17.国を代表する料理(1)
「パッスッタ~!」
「お嬢さま、あまりはしゃぐと転んでしまいますよ」
「もうそんな年じゃないですよ!」
最低限必要なものをそろえた私たちに、ランチタイムが訪れる。
料理長おすすめのパスタギルドまであと少しなのだ。スキップと鼻歌が漏れてしまうのもしょうがない。
「お嬢さまは昔からパスタがお好きでしたね」
「はい! シュテープといえばパスタ、パスタといえばシュテープ! でしょう?」
「えぇ。よくご存じですね」
「お母さまが口癖のようにおっしゃってるもの! さすがに覚えますよ」
「奥さまもパスタがお好きですからね」
「これは完璧に血筋ってやつです」
ドヤ顔を決めると、料理長は「当たり前です」の言葉を飲み込んだ。「あたりまえで……」まで口からこぼれていたから、隠しきれてはなかったけど。
「いつからシュテープはパスタ! なんですか?」
「正確に分からないほど昔から、だそうですよ。この国は昔からパスタケの栽培が盛んでしたから」
「あちこちに生えてますもんね。もはや雑草レベルです」
ほら、あそこにも。膝下くらいの高さまで直立したパスタケが、道の影からひょこりと顔を出した。
「シュテープの温暖な気候が、パスタケの生育に適しているのでしょう。元々、かなり繁殖力の高い植物ですし。この辺りはパスタギルドも近いので、運ばれてきた際に種が落ちたんでしょうね」
「へぇ~! めちゃつよですね! 水やりとかしなくても育つなんて」
「地下深くに根を張り巡らせて、土にしみ込んだ水をたくさん吸収できるんだそうです」
とにかく細いし、長さだって膝丈くらいにしかならないから、見た目は弱そうなのに。
「パスタケってすごいんですね。なんにでも合うし、おいしいし!」
「えぇ。まさに、この国の代表的料理ですよ」
アレンジの幅も広くて、と料理長が料理談義を始めたところで
「良い匂い!」
お店の外にまで漂う香りが、私のおなかをぐぅ、と鳴らした。
パスタギルドの看板よりも先に、香りが届いてきたようだ。
しかも、パスタソースの香りだけじゃない。パスタケ本来の香ばしいような、おひさまみたいな匂いがするのは、粉ひきもやっているからだろう。
「混んでなくて良かったです!」
「市場の方にもパスタギルドはたくさんありますから、ここまで足を運ぶ人も多くはないのでしょう」
お店の入り口に立てかけられたメニュー看板を発見して駆け寄ると、これでもか、とたくさんのパスタの名前が並んでいた。
「わ! メニューがいっぱい!」
「ソースだけでなく、パスタの種類も色々選べるんですよ」
「ほんとだ!」
短くて可愛らしいショートパスタから、パスタケの形そのままのロングパスタ、平打ちパスタみたいな太いものまで。イラストが描かれていて分かりやすい。
それにソースを組み合わせるのだから、メニューもいっぱいになるわけだ。
「可能性が無限大すぎます!」
「えぇ。散々悩んだ挙句、今日のおすすめにしてしまうんですよね」
「今日のおすすめ!」
迷ったら、おすすめを食べると良い。
そう言ったのは、どこの偉い人だろう。まさにその通りだ。
だって、おすすめなんだもん!
「今日のおすすめは……あぁ、ここに」
「えっと、鋼鉄貝のボンゴレに、ファルファッレのサンサントマトクリームソース……あ、この海色のミルクパスタとかも素敵! 後は……野いちごパスタ⁉」
乾燥させた野いちごを、粉ひきしたパスタケと一緒に練りこんでパスタにしたものらしい。しかもソースも野いちごを使っている。
ピンク色の見た目はとってもキュートだけど……。
「これはデザートですね!」
「デザート?」
「一個食べて、まだ食べれそうだったら頼みます!」
「本気ですか⁉」
「パスタは飲み物!」
料理長が明らかに顔をひくつかせて「量が多いので、無理はなさらずに」と補足する。
そっか。でも、無理なら、また今度くればいっか!
とりあえず、残る三つの中から一つを選ぶことにする。
海色のミルクパスタはとにかく見た目が超かわいい!
特別な材料から作られているらしい綺麗な青いクリームに、甲殻星ヒトデが添えられていて、まるで夜空みたい。
しかも、だ。
「とある場所から旅をしてきた、綺麗な目を持つ魔女が伝えてくれました、だって!」
「へぇ。面白いですね。甲殻星ヒトデは、冬が旬だと思っていましたが……秋にも水揚げされるんですね」
ちょっと会話はかみ合わなかった。さすがは料理長、目の付け所が違う。
私は魔女の方が気になったんだけど、料理長は甲殻星ヒトデの方が気になるみたい。それに、特別な材料とやらが何なのかを必死に想像しているみたいだった。
「ちなみに、料理長はどれにするんですか?」
「僕は鋼鉄貝のボンゴレにしようかと。この時期のものはおいしいんですよ」
料理長はここでも即決だ。
もしかして、料理の知識がたくさんあるから、ご飯を選んだりするのも早いのかな。
「貝にも旬とかあるんですね」
「もちろんです。鋼鉄貝は、ちょうど今が産卵期なんですよ。最も栄養を蓄えていて、身が大きい時期で」
ぷりっとした大きな鋼鉄貝のつややかな身を想像しただけで、よだれが出そう。
よく見るのは生のもので、貝殻の上に真っ白でまるまるとした身が鎮座しているものだけど、パスタにもまるごと使われているようだ。
「うぅ……そう言われたら捨てがたいです! それも食べたいし、迷います!」
「必要でしたら、一口差し上げますよ。せっかくですから、違うものを頼まれてはいかがでしょう。そうすれば、二品食べられますし」
神の一声に、私は思わず料理長に両手を合わせて祈りを捧げた。
ありがとうございます、料理長さま! あなたさまのおかげで、私はたくさんパスタが食べられます!
「ファルファッレのサンサントマトクリームソースか、海色のミルクパスタか……」
正直、甲乙つけがたい。
だって、どちらにもそれぞれの良さがあるのだ。
赤と青。対照的な二つの写真とにらめっこしていたら、料理長……もとい、料理神から
「サンサントマトは今が旬ですよ」
とご神託を受けた。
あの料理神が『旬だ』と言うのだ。
おいしいに違いない。真っ赤に熟れたサンサントマトが写真でも眩しくきらめいていて、口の中にトマトの濃厚な甘みと酸味が押し寄せる。
思わずゴクリと唾を飲み込んで、深呼吸。
スー……ハーッ……。よし、決めた!
「今日のお昼は、サンサントマトのパスタにします!」
今回登場したパスタは全て、以前Twitterにて #おかわりしたい異世界料理 で募集させていただいたアイデアを使用させていただきました!
鋼鉄貝のボンゴレを考えてくださいました高見南さん、ファルファッレのサンサントマトクリームソースを考えてくださいましたトドさん、野いちごのパスタを考えてくださいましたあみださん、海色のミルクパスタを考えてくださいました友則さん。
本当にほんとうに、ありがとうございました!
その他にもたくさんのアイデアをご応募くださいました皆さま、本当にありがとうございます♪♪
今後も #おかわりしたい異世界料理 にて募集させていただきます! ふるってご参加いただけましたら幸いです*
これからも何卒よろしくお願いいたします~!




