしていなかったことなのに、分かった途端すごいものに見える。
「一人暮らしがなんで貿易の勉強になるんだろうって思ってたんですけど、お母さまたちの言ってることが分かる気がします。賢さレベルが十は上がりました!」
「賢さレベル……」
「超すごいです!」
「お二人さん、注文は決まったかい?」
目の前に水の入ったグラスが置かれて、私たちは会話を中断。
「僕は鋼鉄貝のボンゴレを」
「私はファルファッレのサンサントマトクリームソースをお願いします!」
「はいよ! どっちも今が旬でうまいからな! 楽しんでいってくれよ」
バチン! とウィンクを投げかけられ、私もパチン! とウィンクを返す。
そのままおじさんと顔を見合わせてにっと笑うと、おじさんは上機嫌に口笛を一つ。
「最高のを出してやるから待ってな」
「……本当に、お嬢さまはなんというか」
「ほえ?」
「いえ。なんでもありません。せっかくですから、パスタの話に戻りましょうか」
パスタケはストローみたいに中が空洞になっていて、そのおかげで元々ソースに絡みやすかった、とか、その空洞の大きさを見極めて茹で具合を確かめるんだ、とか。
パスタケをあえて粉ひきして成形したのはいつからで、どうしてだ、とか……とにかく料理長の話は分かりやすかった。
シュテープの歴史とも大きく関わっているようで、はるか昔にはパスタが発端となった戦争まで起きたらしい。料理長の真面目なギャグかと思うくらいびっくり!
「本当ですよ」
念押しする料理長もどこか呆れ気味だ。
歴史だって学校で勉強していたし、家庭教師の人にだって来てもらっていたけれど、こうやって自分の好きなことと絡めて覚える方が楽しい。
少なくとも、パスタ戦争は絶対に忘れない。
「盛り上がってるところ悪いね、お待たせしちまったか?」
「いえ。ありがとうございます」
にかっと白い歯を見せて、おじさんは大きなプレートをドン、と私たちの前に二つ。
「わぁっ!」
私の顔以上の大皿に山のように盛られたパスタに、サラダとスープがついてきて、テーブルの木目が見えなくなってしまった。
「ここは量が多いんですよ、本当に」
だから野いちごパスタをデザートにしようと言った時、びっくりしていたのか。
さすがの私も二品は無理そうだった。『様子を見る』を選択した私、えらい!
「お嬢ちゃんは初めてかい?」
「はい! 料理長がおすすめしてくれたんですけど、とってもおいしそうです!」
「兄ちゃんは料理長か! そりゃ、ありがたいね! 普通ならパスタの説明をするんだが……兄ちゃんがいるなら任せちまってもいいか?」
ちょうどお昼時でお店も混んできた頃合いである。
お客さんも増えてきて、どうやら忙しくなってきたらしい。言葉こそ冗談めかしているが、おじさんの態度はあからさまに本気だった。
「僕は専門家ではないので、その……」
「いやいや、簡単でいいさ。食べてもらえばうまいことは分かるんでな! 嬢ちゃんに、パスタとシュテープの魅力を伝えてやってくれよ!」
「荷が重いのですが」
料理長の言葉に、ガハハとおじさんは笑って「大丈夫、大丈夫!」とその場を離れてしまった。
なんとも緩いお店だが、料理長に言わせれば「シュテープのお店なんて、大体こんなもの」らしかった。
「では、僭越ながら……」
料理長は冷めてしまうので簡単に、と前置きをして口を開く。
今までなら、きっと無視してパスタを口に放りこんでいただろう。だって、目の前でほくほくと湯気を立てているパスタはこんなにもおいしそうなのだ。
サンサントマトはつやつやと赤く色づいていて、いかにも濃厚そうなピンクベージュのクリームソースからはニンニクの良い香り。
ソースの合間にのぞくファルファッレもカラフルで可愛らしく、茹でられたばかりだから表面はツルンと輝いている。
でも、食材のことをちゃんと知ってから食べると、もっとおいしい。
それを実感したら、話を聞かないわけにはいかなくて。
耳を料理長の話へむけつつ、視線をパスタへ向けた。




