169.その妙薬の手がかりは
おいしいご飯と気持ちのよい温泉でリラックスした私たちは、宿のロビーに集まった。
「良い物を見つけた」
そう切り出したのはエンさんで、彼は「受付にあってな」と、一枚の紙を広げる。
「沙漠観光案内?」
「砂漠の海について考えてみたんだが……」
一面の砂漠が描かれた見開きのページ、その一部をエンさんがトンと指さした。
ちょうど綺麗な湖のあたりだ。
「オアシスだな。砂漠の海というには申し分ない。貴重な水源だから、多くの生物や植物も集まる」
「これは湖では?」
「たしかに、海っていうには小さいですけど……あんまりこの町から遠くないみたいだし、行ってみてもいいんじゃないでしょうか!」
「ですが、僕のせいでお嬢さまを連れ回すわけには。それに、妙薬なんてものが本当にあるかも分からないですし……」
「大丈夫です! 元々砂漠に行きたいって言ったのは私なんですから!」
無駄足になるかもしれないけれど、綺麗な景色であることは間違いない。ならば、それを見られるだけでも良い旅の思い出になるはずだ。
観光案内に書かれている内容を信じるのであれば、歩いても一時間程度。
往復したって半日程の時間しかかからないのだから、行かない方がもったいないくらい!
「問題は、ここにいつ行くか、だな」
「はい!」
「どうした、お嬢さん」
「月が満ちる時って辰子さまはおっしゃってましたよね? 月が満ちるって、満月のことだと思うんです」
私の言葉に、ネクターさんとエンさんは顔を見合わせる。同時、二人はそのまま窓の外へと視線を向けた。
月の形を確認した二人は、同時にほっと胸をなでおろす。
「あの月の形だと……満月までは一週間ほどありそうですね」
「そうだな。タイミングとしては悪くない」
この辺りをしばらく観光して、満月の日にオアシスへ行けばいい。
辰子さまの言う通りならば、そこで次の妙薬が手に入るはず。
「問題は、その妙薬がなんなのか、だな……」
また焔華結晶の時みたいにネクターさんが倒れちゃったりしたら大変だ。今度は砂漠の真ん中だし、私たち以外に頼れる人もいない。
妙薬がなんなのかを調べられたら一番だけれど、せめて、後一人、お医者さまみたいな人がいれば……。
満月の日を迎えるまでの一週間で何らかの手を打っておかなければならない。
「エンやお嬢さまの言う通り、もし、このオアシスで妙薬とやらが本当にとれるのなら、この町ではすでに噂になっているのでは?」
「それもそうだな。じゃ、明日から聞き込みしよう。お嬢さんとネクターは、観光ついででかまわないさ」
エンさんが話をまとめ、私たちの作戦会議はお開きとなった。
その後は「息抜き」になんて、卓球を楽しみ――私たちの沙漠一日目の夜は終わりを告げた。
*
翌朝、私たちはエンさんに沙漠の町を案内してもらいながら聞き込みを始めた。
貿易の中継地点として栄えているだけあって、様々な情報が手に入る。
オアシスについてはもちろん……妙薬についても、あっさりと正体が判明したのだ。
「妙薬……あぁ、こいつのことじゃな?」
おじさんが指さしたのは軒先に繋がれたユニコーン。
「ユニコーン?」
「ユニコーンの角が妙薬になるってのは、この辺じゃ昔から有名じゃよ。お嬢さんたちは観光客かい?」
「はい、シュテープから」
「そうかい。シュテープじゃ、ユニコーンの角は薬として使わんのかね? ユニコーンの角には浄化作用があるって話は聞いたことがないのかい?」
おじさんの話に、私とネクターさんが顔を見合わせる。
シュテープでのユニコーンといえば、それこそレースで競わせるか、お肉として食べるか、の役割が主だ。薬になるなんて話は聞いたことがない。
「同じユニコーンでも種類が違うのかもしれません。シュテープでは、そのような話は一度も聞いたことがありませんから」
ネクターさんが首を横に振ると、おじさんは「そうか」とうなずいた。
「まあ、魔物ってのは、環境によって形を変えるというからの」
「形を変える⁉」
「ほっほ、お嬢さん、別にユニコーンが犬になるわけじゃないぞ。環境に合わせて、進化するって意味じゃ」
おじさんは「例えば」と自らの愛ユニコーンを撫でる。
「この角はいわば、自分の身を守るための道具なんじゃ。敵を刺し殺すことも出来るが……砂漠地帯のユニコーンは、貴重な水を安全に摂取するために水を浄化する力を持つ」
「水を? でも、オアシスがあるし……オアシスの水って綺麗じゃないんですか?」
「綺麗に見えても、安全とは限らんじゃろう? それに、正しく言えば、この浄化作用は水に限った話じゃない。液体なら、毒であろうと浄化する。砂漠にいる毒ヘビに対抗する手段の一つなんだそうじゃよ」
シュテープでは、水を確保する必要もなければ、毒ヘビに襲われる心配もない。
だからこそ、ユニコーンは進化ではなく退化してしまった。その時、角にあった浄化作用も弱まったのだろう。
おじさんの解説を聞いて、私たちは「なるほど」とうなずいた。
さすがのエンさんも、ユニコーンの角にそのような性質があるとは知らなかったようだ。
なんでも角は食材として使えないうえ、紅楼でもユニコーンがいる地域は少ないから、ということらしかった。
「あの、ちなみになのですが……ユニコーンは、満月の日にオアシスの近くに現れたりしませんか?」
「なんだ、兄ちゃん。それは知ってるのかい」
ネクターさんからおじさんへの問いは、その返事であっけらかんと肯定された。
「おそらく繁殖のためだって話だが、満月の夜は必ず決まって水場に現れるぞ。どうしてだ?」
「い、いえ。実は、その妙薬を手に入れられないかと……」
おそらく、今の話を聞くにユニコーンの妙薬もドラゴンの焔華結晶同様、魔素がもとになっているはずだ。
ネクターさんは言葉を濁したけれど、ドラゴンと同じ性質を持っているとなれば、生きているユニコーンを捕まえて角を頂戴するしかない。
そんな私たちの考えを読んだかのように、おじさんの眉がピクリと動く。
先ほどまでの穏やかな雰囲気は一変。おじさんの表情は険しくなった。
「もし、お嬢さんたちがユニコーンを捕まえようって言うんなら……悪いことは言わねぇ。それは、やめといたほうがいい」




