16.ガラスギルドと旅道具
新しいお洋服に魔法のカバン。
心機一転したピッカピカの私たちは、次なる目的地、ガラスギルドへと向かった。
あちらこちらから下がっている看板を目印に入り組んだ道を歩く。
鍛冶ギルドから聞こえる鉄を打つ音。ブックギルドの入り口をふさぐ本の山。ワインギルドから香るブドウの香り。
何もかもが新鮮で、市場とは違った楽しさがあふれている。
「ありました!」
ガラスギルドの看板は綺麗な色ガラスで作られていた。遠目でも存在感がある。
「ほわぁ~っ! 綺麗‼ 料理長! すごいですよ!」
「お嬢さまがお気に召したようで何よりです」
お店の入り口から奥まで、ズラリといろんなガラス製品が並ぶ。食器や置物、花瓶、それから……。
「ランプがいっぱい!」
天井を覆いつくすんじゃないかってくらいにたくさん吊り下げられたガラスのランプも。
何もかもが透き通っていてカラフルだ。
「っていうか、料理長、いつもこんな素敵なところでメガネ買ってるんですか⁉」
「僕が、というか……メガネをかけている方は大概そうかと」
「いいなぁ! 私もメガネかけたいです!」
「視力は良いに越したことはないと思いますが……」
「そういうことじゃないんですよぉ!」
どうやら料理長にはこの乙女心がわからなかったみたい。
こんなにかわいいお店でお買い物ができるってだけで最高に幸せなのに。
「少しメガネを作るのに時間がかかるので、お嬢さまは自由にお店を見ていてください」
「りょ!」
ピシリと敬礼を一つして見せると、料理長はキョトンと首をかしげている。成人男性とは思えない愛くるしさのある顔だ。
「了解」って意味がわかんなかったのかも。
今度からは気をつけよう。なんて思いつつ、私は早速店内を見て回ることにした。
かわいいものがたくさんあって目移りしちゃうけど、買うのは我慢。
お母さまたちのことだから「買っても良いよ」って言ってくれるだろうけど。さすがに私も良心が痛むというか。
見るだけ、見るだけ。
そうやって一通りお店を見て回り、料理長と分かれたメガネコーナーへと戻ってきた時。
「これ……」
私は、ついに出会ってしまった!
運命のメガネってやつに!
細いゴールドのフレーム。そのフチにチョンとついたひし形のデザインが大人っぽいのに、メガネ自体は丸いデザインで可愛らしさがある。
「これぞまさに! 黄金比メガネ……‼」
どうしてだか異常に惹かれる。もはやこの子に呼ばれていると言っても過言ではない。
残念なことに私の視力は超良くて、メガネなんて必要ないのに、だ。
伊達メガネにしてもらうとか? いやいや……無駄遣いはダメよ、フラン! いくら魔法のカードがあるからってなんでも買って良いわけじゃないの!
ブンブンと首を大きく振っていると「お客さま?」と声をかけられる。
「何か気になるものがございましたか?」
「実はこのメガネが……」
聞いたら絶対欲しくなる! そう分かってはいても、やっぱり気にはなるもので。
今しがた出会った運命のメガネを指さすと、店員さんは「あぁ!」と声のトーンを上げた。
「こちらのメガネ、とってもかわいいですよね!」
「そうなんです! バランスが最高っていうか! 可愛いのに大人っぽくて、しかもゴールドが超おしゃれで品も良くて!」
全力でまくしたてると、店員さんもニコニコとうなずき返してくれる。完全に同志だ。
「実はこちら、最新式のウェアラブル多機能メガネ型デバイスでして」
「ウェア……?」
よろしければどうぞ。促されるままに、メガネをかけてみる。
「わぁ!」
眼前に宙を泳ぐ魚が現れ、ガラスランプの間をスルスルとすり抜けていく。
メガネを外すと元通りの店内だ。
「え! すごい! 何これ!」
「通常のグラスの部分をディスプレイとして、現実の空間上に様々な映像を映し出しているんです。これを使えば、移動中も安全に地図を見ることが出来るんですよ」
「地図⁉」
「電話やカメラ撮影も可能です。手を使わずに音声で動作するので、両手がふさがっていても問題ありません」
「すごい! 魔法のメガネだ!」
「ひし形の部分を押してみていただけますか?」
なんだかついさっきも似たようなことをした気がする。そんなことを思いながらも、カチリ。メガネのフレームについたひし形を押し込むと、
『はじめまして、ウェアマグです』
と耳元で音がした。
「ひょわっ⁉」
「音声案内もついてるので使い方も簡単です。でも……実はこのメガネ、現品限りなんです」
つまり、買うなら今だ、と。
目の前を魚が優雅に泳ぐ。ガラス細工みたいに綺麗な色の尾ひれが揺れる様は『私を捕まえてみなさい』と言っているみたい。
きっとこれを逃したら二度と手に入らない。
普通のメガネは必要ないけれど、かけるだけで地図が見れたり、電話が出来たりするメガネは欲しい。
いや、本当は魔法のカードで十分なのだ。分かってる。このメガネはカードと同じ。
でも、もしかしたら、カードが使えない場面だってこれから出てくるかもしれない。
そうだ。カードだって魔法のカードとはいえ、絶対にいつだって使えるとは限らないんだし……。これからの旅にだって役に立つかもしれない。
「決めました! これは旅道具です! 必要経費です! 買いましょう‼」
一目惚れ上等! お母さま、お父さま! このお金は必ず返しますから!
私の英断に、店員さんは「ありがとうございます」と早速会計の方へと向かっていった。
「お嬢さま?」
お会計のところで、ちょうどメガネを作り終えた料理長とばったり出くわした。
説明……もとい、無駄遣いともとれるこの買い物への弁明をすれば、料理長は特に気にした素振りもなく微笑む。
「良い買い物をしたかもしれませんね。よくお似合いです」
私なんかよりも数倍メガネの似合うイケメンは、サラリと私を褒めたのち、魔法のカードで支払いを済ませた。
「そもそも、僕もお金をお借りしている身です。お嬢さまのお買い物に口出しはしませんよ。僕も、必ずお嬢さまにお金をお返ししますから」
「りょーりちょーっ!」
良い人! と手を合わせると、料理長は「やめてください」と本気で焦った様子だった。
「私も、頑張って働いて、お母さまたちに使ったお金を返します!」
私の宣言に、料理長は我に返ったのか
「僕は、再就職先を探さなくちゃいけませんが」
と、いつものネガティブを発揮したのだった。




