13.お目覚めすっきり! 朝ごはん(3)
「んっ! んんぅ~~~~‼」
おいしい! 濃厚なクリームにとろけたチーズが相まって、一口目から満足感がすごい。しかも、その味の濃さに負けないくらいお魚の旨味がぎゅっと濃縮されている。
私が黙々とスプーンを口へ運んでいると、料理長がおずおずと挙手をした。
「お嬢さま、せめてヒントをいただけませんか」
はっ! いけないいけない。そうだった。
「お魚ヒントです! あんまり脂っぽくなくて淡泊なんですけど、しっかり味があっておいしいです! くどくないから、クリームの濃厚な感じにもあってますし……ほろほろした食感も、クリームのねっとり感と相まって口の中でとろけるみたいで……」
うん。最高においしい!
うっとりと目を細めると、料理長は、ふむ、と顎に手を当てた。
「やっぱり、お嬢さまは本当においしそうに食べられますね。それに、素晴らしい舌をお持ちのようです。秋が旬の魚はいくつか知っていますが、おかげさまでいくつか候補が絞れました」
「ほんとに⁉」
「嘘はいいませんよ。そもそも、クリーム煮といえば、という魚もいますしね」
「じゃあ、他のヒントはいらないですか?」
「どんなヒントがいただけるんですか?」
「見た目とか?」
「それは、ほとんど答えになってしまうのでは?」
クツクツと肩を揺らす料理長は、まるでもう答えが分かってしまったみたい。
確かにこのお魚は、見た目を言ったら絶対に当てられそう。っていうか、多分私でも分かる。
「やっぱりなしで!」
「分かりました。今、お嬢さまのお顔に魚が浮かびあがりましたので」
「うそ⁉」
「嘘です」
ねぇ! さっき、嘘はいいませんって言ってたじゃん!
顔を慌ててばっと覆った私に、料理長はまた笑みを深める。
「お嬢さまの反応で、魚の見た目に特徴があるんだと分かってしまったという意味ですよ」
よほどお気に召したのか、料理長は珍しく満面の笑みだ。
「答え合わせをお願いしても?」
「もちろんです!」
「それでは」
ゴホン、と咳払いを一つ。料理長のアンバーの瞳が子供みたいにキラリと輝く。
「その魚は、サーモンですね?」
私はスプーンをそっとお皿の端に置いて、わざと一拍置いてみる。
緊張感ってやつ。大事じゃん、こういうときは!
じっと料理長を見つめると、彼は元のネガティブが相まって自信をなくしたのか、ソワソワと目線を逸らし始める。
……さすがにかわいそうかも。
「大正解! です‼」
もうちょっと引っ張っても良さそうだったけど、いたたまれなくなって正解発表が口をついて出た。
料理長はようやく胸をなでおろし、緊張をほぐすためかスープを一口。
「どうしてわかったんですか?」
「クリーム煮にする魚の種類はそう多くはありません。しかも、この時期に出すようなもので、クリームの味に負けないようなものは限られてきますから」
「それだけでわかるんですか⁉」
「まぁ、見た目が特徴的なんだろう、というヒントもいただきましたしね。それに、お嬢さまがほろほろした食感だとおっしゃっていたので。サーモンは食感が特徴的ですから」
料理長の解説に相槌を打ちながら、私は再びクリーム煮を口へ運ぶ。
大きめに切られた野菜もしっかりと煮込まれていてやわらかい。ボリューム感もあるのに、全体的に食感がほくほくとしているからか、重くもなくてちょうど良い。
クリームのほっこりとした温かい味わいと、サーモンの旨味。
パンを少しつけて食べると、パンのちょっとした塩気と混ざり合って、さらに味を引き締めていく。
なんならこれ……。
「料理長! バゲットにオリーブオイルがついてておいしいです!」
クリーム煮に、オリーブの爽やかな香りとザクザクとしたバゲットの食感がプラスされて、より深い満足感が得られる。
バゲットのバリバリとした音が、私と料理長の間にしっかり響いて耳まで楽しい。
料理長も自らのオムレツを少しだけ切り分けて、バゲットの上にのせている。あ、それもおいしそう。
「オムレツはどうですか?」
「おいしいですよ。バゲットではなく、サンドイッチみたいにしても良いかもしれません」
「たまごサンドだ~! 最高ですね!」
オムレツも良かったかな、なんて、料理長を凝視していたら、またしても顔に出ていたみたい。
「……あまり見られると食べづらいのですが。一口、差し上げましょうか」
料理長にお皿を差し出されてしまった。
「え! 悪いですよ!」
「もの欲しそうな目で見られるよりは良いので……」
「そんな目してました⁉」
「えぇ、まぁ。正直に言えば」
それは申し訳ない。ペコリと頭を下げると、料理長は「お気になさらず」と優しい言葉をかけてくださった。
なんと良い人なんだ、料理長。イケメンで、料理が上手で、その上優しいなんて!
「ありがとうございます! じゃあ、いただきます!」
あんまり遠慮するのもな、と料理長のご好意に甘える。
立派なレディは、もしかしたらこんな風に人様のお料理を食べたりしないのかもしれないけれど……まぁ、それはそれ。これはこれ、だ。
ザクリ。
オムレツがたっぷりとのせられたバゲットが小気味良い音を立てる。
続いて、じゅわりと半熟のたまごが口の中であふれた。それだけじゃない。たっぷりのミートソースと豆が、たまごと一緒に口いっぱい広がる。
「ん~~~~っ!」
ミートソースのひき肉はジューシーだし、たまごが味をまろやかにしてくれていて食べやすい。何より、ほくほくの豆がさらに味を優しく包んでくれて。
「最高です!」
バゲットの食感ともばっちりの相性。
オムレツ恐るべし。それを選んだ料理長のセンスも天才!
「ありがとうございます、料理長! とってもおいしいです!」
「良かったです。お嬢さまが幸せそうで、見ているこちらも嬉しくなります」
「ほんとですか⁉ やった!」
人様のお料理をもらうなんて、と思ったけど。料理長が幸せなら結果オーライだ。
その後も二人でご飯を食べて、私はちょっとだけパンとサラダをおかわりして、満腹になるまで楽しんだ。
朝からおいしいご飯で大満足だ。
すっかり目も、頭も冴えて、自然と「今日も一日頑張ろう」って思えるからすごい。
「さ、支度をしたら買い物へ出かけましょうか」
「はい! 料理長のメガネと、お洋服を買わなきゃですもんね!」
「よろしくお願いします」
「お任せあれです!」
ドンと胸をたたくと、料理長がフッと目じりを下げた。
その表情がお母さまやお父さまのものにちょっと似ていて、安心感とか親近感みたいなものが沸いてくる。
「買い物のついでに、色々とこの国のことも勉強しましょう。シュテープも魅力のある国ですから」
「はい! よろしくお願いします!」
料理長の提案にうなずくと、料理長も(やや頼りない声ではあったけれど)
「任せてください」
とうなずいた。




