125.魚水酒家で腹ごしらえ!(1)
エンさんは、建物の柱と柱、その間に備え付けられた小さな階段を登っていく。
「こんなところに階段が⁉ 見過ごしちゃうところでした……!」
「紅楼は入り組んだ構造が多いからな。こういう道も多いんだ。階段も多いし、散歩するときは迷子にならないように気を付けて」
エンさんにくしゃくしゃと頭を撫でられる。途端――
「……エン」
謎の圧がある低いネクターさんの声。エンさんの大きな手が瞬時に私から離れていった。
「あぁっと……ここを登ったら、向こう側に渡って到着だ」
エンさんはネクターさんの声音にわざとらしく視線を外して、階段の先、左側を指さした。
「あの橋の上を歩けるんですね⁉」
「橋っていうか……まあ、そうだな。紅楼じゃ珍しくもないから、お嬢さんにそんな目で見られると変な気分だよ」
先ほど頭上を通っていた渡り廊下を歩く。自分たちの下を当たり前のように人が歩いていく様子を見るのはなんだか不思議だ。
歩道橋みたいなものならともかく、建物と建物を渡り廊下で繋ぐなんて、シュテープではあんまり見られないし。
「紅楼は岩山が多いですし、人が住める地域は限られておりますからね。こうして建物の構造を工夫することで、空間を有効に使っているのでしょう」
「そっかぁ。シュテープは平地が多いですもんね!」
「あぁ……そういえば、シュテープじゃ、一つの敷地面積が大きい方が金持ちの証拠だって聞いたことがあるな。紅楼は建物の高さがその目安になるんだ」
ふむふむ。やっぱり勉強になるな。
私は紅楼の景色を堪能しながら、しっかりと料理人コンビから教わった知識を頭の中で繰り返す。
「っと、ほら。着いたぞ、ここだ」
渡り廊下を越えた先でエンさんが足を止める。
やっぱり入り口に扉はない。代わりに入り口の真上には、金色の装飾がついた看板が大きく掲げられている。
「魚水酒家?」
「あぁ、紅楼じゃレストランのことを酒家って言うんだ」
「へぇ! 魚水は何か意味があるんですか?」
「魚と水みたいに切って離せない関係性のことだな。家族とか、友人とか、そういう関係性の人を表すときに使ったりするんだ」
エンさんはニッと笑って
「俺とネクターもそうだし、お嬢さんとネクターみたいな関係もそうだな」
と付け加えた。
ネクターさんがあからさまにたじろぐ。
そういえばネクターさんって、シュテープではお友達とかいたんだろうか。恋人とか……。恋人がいたら、さすがに私の旅にはついてこない気もするし、さすがに大丈夫だと思いたいけど……。
「立ち話もなんだし入ろう。腹、減ってるだろう?」
エンさんが促すと同時、お店の中から漂ってくる良い匂いに、私のおなかが「くぅ」と遠慮なく音を立てる。
「まってください! 今のはナシです‼」
さすがに恥ずかしい!
わたわたと両手を振って見せたけれど、時すでに遅し。
ネクターさんとエンさんは、それはもうニッコニコの笑みだ。
「たくさん食べてくれ」
「お嬢さま、行きましょう」
イケメン二人にがっちりと両脇を固められる。観念するしかない。
「はい!」
開き直って返事をすると、二人は吹き出した。くそう、仲良しコンビめ。
*
今日は空きがあるから、と通されたのは奥の個室だった。
エンさんは行きつけというだけあって店員さんとも仲が良いみたいだ。店員さんと世間話に花を咲かせながらも、店内を慣れた足取りで進む。
彼らの後に続いた私とネクターさんは、エンさんがくぐった個室の先の景色を見て、
「わぁっ!」
「これは良い眺めですね」
と喜びに顔がほころんだ。
海沿いでお店が二階ともなれば――待っているのはオーシャンビュー。
紅楼独特の赤い柱の間から、キラキラと青い海がのぞいていた。
入り口同様ベランダ側にも窓や扉はなく、海風が通り抜ける。すごく気持ちがいい!
「素敵です‼」
「喜んでもらえて何より。改めて歓迎するよ。かわいいお客人」
大人の色気いっぱいなエンさんに妖艶な笑みをもらっては、不覚にもときめいてしまうわけで。
隣でネクターさんが冷たい視線をエンさんに向けていなければ、危うく心臓の一つか二つは盗まれるところだった。
エンさんはネクターさんにも「もちろん、お前もな」と冷や汗ダラダラで付け加えたけれど、もう遅い。
「……とにかく、食べたいものがあったら何でも言ってくれ。今日は俺のおごりだ」
「え⁉ そんな、悪いです! むしろ、案内までしてもらったんですから、私が払います!」
「お嬢さん、ここはひとつ、俺に格好をつけさせてくれると嬉しいな。紅楼の人間は客をもてなすことが喜びでもあるんだ」
やんわりと断られた代わりにメニューが差し出される。
赤い表紙と金色の歯車がすごく目立つ。分厚いし重いけれど、ページがたくさんあるわけではないみたい。不思議な形のメニューだ。
私とネクターさんがしげしげとそれを見つめていると
「折りたたみ式の端末だよ。開くと内側が大きな一つのタッチパネルになってる。メニューの切り替えは、その歯車を回せばいい」
エンさんがひょいとメニューを開いて見せた。
「ふぉぉ……! ハイテクです!」
「シュテープでもタッチパネルは珍しくないだろ?」
「そうなんですけど! シュテープじゃ、こんな歯車ついてないですし! かっこいいです!」
ネクターさんも私の言葉にうんうんと大きく首を縦に振って同意してみせる。食い気味な私たち二人にエンさんはケラケラと笑った。
「おすすめの料理は、アカハタの清蒸だな」
エンさんがカチカチと歯車を回して画面に映し出してくれたのは、真っ赤な煮魚が丸々一匹使われた美しい一品。
「それは絶対に食べたいです!」
あぁ、すでに口からよだれが出ちゃいそう……!
私たち三人はしばらく紅楼のお料理を目で味わう。
紅楼のお料理はどれも見た目が華やかだ。一皿で野菜やお肉、魚介類に麺など様々な具材が入っていて、色合いも鮮やかだし!
「ここの店はボリュームもあるから、一人一品ずつ頼んで、まだ入るようなら追加しよう」
エンさんの提案もあって、私たちはそれぞれ食べたいものを一品ずつ注文することにした。




