14.ドレスギルドで大変身!
昨晩のキラキラとしていた夜市は、すっかり朝の爽やかな風景に様変わりしていた。
朝日をいっぱい浴びて輝く町並みが自然な色彩で私たちを楽しませてくれる。
緑や白や赤のパラソル、その下に並べられた様々な商品。野菜に花に木工細工、絵や布製品まで。
朝から多くの人で賑わう理由がよくわかる。
「なんでも揃いそうですね!」
「ここは、シュテープでも一番の大きさですからね。また明日にでもゆっくり見て回りましょう」
まずは、ガラスギルドに行かなくちゃいけないもんね。
料理長は少しぼやける程度だって言っていたけど、さすがに外を長時間歩くのは不便もあるだろうし。
市場を抜けた先に、いろんな専門店が集まっている場所があるらしい。
料理長はスイスイと進んでいく。
「料理長、この辺はよく来るんですか?」
「お休みの日に少し」
「いいなぁ! 私なんて、近くに住んでるのにほとんど来たことないんです! お母さまたちと何度か来たけど……それくらいで」
「お嬢さまはお忙しいですからね。お休みの日には習い事もされているのでしょう」
「なんで知ってるんですか⁉」
「テオブロマ家に勤めているものであれば、誰でも知っていますよ。皆、旦那さまと奥さまはもちろん、お嬢さまのことも大切に思っていますから」
面と向かって言われると、さすがの私も恥ずかしい。
みんなにはたくさん良くしてもらった自覚もあるけれど、仕えている人から直接そんな風に言われることは少ないし。
「ですから、こうしてお嬢さまがおひとりでお屋敷を出られるなんて……今頃、皆不安に思っていることでしょうね。もしかしたら、そのためのリッドかも」
「じゃあ、お母さまたちにもいっぱい写真とか送ってあげなきゃですね!」
せっかく魔法のカードをプレゼントしてもらったんだし、お金を使うだけじゃなくて、ちゃんと連絡もしなくちゃ。
「必ずお喜びになられます。……っと、ここからは専門店街で少し道が入り組みますから、迷子にならないように気を付けてくださいね」
「はい!」
市場の喧騒から少し離れて、アパートや小さなおうちがいっぱい並んだ区画に到着。
軒先にはいろんな看板が下がっていて、どれもギルドのマークがついている。
「ガラスギルドはここから少し行ったところなので、先にドレスギルドがあればそちらへ行きましょう」
「料理長は専門店街も良く来るんですか?」
「いえ、こちらはあまり。パスタギルドくらいです」
「パスタ!」
「粉ひきもやっているところがあって、おいしかったんです。お昼はそこにしましょうか」
「はい!」
ウキウキでしばらく歩いていると、ドレスギルドの看板が見えた。
看板は赤の布地で出来ていて、ドレスギルドのマークが刺繍されている。布と一緒に縫い付けられたレースやパールのチェーンが風にはためいて華やかだ。
「いらっしゃいませ」
ドアを押し開けると、ベルの音と共に店員さんが出迎えてくれる。お客さんの声やミシンの音も。
「選びたい放題ですね!」
たくさんのお洋服や布、糸、装飾品。カラフルな商品が所せましと並んでいる。
「これなら、お嬢さまもお気に入りの一着が見つかるかもしれませんね」
お互いに好きなものを見て回ろうということになり、私たちはそれぞれのフロアに別れた。
けれど、私が迷っているうちに料理長はすでにいくつかのお洋服を選んだみたい。
優柔不断じゃないって、大人って感じですごいな。
「何かお探しですか?」
見兼ねた店員さんが助け舟を出してくれる程度には、私は悩んでるのに。
「どれも可愛くって!」
「では、何かご要望などはございませんか? 色や形、サイズなど……」
「あ、じゃあ! おなかいっぱい食べても、おなかがパンパンにならないお洋服をください!」
「へ?」
「ご飯をいっぱい食べると、おなかのあたりがキツくなっちゃうので」
「あ、あぁ……。えっと、そういうことでしたら……」
店員さんは曖昧に微笑むと、いくつかのお洋服をパパッと見繕っていく。
時折私の方へお洋服を当てたりしながら、あれも、これも、とその手は止まらない。
「ぜひ試着されてみてください」
結局、私の手にはこんもりとお洋服の山が出来上がった。
店員さんに促されて試着室へ向かう。
ちょうど試着を終えてカジュアルスーツに身を包んだモデルさん……じゃなかった料理長と出くわした。
「料理長、超イケメンですね! モデルさんみたい! コックコートも似合ってたけど、スーツ姿もかっこいいです!」
私のコーディネイト担当な店員さんも、すっかり料理長に目を奪われている。
料理長は照れたようにはにかんだ。
「お嬢さまもご試着ですか?」
「はい! いっぱい選んでもらったので! あの、すぐに着替えるので待っててもらってもいいですか?」
「もちろんですよ。ここにいますから、何かあったらお声かけください」
試着の時に邪魔だろう、とお父さまからもらったカバンを料理長が預かってくれて、私は試着室へ。
しばらくすると、試着室の向こうで店員さんと料理長の話し声が聞こえたけれど、内容まではよくは聞こえなかった。
大量のお洋服の中からまずは一つ。
秋らしいワインレッドのワンピースを手に取る。生地も厚手であったかそう。
胸の下で絞られているデザインで、おなか周りは緩い。これなら、おなかいっぱい食べても大丈夫そう。
「料理長、どうですか?」
試着室の扉を開けて、一回転して見せる。
料理長は、頭の先からつま先まで私を見つめて、「よくお似合いです」と褒めてくれた。
「あ! そうだ、写真撮ってください! お母さまたちに後で送ります!」
「分かりました。では」
料理長はスーツのポケットから魔法のカードを取り出してパシャリ。
「えへへ、ありがとうございます!」
「気に入りました?」
「はい! とっても! でも、まだたくさんあるので、次のやつに着替えてきます!」
次から次へとお洋服を着替えては、料理長に見せて、たくさん写真を撮ってもらった。
シャツにカーディガンを合わせた優等生スタイルも、これからの季節にぴったりなもこもこテイストも、ちょっとボーイッシュだけど動きやすいカジュアルな服装も。
料理長はたくさん褒めてくれて、結局私はたくさんお洋服を購入した。
「こんなにたくさん買って、荷物持てるかな?」
我に返った私が呟くと、料理長がクスリと笑う。
「おそらくですが……大丈夫だと思いますよ」
料理長の言葉と同時、お店の奥から、どういう訳かお父さまのカバンを持った店員さんが現れた。




