164.突然の新たなヒント?
「見つけタ」
「ひっ……⁉」
窓の外に突如現れた少女に私は息を飲む。彼女はまるでさも当たり前かのように窓を開けて、私の前へと降り立った。
ツカツカとこちらに向かって歩いてくるその姿は、妖しくもどこか洗練された雰囲気があって目が吸い寄せられてしまう。
後ろで三つ編みにされた長い純白の髪、しなやかな腕と足、紅楼の歴史書に出てくるような武人の格好。
どう見ても普通の人じゃない。
……っていうか、この人、見つけたって言った⁉ 何を? 私のこと⁉
「ど、泥棒‼」
咄嗟に出た言葉はそれで、慌てて出した手足はちぐはぐで。それでも気合で体勢を立て直し、扉の方へと駆け寄る。
すぐ隣にはネクターさんとエンさんがいる。とにかくそこまで……。
「っ⁉」
「静かにしロ。我を賊などと一緒にするナ」
全速力で飛びのいたはずなのに、私の体はなぜか彼女の柳のような腕にからめとられていた。彼女の方が小柄に見えたにも関わらず、だ。
ふさがれた口元にひやりとした冷たい肌の感覚。そのなめらかさは陶磁のようでもあり、ドラゴンの鱗のようでもあった。
「まったク。なんでこんなヤツ」
小さく悪態をつく彼女は、私の口元にまわしていた手を離すと、そのまま私の額を軽く手で払うようにパサパサと撫でる。
「ご丁寧に印までつけおっテ。最初から我を送るつもりだったナ、あのおばばメ」
なんだか良く分からないけど、私、このまま殺されちゃうのでしょうか……。おばばって誰ですか? 印なんてつけられてませんし! せめて最後にネクターさんとエンさんにお別れを……。
「あァ、もウ。うるさいネ、貴様の命など欲しくもないワ」
少女は面倒くさそうに私を解放すると、私のことを頭のてっぺんからつま先まで値踏みしてため息を吐き出した。
「しかモ、異国民だなんテ。あの珍しいもの好きメ」
「……だ、誰……」
「我を知らぬとハ。これだから異国民は嫌いダ。我は辰子。おばばに頼まれテ、仕方なくここに来タ」
「おばばって?」
「それも知らぬのカ? おばばメ、また人の子をからかいおっテ。……貴様、祝君好運、この言葉に聞き覚えハ」
「……まさか!」
老光旺飯店の温泉で出会ったおばあさまのことが鮮明によみがえる。
「違いないようだナ。人間のくせに我の力を求めるとハ、なんとも身の程知らずナ」
「ほぇっ⁉」
辰子さんの力を求める……?
おばあさまにはたしかに、悩んだ時には自然に聞くと良いと言われたけれど。少なくとも、この辰子さんのことは考えてもみなかった。
しかも、いきなり言われても、まったく心当たりがない。
どういうこと?
私の頭は混乱を極めた。
……にも関わらず、私の声が大きかったのか、隣の部屋からバタバタと音がして「お嬢さま⁉」と扉が大きく開かれ――状況はますます混乱を極めたのだった。
*
「……えぇっと、つまり……こちらの辰子さんは」
「辰子さまと呼ベ」
「……辰子さまは、お嬢さまが先日お会いした仙人老婆の遣いであり、仙人老婆の代わりにお嬢さまの悩みを解決にこられた、と?」
「フン。貴様は人間のくせになかなか飲み込みが良いナ。しかモ、我の好みであル」
冷静に状況を整理したネクターさんのことを気に入ったらしい。辰子さまはすっかりご機嫌でネクターさんにすり寄った。
モチモチの白い肌をスリスリとネクターさんの腕にこすりつけている様子は猫みたいでちょっとかわいらしい。
「だが、お嬢さんには何の心あたりもないんだろう?」
「えっとまぁ……その、ネクターさんのことをどうしてあげたらいいのか、悩んでましたけど……」
まさか、そのために現れてくださったというのだろうか。
辰子さまはおそらく易師で、今でいう魔法使いみたいなものだ。
個人的な悩みを解決するためにだなんて、いくらなんでも贅沢すぎるというか……。
「フン。分はわきまえておるようだナ。だガ、我は今、機嫌が良イ。手助けしてやらんでもないゾ?」
ネクターさんに存分に甘えるようにしなだれる辰子さまは、本当に気分が良さそうだ。美しい切れ長の目はニコニコと三日月を描いている。
「……それじゃあ、ネクターさんの味覚を取り戻すために、お力をお貸しいただけませんか」
ダメ元で私が頭を下げると、辰子さまは「フム」と相槌をひとつ。
「ネクター……。この男の名カ、良い響きよノ。よかろウ。我の好みである男のためならバ、助言くらいは与えてやっても良イ」
「本当ですか⁉」
「あァ。……ただシ」
辰子さまは、すっと目を細めて鋭い視線を私に送る。
「貴様の願いダ。貴様が叶えヨ。我がしてやれることは、助言だけダ」
辰子さまの条件はつまり、ヒントはあげるから私一人でなんとかしろ、だ。
あからさまな困惑を浮かべたネクターさんとエンさんに、辰子さまは妖艶な笑みを向ける。
「男共は黙って貴様らはこやつを見守っておるが良イ。想像しているよりも、おなごは強きものヨ」
辰子さまは、ふわりと軽やかにネクターさんとエンさんの唇に両手を伸ばす。
一瞬、風が吹いたかと思うと、二人はまるで口を開きたくても開けない、と言わんばかりに目を見開いて体をゆする。
「んん~~~っ!」
「ん、ん!」
閉じられた口から漏れる声には不満の色がのっているものの、辰子さまは気にする様子もなく私に向き直った。
「さテ、貴様に一つ、ヒントをやろウ。この岩山を超え、砂漠へ向かエ。砂漠の海に月が満ちる時、次なる秘薬が現れるだろウ」
「……砂漠の海に、月が……」
「貴様らの旅を見守っておるゾ。好風吹君」
辰子さまはふっと笑みを浮かべると、私の額をそっと撫でた。あの、おばあさまのように。
瞬間、ふっと風が吹き抜けて窓がカタカタと音を立てる。
開かれたままの窓の外に砂が巻き起こり、私達の前から辰子さまはいなくなった。
「良い風があなたに吹きますように、か」
彼女がいなくなったことで、喋れるようになったのだろう。
エンさんが窓の外を見つめて呟く。
「……どうして、こんなことに」
ネクターさんもまた、困ったようにその胸中を吐露した。




