155.熱気、緊張、洞窟前
山の中腹からドラゴンの住む洞窟近くまでたどり着いたのは、昼を少し回ったころだった。快晴だったこともあり、思っていたよりも順調に進むことが出来たのだ。
「そろそろ洞窟だ。一度休憩しよう」
ガードさんの一声で、私たちはひとまず洞窟前の開けた場所で腰を下ろす。
夜行性のドラゴンは今、眠りについている。とはいえ警戒は怠れないのか、ハンターのみんなは立ったままだけど。
思い思いに昼食をとったり、水分補給をしたりして体をしっかり休める。
ここまでの道のりは順調だったが、だからといって決して楽だったわけではない。
私も額に伝う汗をぬぐってお茶を飲む。
「思っていたよりも暑いですね。蒸し蒸ししてて余計に……」
「この辺りは活火山もあるからな」
「火山⁉」
エンさんが何気なく発した言葉に、私とネクターさんは目を丸くする。
シュテープじゃそもそも山が珍しい上、噴火もしない。だから、活火山が近くにあるって相当やばいんじゃ? と私たちは顔を見合わせた。
「まあ、噴火するったって大したことじゃないさ。灰が降るくらいだ」
紅楼じゃよくあることなのだろう。あっけらかんというエンさんは強がりでもなんでもなく、本当に大したことじゃないと思っているみたい。
「ドラゴンってすごい場所に住んでるんですね⁉」
「まあ、魔物だからな。魔物は大抵エネルギーが集まる場所に住むって言うだろう?」
「確かに、そう言われてみれば山や海に住んでるものが多いですね。シュテープでコカトリスが普通に育つのは魔物でも珍しい例だと言いますし」
「火山は、特にエネルギーが強いからな。ドラゴンも波山も紅玉蟹も、火を生命源にしているようなもんだ」
「紅玉蟹! そういえば、シャオさんが火山にいるって言ってました!」
光旺酒家で焼麦を食べた時に教えてもらった魔物だ。
甲羅が紅玉で覆われてるって言ってたけど、ドラゴンも波山も火を噴くし、もしかして紅玉蟹も火を噴くのかな?
「お嬢さん、さすがに紅玉蟹は火を噴いたりはしないぞ」
「うぇっ⁉」
なんで分かったんですか。エスパーエンさんだ、すごい。
「紅玉蟹は、乙鉱石や乙草を食べて育つから、火のエネルギーを体内に蓄えるんだ。だから熱にも強くなって、外敵の少ない環境下で育つことが出来るんだよ」
エンさんの丁寧な説明に「ほぇ~」と気の抜けた相槌が口をついて出る。
ネクターさんもそうだけど、料理人の人たちはみんな博識だ。料理に関する知識だけじゃなくて、食材に関する知識もたくさん知っているのだろう。
「はい! エン先生! ドラゴンも同じようなものを食べてるんですか?」
私が挙手すると、エンさんはぶっと吹き出した。
「なんだそれ。まあ、いい。ドラゴンは雑食だな。なんでも食べる。それこそ波山や紅玉蟹も食べるぞ」
波山も紅玉蟹もおいしかったし、そういうおいしいものを食べているからこそ、ドラゴンもおいしいのかもしれないな、と私は一人納得する。
私たちの話が聞こえていたのか、ハンターのみんなもそれぞれのドラゴン知識を披露してくれた。
それらを締めたのはガードさんで
「豆知識も良いが、そろそろ本題にうつろう」
と、今までより硬い声で切り出した。
瞬間、ハンターのみんなの空気がピシッと切り替わる。
私たちも素人なりにその空気を読み取って姿勢を正す。
「今回のターゲットは夜行性の中型種ドラゴン。今は寝ているはずだが、洞窟内は閉鎖空間だ。我々の熱を感知して起きる可能性が高い。ドラゴンが目を覚ましたら即時洞窟から撤退。やつを外に誘い出す」
ガードさんの作戦に、各々がうなずく。
「洞窟にはおれとフィーロで行く。依頼主の三人は、イーとレイ、ロウの三人と外で待機。洞窟内で狩れれば一番だが、起きた場合は鐘を鳴らす。そうしたら、イーは三人を連れて遠方へ離れ、レイとロウは援護射撃にうつってくれ」
「「了解」」
細かい戦略は特にない。今までの勘と経験がものを言う。その場で臨機応変に対応できなければ、ハンターはつとまらないらしい。
「それよりも」
と苦々しくガードさんは呟いた。
「洞窟の前で、別のチームと合流した時は獲物の取り合いになるからな。交渉事は、イー、任せたぞ」
「わかったよ。まったく損な役回りだね」
詳しいことはよくわからないけれど、どうやらドラゴンハンターも一枚岩じゃないみたい。数々の修羅場をくぐりぬけてきたのか、イーさんが肩をすくめて苦笑する。
「今回は特に、欲しい食材があると聞いてますからね。テオブロマさん、お名前をお借りしますよ」
「もちろんです! 使えるものは何でも使いましょう! 私も頑張ります!」
私もぎゅっとこぶしを握りしめる。
依頼主として、しっかりと交渉せねば!
貿易業の勉強にもなるだろうし、学んだ交渉術をこうして実践できるのは良いチャンスだ。
「お嬢さま、そんなにドラゴン肉が食べたいのですね……」
何も知らないネクターさんが少し驚いたように、というか半分引き気味で苦笑する。
欲しいのは焔華結晶なんだけど、とりあえずそれは黙っておこう。
「交渉の練習にもなりますから! 何事もチャレンジあるのみ、です!」
嘘は言ってない。うん。っていうか、私だって、新鮮なドラゴン肉も食べたいし!
「そうだな、お嬢さん。期待してるぜ」
エンさんが軽く流してくれたおかげで、ネクターさんもそれ以上はあまり気にしないことにしたようだ。
「とにかくご無理はなさらずに」
もう一度そう心配そうな表情ではあるものの、念を押すにとどめてくださった。
「それじゃ、行くか」
ガードさんが大きな斧を持ち上げて、洞窟の方へと歩き出す。
いよいよドラゴンと戦うのだ。
私はドラゴンを狙う別のチームの人たちと、だけど……。
今までにない緊張感が走る。
ドクンドクン、と高まる心臓の音が、私たちの口数を減らした。




