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おかわり! ~お屋敷を追放されたかわいそうな私と料理長は異世界を食べ歩きます!~  作者: 安井優
4品目 衝撃続く紅楼国

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121/305

121.彼は何かを隠してる

 結局、グラスの中のお酒が空っぽになるころには、すっかりネクターさんも出来上がっていて

「だいたい、エンはいつも勝手なんです。俺がどんなに嫌だと言っても料理勝負を持ち掛けてきて……」

 なんて愚痴が始まった。


「飲み過ぎだ」

 先ほどとはうってかわって、今度はエンさんが面倒くさそうにネクターさんをあしらう。

「絡み酒は良くないぞ、ネクター。そろそろ部屋に戻ったらどうだ?」


「戻りませんよ! お嬢さまを置いて、一人で戻れるわけがありません」

「お嬢さまなら俺が見ててやるから」

「それがダメだと言ってるんです。エンは昔から手癖も悪い」

「……人聞きが悪いな。ちょっとつまんだだけだろ」


「フランさんに指一本でも触れたら容赦しませんよ、エン」


 それはまるで鬼の形相。そんなネクターさんを見るのは初めてで、しかも、珍しく名前で呼ばれたものだから、私もどうして良いのか分からない。

 っていうか、怒ってもイケメンってすごくない?


「わかった! わかったって、悪かったよ。まったく、お嬢さんも大変だな」

「いえ、ネクターさんは普段、お酒も飲まれないですし! 今日は珍しいです。強気なネクターさんっていつもと違って面白いです」


 個人的には、ネガティブなネクターさんも好きだけど、強気モードなネクターさんも嫌いじゃない。

 イケメンに大人の色気が混じって、心臓にはよろしくないけど!

 それでも、ネクターさんをもっと知ることが出来たみたいで嬉しいし。


「そんなに違うか? ネクターはいつも強気だろ?」

「え?」

「少なくとも、俺の知ってるネクターは絶対に何があっても自分が正しいって思ってる頑固者だけど……」

 エンさんは昔のネクターさんとのやり取りを思い出したようで、苦々しく呟く。


「ま、それも、ネクターの体質を考えりゃ、仕方がないことなんだろうけど」

「体質?」

「エン。喋り過ぎだよ」


 ネクターさんの冷たい一声に、エンさんがため息を一つ。

「今更何を隠すことがあるんだよ。しかも、このお嬢さん相手に」

 眉根をよせるエンさんに、ネクターさんは頑として譲らなかった。


「もう俺は料理人じゃないし……」

 ネクターさんは少し言いよどんで、空になったグラスをあおる。つぅ、となまめかしく紅色の液体が一筋ガラスの表面を伝って、ネクターさんの唇を濡らした。


「大切な人に迷惑をかけたくない」


 ネクターさんの熱い視線が――とろけるようなアンバーの瞳が、私を射抜く。

 ドクン、と大きく心臓がはねた。顔が熱い。これは……そう! 私もお酒を飲んでいるからに違いない! そう! 絶対そう!


 ブンブンと頭を振って、私は脇に避けていた水の入ったグラスを一気に飲み干す。ひやりとした水が体温を下げてくれるみたいで心地よかった。


「……ずいぶん変わったな」

 エンさんはガシガシと頭をかいて、ガタリと椅子から立ち上がった。そのままネクターさんの脇をひょいと掴んで

「部屋まで送って来る。お嬢さんは少し待っててくれ。すぐ戻る」

 と私にウィンクを一つ。


 それなら私も、と立ち上がろうとしたけれど、エンさんが「良いから」とジェスチャーで座るように促した。

 ネクターさんはすっかり酔いが回っているのか、エンさんにがっしりと捕まえられても文句一つ言わない。


 先ほどまでの威勢はどこへやら。借りてきた猫のようだ。

「エン……俺は……別に一人でも……」

「無理だな。ほら、肩貸して」


 ネクターさんも相当背が高いはずだけど、エンさんはネクターさんよりさらに頭一つ分くらい背が高い。

 ネクターさんの腕を肩に回して担ぐと、「それじゃ、ちょっとだけ待っててな」と私の頭をくしゃりと撫でて、船内のレストランを後にした。



 *



 エンさんがレストランへと戻ってきたのは、十分後のことだった。

 とはいっても、私もぼんやりと先ほどのネクターさんが言ったことを思い返していたから

「待たせたな」

 と再び頭を撫でられて、ようやく彼が戻ってきたことに気付いたのだけど。


「どうして」

 私に待っているように指示をしたのか。

 そう尋ねようとしたところで、エンさんがウェイターを呼びつける。

 私とエンさんのグラスに、それぞれ黄緑色のお酒が少しだけ注がれた。


青酒(チンチュウ)……シュテープの言葉で言うなら、青酒(セイシュ)かな。食後に飲むと消化が促進される。アルコールが強いから少しだけな」

「……ありがとうございます」


 エンさんがグラスを持ち上げたので、私もつられて乾杯する。

 ネクターさん以外の男の人と二人でお酒を飲むなんて初めてで、なんだか緊張する。

 エンさんはイケメンだし、大人っぽいから余計に。


 お互いにちびりと口をつける。

 草のような爽やかな香りがしたかと思えば、見た目に反して柑橘と砂糖の甘みがぶわっと口に広がる。

 これはこれで中々……。アルコール独特の苦みはあるものの、想像よりも飲みやすい。


 私がグラスを置いたのを見届けて、エンさんはニコリと微笑んだ。

「どうして待たせたのか、だったな」

 注文しながらも、私の疑問はしっかり感じていたらしい。


「お嬢さんに聞きたいことがあったんだ。それに、お嬢さんも、俺に聞きたいことがあるんじゃないのかと思ってね」


 カラリとグラスに入った氷が揺れる。

 エンさんの赤い瞳が好奇心をあおるようにチラチラと輝いた。


「本人のいないところで話すのもなんだと思ったが、あの態度だからな。頑固なところは相変わらずだ」

「……そう、思っているのに、どうして私にその話をするんですか?」


「お節介かもしれないが……俺は、ライバルとして、友人として、ネクターの料理にほれ込んでる。あいつは料理人をやめたと言ったが、あいつが料理をやめられるはずがないんだ。たとえ神であっても、ネクターから料理を取り上げることは出来ない」


 エンさんの声色は至極真面目で、そこにはネクターさんへの心配が多分に含まれている。


「ネクターは何かを隠してる」


 きっぱりと言い切った彼の言葉に、私も思い当たる節があって――結局、私はエンさんの誘いを断りきれなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こ、こ、こんなネクターさん初めてッ! >「大切な人に迷惑をかけたくない」 ほ、惚れてまうやろォォォッ!!! \(//∇//)\ しかしネクターさん。まさかフランちゃんが大切だからこそ、何…
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