154.飯団でエネルギーチャージ
エンさんとネクターさんが持ってきた大皿には、握られたお米がたくさん盛られていた。
ほかほかと湯気を上げるお米からは、お米本来の良い香りと香ばしいお肉のような香りがする。
「これは?」
「飯団だ。モチ米やら肉やらがあったからな。簡単なものだが、腹にたまるし食べやすいだろ?」
エンさんの説明に、ドラゴンハンターのみんなは「おぉっ!」と声を上げる。
どうやら紅楼ではメジャーな食べ物らしい。
「最悪これなら、食べきれなくても持ち歩けるな。やっぱり、さすがエンだ!」
「そう思うなら、今度から昼飯を注文してくれよ」
「はは、悪いね。いつもは家内が用意してくれるんだ」
ロウさんとエンさんはそんな風に世間話を交わしながら、早速一つずつ飯団を手に取っている。
それを皮切りにしてか、他のメンバーも次々と手を伸ばす。私も一緒になって、まずは一つ、飯団をいただく。
「酒は飲めないが、せっかくだから音頭だけでもとっておくか」
ガードさんの提案にうなずいたのはイーさんだ。
「そうだね。今日はお客さまもいるし、狩猟もうまくいくようにってことで……一帆風順でどうだろう」
「一帆風順?」
「何事もうまくいくって意味だよ、レディ」
「素敵な言葉ですね! 教えてくださってありがとうございます!」
教えてくれたレイさんにお礼を言えば、レイさんはにへらっと笑う。
「それじゃ」
片手に飯団を持って、ガードさんが咳払いを一つ。
「一帆風順!」
「「一帆風順!」」
狩りがうまくいきますように、と願った言葉。
いつもより多くの声がかさなって、それだけでなんだか気持ちが良くなるような気がした。
食前の挨拶をすませば、みんな当然一口目を頬張るわけで……。
「ん!」
「うまい!」
「これはおいしいね」
口々に感想が飛び交う。
かくいう私も
「んん~!」
一口目から様々な味が絡まりあうにぎやかな飯団のおいしさに声を上げた。
「これ、すっごく色々具が入ってておいしいです! お肉も、ネギも、甘辛いタレがきいてて……お米もモチモチでおいしい~! なんだか朝からすごく元気が出ますね!」
「わかる。これ、最高ね」
「フランちゃん、良い食べっぷりだね! オレの分も食べていいよ!」
「いやあ、エンは天才だな。俺は良い友達を持ったよ。この甘辛いタレが特に好きだな」
「タレはネクターが作ったんだ。俺は調理と味見だけだよ」
「そうなんですか? アンブロシアさんはすごいですね。紅楼の人の舌にもぴったり合う味ですよ!」
「いえ、そんな大層なことは。味見をした人間の舌が良いから、味が良くなるのです」
「それはそうかもしれないが、ネクターさんはもっと誇ってもいいと思うぞ」
おいしい朝食のおかげか、和気あいあいとした会話があちらこちらで交わされ、場が和む。褒められることが苦手なネクターさんは、イーさんやガードさんをはじめ、周りから褒められて少し居心地が悪そうだけど。
今までこんなにたくさんの人と一緒に食事をすることがなかったからすごく楽しい。
これなら本当に良い狩りが出来そうだ。
「昼の分も作ってあるから、しっかり食べてくれ」
エンさんの言葉にみんなの目がきらめいて、次から次へと手が伸びる。
あっという間にたくさんあった飯団もなくなって、私も最後の一つを丁寧に味わう。
噛めば噛むほど甘みが出るモチ米と、その中に入ったお肉、ネギの食感は楽しいし、甘辛いタレがお米に染みて、どこまで食べてもしっかりと味がする。
朝から食べるには少し濃いような気もするけれど、これから山を登って、ドラゴンを狩るんだ、と思えば、これくらいのほうがエネルギーも沸いてくるような気がする。
しかも、お肉はドラゴンのお肉だ。深い大味ながら、ホロホロと優しくほぐれるそぼろは、旨味と脂がしっかりタレとマッチしている。
少し青臭さの残ったネギのシャキシャキ感と香りがより、お肉の香ばしさを引き立てて、ネクターさんとエンさんの夢のコラボは文句なしだ。
「こんなにシンプルなお料理なのに、信じられないくらいおいしいです……」
毎日でも食べたい。具が変われば飽きることもなさそうだし、シュテープにはあまりないお米の食べ方だけど、これならサンドイッチと同じくらい普及しそうだ。
「僕も初めて作りましたが、手軽で良いですよね。色々とバリエーションも増やせそうですし」
私の呟きを聞いていたのか、ネクターさんがふっと笑う。
エンさんとキッチンに立てたことが嬉しかったのだろうか、その雰囲気はやわらかだ。
もしかしたら、何か腹を割って話が出来たのかもしれないし、そうでなくてもやっぱり料理をするのが楽しかったのかも。
「良かったですね、ネクターさん」
言葉の真意がつかめなかったのか、ネクターさんはきょとんと首をかしげる。
「新しい料理を知るたび、旅に出て良かったな、とは思っておりますが」
「そういう意味じゃないけど……でも、それなら良かったです! 私も嬉しいし」
どういう意味だ、とネクターさんは再び首をかしげていたけれど、それ以上は私も言及しなかった。
ネクターさんが料理を嫌いになっているわけじゃなくて良かった。
*
「さ、うまい飯も食べたし、そろそろ出発するか」
「オッケーです! フランちゃん、オレ、超かっこいいところ見せるから、ちゃんと見ててね! マジかっこいいから‼」
「レイ、きもい」
「ロウさんも今日はよろしくお願いしますね」
「はい! こちらこそ!」
ご飯を食べて一息ついたら、いよいよドラゴン狩りに向けて出発の時。
ガードさんの声を合図に、みんなはそれぞれ廊下に立てかけてあった武器や道具を取って準備開始だ。
私たちも脱いでいた上着を羽織ったり、荷物を持ったりして山に登る準備をする。
なんとしてでも、焔華結晶を手に入れなければ……。
チラとネクターさんを窺うと、彼も初めてのドラゴン狩り見学のせいか、どこか緊張した表情で窓の外を見つめていた。




