151.ドラゴン大作戦、開始!
「天竜山の立ち入り許可がおりたぞ」
夜、仕事を終えたエンさんが紅酒の入った瓶を片手に私たちの部屋を訪れたのは、ちょうど私たちが「そろそろ次の宿へと移ろうか」と話をしていた時のことだった。
「ほんとですか⁉」
「エン、どんな手を使ったんです?」
「俺は何もしてないさ。前にドラゴンハンターの知り合いがいるって言っただろ? あいつが腕利きの集団と知り合ったらしくてな」
「なんですか、その腕利きの集団というのは?」
「素人二人を守れる程度には実力のあるチームだそうだ。そのチームがお前たちを護衛するって条件で、立ち入り許可が下りたらしい」
「逆に怪しいのですが……。エン、こちらの身分を明かしたりはしておりませんよね?」
ネクターさんが何かを訝しむように口元へ手を当てる。
「お前たちのことは、俺の古い知り合いだとしか言ってない。まあ、ここじゃドラゴンハンターの集団はいくつもあるし、狩猟場所が近けりゃ知り合いになることもあるさ」
「ネクターさん、せっかくですし、お願いしてみましょうよ!」
「お嬢さまがそうおっしゃるなら……」
天竜山に行けるチャンス、逃すわけにはいかない!
ドラゴンの新鮮なお肉が食べたいって気持ちはもちろんだけど、それ以上に今回はネクターさんのためにどうしてもドラゴン狩りについていきたい理由があった。
「それじゃ、決まりだな。出発は三日後の早朝。天竜山の麓で集合だ。すぐ移動できるように、近場の宿をおさえておこう」
「わかりました! エンさんはどうするんですか?」
「もちろん、俺も行くさ」
大切な友人二人だけ危ない目に合わせるわけにはいかないだろう。
エンさんはそう付け加えたかと思うと「だから、今晩は祝い酒だ」と手に持っていた瓶を軽く持ち上げた。
「それなら、せっかくですし上がっていってください!」
「じゃ、失礼して」
「お嬢さまはまたそうやって男を部屋に……」
「え? ネクターさんもいるし、エンさんは悪い人じゃないですよ?」
私がきょとんと首をかしげると、ネクターさんからは深いため息をつかれた。
「とにかく、僕は飲みませんからね」
「そうかたいこと言うなって。ほら、つまみも持ってきたし。一杯ならいいだろ?」
「ネクターさん、せっかくお祝いですし!」
私とエンさんが結託したようにネクターさんを居間に座らせる。有無を言わせず、エンさんがおつまみを入れた箱を取り出し、並べ、お酒を三人分注げば、あっという間にお祝いの席が完成だ。
「……やっぱり、二人して何か考えてますね?」
「い、いえ! そんなことは!」
「はは、なんのことだか。ほら、グラスを持てよ。乾杯しよう」
「こういうお祝いの時の乾杯は、またこの間の挨拶とは違うんですか?」
「そうだな……。美好的未来、とかどうかな」
「美好的未来?」
「良いことが起こるぞって時に、その未来を祝福するって意味だよ」
良いですね、と私がうなずけば、ネクターさんも観念したのか紅酒の入ったグラスを持ち上げる。
「……まったく。僕のことをそんなに気にして、何が楽しいんですか」
自意識過剰ともとれるほどの言い方だけど、図星なので私たちは口をつぐむ。
いいから、とエンさんが笑ってグラスを掲げた。
「「美好的未来!」」
声は自然と重なって、紅酒の入った陶器が軽く音を立てた。
*
お酒を飲み始めれば、やっぱり最初につぶれるのはネクターさんだ。
いつも通りエンさんへの愚痴を散々告げたかと思うとウトウトし始め……エンさんに、間仕切りの向こうに敷かれたお布団へと連れられていった。
「……ほんと、お嬢さんはよくあいつと旅してきたな」
大人を一人で抱えたエンさんは、疲れた、と肩を回して苦笑する。
「今まではほとんどお酒を飲みませんでしたし、飲んでも少しでしたから。今はエンさんがいるから、ネクターさんも少し遠慮がなくなったのかもしれません」
「信頼されてるって意味なら嬉しいがな」
「そうだと思います。ネクターさんは、あんまり直接的には言わないですけど」
ちびりと紅酒をなめながら、エンさんがもってきてくださったおつまみを食べる。
お酒に合うように、しっかりと塩味と香辛料で味付けされたイカも、ゴマ油の香りと酸味が聞いた根菜の和え物もおいしい。
「それにしても、本当にドラゴンの山に入れるなんて思わなかったです」
「正直、俺も驚いたよ。今は発情期でもないし、落ち着いているってこともあるんだろうが……急に、立ち入りの許可が出たからな」
エンさんはひょいひょいと器用におつまみを口へ運びながら、紅酒をあおる。
彼自身も少し不思議には思っているのだろう。おいしいおつまみを食べているのに、笑み一つなく、真剣な顔でグラスを置いた。
「ネクターの言う通り、怪しい気もするが……乗らない手はないからな。本当にやばかったら、最悪俺が何とかするよ」
エンさんの赤い瞳に、ゴウッと炎が揺れる。
「お嬢さんも頼むぜ。何せ、秘薬を手に入れなくちゃいけないんだからな」
「はい! それに関しては任せてください! 必ずや手に入れてみせます!」
ドラゴンから取れる伝説の秘薬――火属性の魔素を含んだ『焔華結晶』こそ、今回、私が本当に手に入れたいもの。
焔華結晶は、ドラゴンがもつ特殊な魔素を生み出す器官からしか取れない小さな塊のことらしい。
一片飲めば病を燃やし、生命力を回復させるという信じられない秘薬だ。
これならば、ネクターさんが抱えている『何か』を回復させられるかもしれない。
私とエンさんはそう考えたのだ。
ただ、どういう原理か、この魔素を生み出す器官自体、ドラゴンが死んだ直後からどんどんと腐敗していく。最終的に人にとっては毒素となるため、人が口に出来る限度は心肺停止後十五分程度だそうだ。
だからこその秘薬。
飲める人は一握りで、ドラゴンハンターとの繋がりがあり、山に立ち入れる人間のみ。
しかも、だ。この結晶は宝石として取り出された後も高値で取引されるという。
お母さま、お父さま。
後で必ず返します。だから、今は一時的にお力をお貸しください。
私、フラン・テオブロマ。
どれほどの借金を抱えてでも! 必ずや、この秘薬、ゲットしてみせます!




