127.魚水酒家で腹ごしらえ!(3)
私が三口、四口と食べ進めたところでようやくネクターさんたちもお箸を動かした。
ネクターさんは相変わらず黙々と食べているが、エンさんは上機嫌だ。
「ここの店の味は知ってるつもりだったが……お嬢さんと一緒に食べると、いつもよりうまい気がするな」
二杯目のご飯のおかわりをよそって、エンさんはガツガツと見事な食べっぷりを見せる。
「お嬢さま、熱波山もいかがですか?」
海鮮炒めが大皿からなくなってきたところで、ネクターさんが新しいお皿に次なるお料理を盛り付けてくださった。
輪切りにされた真っ赤なトウガラシがたっぷりと上にのっかった鶏肉料理は、見るからに辛そうだ。
「お嬢さん、そのトウガラシは無理に食べなくていいぞ」
エンさんも言いながら、自分のお皿に熱波山を盛っていく。
「そうなんですか?」
「大量のトウガラシと花椒で波山を炒めて、肉に辛く味付けするのが目的なんだ。それを取り除くのが大変だから、そのまま盛ってるって訳。食べる時には避けていい」
「わかりました!」
エンさんのアドバイスに従って、大量のトウガラシを避け、お肉にお箸をつける。
波山は鶏肉やコカトリスと変わらないようにも見えるけど、よく見ればお肉は少し紅色っぽい。トウガラシの色まで移ったのだろうか?
「波山は熱をかけると紅色に変化するんですよ」
しげしげとお肉を観察していたら、ネクターさんから説明が入る。
「そもそも、お嬢さんは波山って知ってるのか?」
「えっと……シュテープでいうところのコカトリスみたいなものだって聞いたことがあります! シュテープだと、山火鳥って呼ばれてたような?」
私も実際に見たことがあるわけではない。紅楼に家族旅行で来た時に、お母さまが「これがおいしいのよ!」と教えてくれたから覚えていただけだ。
結局その時はおなかがいっぱいで食べられなかったんだけど。
「火を吹く鳥ですよね?」
「その通りです、お嬢さま。よく覚えてらっしゃいますね」
「シュテープの名前そのままだし、前に紅楼に来たときは、食べられなくて悔しかったから覚えてました!」
「へぇ。シュテープじゃ名前が違うのか。こっちじゃ波山って山に多く生息してるから、そのままそれが名前になってるんだ」
エンさんはパクリと一口、紅色のお肉を放り込む。
辛そうだけど、エンさんの食べている姿に私も我慢できなくなって、えい! と波山のお肉を口へ運ぶ。
瞬間、ぶわっと熱が体全身を駆け抜けるような衝撃がはしる。
舌がしびれるような感覚と、それに負けない波山の旨みがガツンと広がり、熱々の脂が肉汁となってあふれ出す!
「これはっ……! か、辛い! 辛いけど、すごくおいしいです‼」
ご飯が進む。お米の甘みがぐっと増して、舌がヒリヒリとするような痛みを伴う辛さも緩和される。そうなれば、鶏肉とは思えないほどの濃厚な脂の味が口に残って、また次の一口が欲しくなる。
「波山のお肉って、すっごく旨みが凝縮されてるんですね! しかも、肉汁から甘みがしっかり感じられるというか……! 熱くて辛いのに、ちゃんとお肉本来の味が感じられます‼」
辛さと熱さで体が火照る。
元気が沸いてくるというか、食べたものがエネルギーとして蓄積されている感じがするお料理だ。
額にじわりと浮かんだ汗をハンカチでぬぐって、私はご飯と共に熱波山を食べ進める。
辛さもくどくないせいか、お米を食べたらまたその刺激が欲しくなる。
「はぁ……これは悪魔の食べ物ですね……!」
ほめ言葉として呟けば、エンさんとネクターさんが声をそろえて笑った。
「先に波山を素揚げしてるんですか」
「そうだ。そうすることで、肉汁と旨みを肉の中に閉じ込めてるんだ。その後、トウガラシと花椒を加えて強火で一気に炒めるってのが定番の作り方だな」
さすがは料理人。ネクターさんの質問によどみなく答えるエンさんは、自分でも熱波山を作ることがあるのだろう。
ネクターさんは「なるほど」と小さくうなずいて、頭の中にメモしているみたい。
「……こうしてると、本当に昔に戻ったみたいだ。お前がうるさくなくて、昔より全然良いけどな」
エンさんが真剣にお料理を観察しているネクターさんを見つめて、ふっと目を細める。
「……一言余計ですよ」
「本当のことだろう? しおらしくなったもんだと思ったが、丸くなったって言う方が良さそうだな」
「ネクターさんは太ってませんよ?」
「はは、違う違う。性格の話だ。ツンツンしてた角が取れたようで良かったよ。お嬢さんと一緒にいるからか?」
「私が出会った時にはもう、優しいネクターさんだったので」
「それじゃ、よっぽどテオブロマで良い料理人に出会ったんだな」
エンさんの言うことが本当だとしたら、それはきっとネクターさんがお世話になったという「前料理長」のことだろう。
ネクターさんも会いたいと言っていたし、彼のことも探さなければ。
ベ・ゲタルでも実は色々と聞いてみたりはしたけど、手掛かりはなかった。
もとよりそう簡単に見つかるとは思っていない。紅楼でも聞き込みしてみよう!
「さて、そろそろメインディッシュだ。二人とも、まだ食えるか?」
「僕は大丈夫ですよ」
「私も! まだまだ食べられます!」
おかわりする勢いです、と残り少なくなったご飯茶碗を見せれば、エンさんは豪快に笑う。
「食べっぷりも良くて、本当に気持ちがいいな。お嬢さん、シュテープに戻るのはやめて、俺のもとに来いよ」
「エン」
「悪いな、ネクター。これは譲れないね。料理人として、こんな上客は逃がせないだろ?」
メインディッシュ、アカハタの清蒸を挟んで、二人のイケメンの間でバチバチと火花が飛び散った気がした。
「……えっと、とりあえず、食べませんか? 私、もう早く食べたくてたまらなくて!」
お料理を取り分けるためのお箸をネクターさんからひょいと取り上げて大皿へと手を伸ばすと、二人は同時に息を吐いた。




